姉のリリイと弱虫な僕
「恋に効く香水ですよ」
「魔除けの護符だよ、虫よけの呪い付き」
「夜通し働ける飲み薬をおひとついかが?」
ワルプルギスの夜は、魔女たちのお祭りだ。
村の広場では、路肩に敷物を広げたり、小さなテーブルと椅子を準備したりして、自前の商品を売っている魔女たちと出会うことができる。
色鮮やかなマントを肩から羽織り、先の尖った帽子を被っている。それぞれデザインや色が異なっているのは、魔法の流派や取り扱う品によって暗黙のルールがあるからだとか。
もちろん、すべて本物の魔女だ。
そして、彼女たちが売る自慢の品物は手作りで、それぞれの魔法と秘密のレシピで作られているらしい。
「わぁ……魔女さんがたくさんいる」
若い魔女やお母さんお婆ちゃんみたいな魔女まで、年齢層も幅広い。けれどそれぞれに綺麗で魅力的。なんたって普通の女の子とは違う神秘的な雰囲気を醸しているのだから。
「リリト、顔がいやらしい」
僕の服を身に着けた妹のリリイが、横から肘で突いてくる。
「いてて、いいだろ別に」
「私はそんなにデレデレしないわ。ちゃんと私を演じなさいよ」
「演じろって……どんな風にさ?」
姉の服を着た僕は、スカートの裾を気にしながら歩く。股下がスースーして落ち着かない。女の人はみんなこんなスカートだけで平気なのかな。
「いつも愛想が良くて、淑やかで……知的?」
「知的……」
よく言うよ。
「何よその間抜け面、しゃんとしなさい」
男前の顔つきで言うリリイ。髪もキリリと結い上げて、ハンカチーフをバンダナみたいに巻いて髪を隠し、すっかり男になりきっている。
てか、僕ってそんなにキリッとした顔してるっけ?
「そこのお嬢さん、肌がつやつやになる化粧水いかが? 秘伝のハーブの調合で、魔法の効果があるのよ?」
道端でガラスの小瓶を売っていた魔女が話しかけてきた。
「いっ、いえ僕……じゃない、私は結構です」
僕はドキドキしながら曖昧な笑顔で通り過ぎる。
「そうそう、その調子!」
「やっぱり緊張するよぅ」
でもリリイと一緒ならまぁいいか、と思った矢先。
「じゃリリト、後はしっかりやるのよ。私は友達を驚かせにいくから! じゃっ!」
「ちょっ……!?」
待ってと叫ぶ間もなく、リリイは走り去ってしまった。まるで男の子みたいな走り方で、人混みに紛れで見えなくなる。
ぽつんと一人残された僕は途方に暮れる。
「ど、どうしよう!?」
ぎゅっとスカートの裾を掴んで、炎が焦がす夜空を見上げる。
とりあえず知り合いに見つかったら恥ずかしいので、人混みを避けるように歩きはじめた。 大きな炎を囲んで踊り、春を祝う村人たちを避けるように進む。
その輪の外側には、食べ物や飲み物を売る屋台が何軒も軒を連ねている。彼らは大きな街、ウィンヘスタートから春節の祭り目当てに遠征してきた人達だ。
「へい! お嬢さん一人ぃ?」
「えっ?」
若い男の人が声をかけてきた。村の外から来た人らしく、しつこく誘ってくる。
「可愛いねぇ、俺っちと踊らない?」
「いっ、いやあの、待ち合わせ場所に……っ!」
僕は逃げ出した。
今こそ「残念、男だ!」と叫んでやるべきなのに、イザとなると無理。
足にまとわりつくスカートの裾を持ち上げながら必死で人混みに紛れて進む。
路地を曲がって一息ついたところで、息を整える。
こんな提案に乗るんじゃなかった……。
「もう、このまま家に帰ろ」
その時だった。路地を曲がった先で男が二人、大笑いしている声が聞こえてきた。
少し薄暗くなった先で誰かが絡まれているみたいだ。
「ぎゃはは、こんなもん、売れんのかよ!?」
「気持ちよくなれるキノコじゃねーのかよー、なぁなぁ?」
「や、やめてくだ……さい」
暗めの路地に入ったすぐそこに、小さな布をしいて商品を売っている魔女がいた。
ちょこんと座っている魔女さんの前には、男の人が二人立っている。商品を指先でつまみあげて笑っている。
太めの禿頭と、細身でヒゲを生やした男。服装が北方の民族衣装っぽいので、村びとじゃなくて露天の人だろうか。二人は酔っているみたいだ。
「あの……買わないなら、返して……」
消え入るような声で抗議する魔女さん。
ふたつに結い分けた長い赤毛の髪、目は前髪で隠れていて表情は窺えない。大きなマントはぶかぶかで、先が折れ曲がったトンガリ帽子を被っている。
「あぁ、なんだって!?」
「こんなゴミ、祭りの夜に売るんじゃねぇよぉー」
「シケたもん売りやがって」
「湿っぽくならぁー」
通りかかる村人は見て見ぬふりだ。
普段、魔女を頼りにしてお世話になっていても、面倒事に巻き込まれたくないのだろう。
僕も関わり合いになるべきじゃない、と思った。だって、怖いし。
そそくさと、そこを足早に通り過ぎようとした、その時。
――何よその間抜け面、しゃんとしなさい。
リリイの声が聞こえた気がした。
僕はいつも姉の陰に隠れていたけれど、今は僕がリリイの格好をしている。
「そうだ」
僕は足を止めた。
曲がったことが嫌いで、正義感に熱くて。いじめっ子をいつも蹴散らして。
元気で頼りになる姉のリリイ。
ぐっと拳を握りしめて、意を決する。
もし、リリイがここにいたら、きっと迷うこと無くこう言うはずだ。
「や、やめ……てあげませんか?」
背後から大声を出そうとしたけれど、後半はトーンダウン。思いっきり弱々しくて卑屈な声になった。情けない僕。
「……あ?」
「あぁん?」
ギロリ、と男たちが振り向いた。
「ひぁ!?」
こ、怖い……。
<つづく>