ワルプルギスの夜に
「ねぇリリト、良い考えだと思わない?」
「思わない」
双子の姉リリイの『良い考え』は、良い考えだったことがない。
「二人が入れ替わるだけよ? 私とリリトは顔も背格好も似ているんだし、夜だからバレないわ、きっと」
「嫌だよ。嫌だったら、イヤ」
「お願いよ、いいでしょ?」
「よくない」
僕とリリイが入れ替わるなんて、ばかげてる。
「折角のワルプルギスの夜を楽しみたいだけよ!」
「折角のワルプルギスの夜を平穏に過ごさせて!」
確かに、僕と姉はよく似ている。
顔のつくりは瓜二つ。翡翠色の瞳にストレートの銀色の髪。もちろん髪の長さは違う。僕は耳が隠れるぐらいだけど、リリイは肩までの長さのセミロング。
背格好はほとんど同じ。13歳になった近頃は、身体つきが少し違ってきた気もするけれど……。
「そんな事言わないでよ、ねぇリリトってばぁ?」
「うーん……」
ぎゅっと僕の腕にしがみついて、甘えるように身体を寄せるリリイ。温かい体温が伝わって、ふわりとお日様の匂いがする。
今夜は春節の祝祭――ワルプルギスの夜。
春の到来を祝う賑やかな村祭り。僕たちの暮らすヴィオレット村の中央広場では、大きな火が焚かれている。煌々とした炎が天を焦がし 舞い上がる火の粉が暗い空に吸い込まれてゆく。
今夜は春の訪れを祝う、特別な夜。
燃えているのは丸太で組んだ大きなやぐら。他にも冬囲いに使った品々や、家々の「魔除けの飾り」などが火に燃べられている。
炎を囲むように踊っているのは村人たち――主に若い男の人と女の人。
軽快な音楽に合わせて輪になって踊り、笑い声が響いている。音楽と賑やかな声に混じり、炎で炙った芳ばしいベーコン、美味しそうな焼き菓子の甘い香りも漂ってくる。
本格的な春の訪れを、みんな喜んでいる。
踊りの輪を抜けた一組のカップルが、僕らの方に近づいてきた。楽しそうに笑いながら人垣の外側にいた僕たちの方へと進んでくるので、僕とリリイは腕を組んだまま、サッと道端に避けた。
カップルの女の人は僕を見て「まぁ微笑ましいこと」といった顔をする。何だが僕とリリイはひどく勘違いされているみたい。そんなんじゃないんだけど。
でも、まるで魔女みたいに綺麗な人だった。
「……魔女に興味があるんでしょ、リリトは」
カップルが通り過ぎると、リリイは僕を引き寄せて耳元で囁いた。顔が、近い。
「そりゃぁ、あるけど」
「私のアイデアは素敵だと思うけどな。お近づきになれるかもよ?」
「……魔女さんと……」
魔女は素敵で、みんなの憧れの的。できれば仲良くなりたい。
「じゃぁ、きまりね!」
「良いなんて言ってないよ!?」
「沈黙は肯定と同じよ」
「もうっ」
ワルプルギスの夜は春節の祭りだけれど、もう一つ別の意味もある。
それは『魔女』たちの祭りでもあるってこと。不思議で魅力的な存在である彼女たちが、祭りに参加しているんだ。
普段は村の北側に広がる森の中で暮らしている魔女たち。
彼女たちは僕たちの生活を支える大切な存在だ。太古に滅びたという魔法文明・ア=ズの叡智を受け継いだ、特別な存在。それが魔女なのだから。
魔法の薬や、願い事を叶えるお呪い、それに季節ごとの御守り。更に、悪いものから身を守る結界術――。
そういった魔法術に僕たちの生活は支えられている。
「ありがとリリト」
「どこで着替えるのさ?」
「近くにアフィ叔母さんの納屋があるから、そこで」
姉に腕を引かれて、納屋に入り込む。馬が暗闇の中から静かに外の喧騒を見つめていた。
「叱られない?」
「平気よ、はやく脱いで」
僕とリリイはそこで服を取り替えて、入れ替わる事にした。
後ろを向いてて、というので僕も後ろを向いて上着とズボンを脱ぐ。
すると頭からリリイの服を被せられた。まだ温かくて、いい匂いがする。そのまま一気に着替え完了。
リリイが身につけていたのは、ワンピースを腰紐で結ぶタイプの女子服。緑の刺繍は蔓草で、赤い刺繍は花模様。そんな装飾で縁取られた、ヴィオレット村バリトエルリア地方の民族衣装。
「うわ、スースーする……」
どうもでいいけど、スカートの内側はスカスカで気持ち悪い。
「なんかリリトの服、臭くない?」
「はぁ? このスカートもだろ」
ばさっとめくってスカートの裾を顔に近づけたら、いきなり殴られた。
「ばか!」
「痛い!」
とりあえず、これで入れ替わり完了。
リリイの長い髪は結えばいい。暗いから確かに、わからないかも。
実に簡単ないたずらだ。
最近リリイにちょっかいを出してくる先輩たち。今夜も絡んできたら「残念、僕でした!」と驚かせてやる。指を差して笑ってやったらさぞかし気持ちがいいだろう。
「よし、行きましょう!」
「う、うん……」
暗い納屋を抜け出すと、広場の中央に燃えさかる炎が見える。
僕は姉に手を引かれ歩きだした。
<つづく>
二話は12/8となります!