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魔力糖とミルクココア

ここからが本編です。

異世界スィールにある一つの街『タラレト』からそう遠くない森の中にその喫茶店はあった。チリンチリンと来客を告げる音が鳴り響く。


「いらっしゃいませ!」

「……いらっしゃい」


元気よく声を上げるのは茶髪で長い髪を下ろした活発そうな人間の女性『アリス·フィリオド』。そして元気な声に続いて、それとは対象的な声色の言葉を紡いだのが灰色の体毛に包まれた狼獣人の男性『ラルフ·フィリオド』。二人は夫婦であり、ここ喫茶店リラックスを営んでいる。


「もうあんたいつも無愛想ねぇ。本当に上手くやってるのかしら?」


先程来店した人が二人の仲を心配する声を響かせた。


「余計なお世話だ」

「コラ、ラルフ!ミシェルとはお友達だけどここに来た時点でお客さんなんだからキチンと接客しなさいよ」

「分かってるよ……」


来店して来た彼女の名は『ミシェル·ルルファー』よくここにくる常連だ。椅子に座りながら彼女は喋りだす。


「さてと、じゃあいつものを頼むわ?」

「あいよ」


もう何を頼むのか予想していたのかラルフは彼女の前にホットミルクを置く。ミシェルは顔を綻ばせそれを飲もうと鋭いを牙を覗かせながらカップに口を付ける。


「あぁぁぁぁ……。吸血鬼にはやっぱりミルクが染みるわぁ……」

「まぁミルクって成分が血に近いですもんね」


ミシェルが漏らした言葉に相槌を打つようにアリスは言った。


「私みたいな高位の吸血鬼となると対して人間とかと変わらなくなるんだけど、やっぱり血は飲みたくなっちゃうのよね〜」


けどまぁ人のこととか動物とか襲いたくないしと繋いで言葉を漏らしつつ


「でもこのミルクは血は飲みたいけど動物を襲いたくないって我が儘な願望を叶えてくれるのよねー!」


と繋いで言った。ここでの吸血鬼は身体能力が高く長寿なだけで対して人間とは変わらない。まだ若い吸血鬼だと吸血衝動に駆られるが歳を重ねるとやがてその衝動も薄いものとなるようだ。


「ミシェル。他には何か飲む?それとも食事でもする?」

「そうねぇ……。じゃあクッキーとミルクココアをもらえるかしら?」

「了解。クッキーとミルクココアねー。ラルフー!」

「分かってるよ。今すぐ持ってくる」


ラルフが厨房に引っ込み注文された物を取りに行くとアリスがごそごそととある籠から白くて四角いものを取り出した。


「ミシェル?これ何か分かる?」

「え?何って角砂糖じゃ……!?違うわ!これもしかして……?」

「そう!私の純系魔力を角砂糖にコーティングしてみましたー!名付けて魔力糖!」

「安直な名前ね……」


呆れたと言わんばかりの顔をして首を左右に振る。


「特に思い付かなかったし……ってそれよりこれ……ココアに入れて飲みたくない……?」

「そ、そんな贅沢をしても……いいの……?」

「これから一人一日一個だけ魔力糖を使っていい事にしようと思ってるんだー!でその味見役としてミシェルに担当してもらいます!」

「願ったり叶ったりよ!!」


がたっと椅子を倒しそうな勢いでミシェルは立ち上がった。純系魔力は天上の甘露と言うべきもので大抵の人はこれを食べれば頬が緩み、夢見心地に陥るほどの美味しさであり、ミシェルからしても本当に願ったり叶ったりなのであった。


「持ってきたぞー。……なんで立ってんだよ?」

「あ、ちょっと興奮しちゃってね」


ラルフに冷たい目で見られミシェルは冷静さを取り戻し腰を下ろす。


「まぁいい。どうせ魔力糖だろ?あれは美味いから期待していいぞ」

「そりゃもう期待しまくりよ!」


ミシェルは期待に満ちた顔でそう言った。


「ほい。ミルクココアとクッキーな。魔力糖は一つまでだ」

「分かってるわよ」


よく見ると神秘的な光を宿した角砂糖をミルクココアに落とす。それは当然溶けていく。溶けたはしから不思議な光をミルクココアが宿していく。ココアの香りがより一層深まり、香りだけで夢見心地な味わい。


しばらくの間呆然としてしまったミシェルだったがはっと意識を取り戻すとミルクココアを喉に通した。


「んんっ……!?」


風味がいつもの倍違う。口に含んだ瞬間まるで香りが爆発したかのように鼻を支配する。甘い匂いと芳ばしい香りが混ざりあい、この香りだけで永遠と幸福を味わえそうだ。味は甘くてコクがありそれなのに、スッキリで口が甘ったるくなる事もない。カカオの苦味がその現実離れした美味しさから意識を戻してくれる。本当によく飲んでるミルクココアなのか。そう疑いたくなるほどの変わりよう。もし次からいつものミルクココアを飲んだら、とても味気なく感じてしまいそうだ。


「どう?ミシェル?……ミシェル?おーい?」


顔を覗き込みながらアリスは感想を求めるが反応がない。まさに心此処に有らずと言った表情をミシェルはしていた。


「はっ……!」

「あっ気づいた?どうだった?」

「……麻薬よこれは……。怖すぎる美味しさだわ……」

「念の為言っとくが一日一個までだからな。多分無制限に使ったら二度と普通の食事じゃ満足出来なくなる」

「もう二人してそんなに絶賛しなくとも……」

「無闇やたらに使っちゃだめよ……?良いわね?」

「えっ……う、うん……?」

「絶対よ約束ね?」

「は、はい!」


あまりの美味しさに口コミで瞬く間に情報は広がり大繁盛し、その皆のあまりのハマりようから麻薬の疑いがあると、街のお偉いさんが直々に喫茶店リラックスまで来てしまったりなどと大混乱を引き起こした魔力糖なのであった。

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