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雨の日の拾い者

白河が二匹、拾います。


雨が降ってきた。

ポタポタと落ちていた空の涙はすぐに号泣と変わり、『ウラガワ』の赤い灯が滲んだインクの

ようにぼやける。

それでも白河は窓縁に座り、外を眺めていた。

眼下では突然降り始めた雨に、パタパタと人が走っている。

「今日は、これ以上は無理か…」

暇になるな…。

「雨粒が吹き込みますよ」

新しい酒を運んできた禿二人を迎えながら、雪晶が彼に声をかける。

遠回しに窓を閉めろと言う彼女に「はいはい」と返事をして、白河は立ち上がり閉めようと

窓に手をかけた時、ふと下を駆け抜けて影二つが視界に入った。

その影は、『夜蝶楼』の路地へ滑りこんでいった。

大きな影と小さな影。ボロボロの布を頭から被っていた。

多分、男と女。

どこかの店の蝶をさらいでもしたのか。

ここは、外の世界と一線を引いてはいるが、出て行くのは自由だ。

出ていきたければ、申し出をすれば簡単に出られる。それを、承諾するのは自分だ。

よほどの事がない限り、全て承諾する。去る者は追わずだから。

そんなだから、わざわざあんな事をする必要は無いのだが。

「俺には、関係ない」と眼を閉じようとした。

だが、その一秒後にその考えは消えた

何故だかはわからない。どうしてそんな事になったのか。

無理矢理に理由を付けるとすれば、気になった。ものすごく。

今思えば、それが良かった事だったのか、悪い事だったのかはわからない。

だけど、それがあったから俺は、漂うだけのこの日々に終わりを告げられた。

二つの影を見送った後、白河は窓を閉め、立ち上がると羽織っていた打掛けを外し、

小さな禿二人にかけた。

突然かけられた打掛けに、どんぐりアメのような瞳を大きくして彼を見上げる。

「どうしました?」

動きだした彼に、雪晶も首を傾げる。

三人の反応に、白河は薄く笑い、

「雪晶と狗牙の言う通り、少しだけちゃんとした仕事をしようと思ってね」

キセルをくわえ、紫煙を燻らせながら部屋を出ていった。

「だから、雨が降ったのね」



 裏口から出てみると雨は、シトシトと地面を濡らしていた。

空を一度見上げてから白河はキセルを返し、火種を濡れた地面に落とす。

落ちた火種が空の涙に消えていく。

傘をささずに、ゆっくりと足を踏み出す。

一瞬にして身体が濡れていく。たまには、身体を濡らすのもいいのかも知れないなどと思う。

あの影は、こっちの方に行ったはず。

白河の読み通りに影は、店の裏道の端に固まっていた。

よく見ると濡れた道に赤い筋が出来ている。手負いの野良猫ってわけか。

小さく息を吐いてから足を進める。

赤い筋の元は、大きな方の影から流れていた。大きな身体を小さく丸めて転がっている。

その横で小さな影があたふたとしている。

「何かお困り?」

小さい方に声をかけると、こちらに顔を向けた。布に隠れててその顔は確認できない。

だけど、怯えたウサギみたいだと口元がにわかにつり上がる。

「どこの店から逃げた?」

小さな影は何も言わず、目の前に丸まった大きい影の布を握りしめ、俯いている。

「何も言わなくてもいいけどさ、一度、中に入ろうか?風邪引くし、その男怪我してるでしょ」


自分が知るだけの優しい言葉を探して、声をかけ、手を差し伸べた。

ビシャビシャと音を増していく雨音が耳に煩い。

差し伸べた手に、白く細い指が乗る前にパタリと地面に落ちた。

二人とも、意識を手放した…みたい。

「はあ…」と白河は溜め息を吐いて、転がる塊を見つめる。

こんな事を狗牙は、毎日やっているのかと改めて思い知った。

やはり、面倒くさい。

彼の言う事に少しは耳を貸した方がいいのかも知れないと白河は考え直しながら、

二つの塊に近寄った。

その時、あんなに耳に煩かった雨の音が、消えた。

ボロボロの布の隙間から覗いた彼女の髪の色が、桜色だったから。

その色は、良く知った色。

葬ったはずの遠い過去の中の人物と同じ。


「白河」


彼女が呼んだ気がした。

白河は、波紋の広がった視界を撫でて平常に戻すと、小さな塊から見える髪を隠すように

布に包まらせると肩に軽く背負い、もう一つの大きい方の塊を見た。

「お前は、俺と同じか」

口の中で呟き、布を掴むとそのまま引きずった。

ああ、雨の音が聞こえ始めた。良かった。

一瞬、全てが過去に吸い込まれそうになった。

もう、遠い事で見えないモノになったと思っていたのに。

そうでもなかったようだ。

過去という病気は、俺の身体を確実に蝕んで、真っ黒にしていた。

この拾い物が、もしかしたら特効薬になるかもしれないなんて思ったかは、わからない。

それか、過去の禁断症状が出ていて、単に昔のあの思いに浸りたかっただけかもしれない。

理由なんて後からいくらでも考えられる。

とりあえず、ほっておけなかった。気まぐれという事にしておく。

肩に背負った彼女からは、仄かに桜の香りがした。

懐かしいと思った。


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