さあ最後の戦いだ! 真のエンディングまで俺は諦めない!
「あと残りは5000文字くらいか……」
茂治とローウェンは魔王城へと続く大石橋を渡っていた。 道中で魔王側に寝返った魔導士からローブと持ち物を剥ぎ取り、バレないように変装していた。
「ここまで来たらもうデーモンが門番として駆り出されているからな、絶対に気を抜くなよ」
大きく捻じ曲がった両角とローウェンを二回りほど越えた身体を持つデーモン達が、城門の前で通行者の検閲を行なっていた。
図体に似合わず丁寧な作業のためか、モンスター達が検閲を待つ列を作っていた。
「不安になってきたぜ……もしバレたらどうすればいいんだ」
「その時は臨機応変にってことで」
つまり策無しということか、と茂治は乾いた笑みで応える。 いやこんなところで頓挫する訳にはいかない、何かしら策を考えねばと茂治はデーモン達の仕事振りを見ていたが、何も思い浮かばないままついに茂治達の番が回って来た。
「グルル……マドウシ フタリか。 “ アカシ ” をダせ」
「明石……? あ、証明書ねはいはい。 えーっと確か内ポケットに入ってたはず、あれどこだ?」
神戸出身の茂治は一瞬反応してしまい対応が遅れてしまった。 中々証明書を提示しない茂治に、デーモンは苛立ちと疑いの目を向け始める。 隣にいるローウェンも協力して探すも見つからなかった。
「オマエ アヤシイな。 ネンイリに シラベルぞ」
「ちょ、ちょっと待って確かにあるから! 本当だって!」
有無を言わさず、デーモンの巨大な手が茂治のローブを掴む。 その瞬間――
「見つけたぞおおおおおお!! オオカミ野郎にクソガキ!! 今度こそぶっ倒してやるううううう!!」
崖側の大石橋から突進して来る大きな影。 両刃の大斧を抱えて走るベアードであった。 口から涎を垂らし白目をむきながら咆哮する姿に、デーモンですら手を止めてしまう程である。
「あいつ、俺らの匂いを辿ってまで復讐しに来たのかよ。 だが助かったな」
落ち着きはらっていたローウェンは、ふと閃きデーモンに耳打ちする。
「あいつは恐らく魔王様を討伐しに来た冒険者だ。 ここであいつを食い止めなきゃ、魔王様が処罰を下すことになるぞ」
「ソレは コマる。 オレタチ アイツを トメる!」
デーモン達は一斉に手先から魔力を練り、槍や剣を錬成しベアードへ立ち向かい出す。 激しく衝突する金属音が戦いの始まりを告げていた。
「どきやがれ雑魚デーモンがあああああ!! 俺の邪魔すんじゃねぇぞおおおおお!!」
破壊される槍と切り飛ばされるデーモンの首。 それを見た他のモンスター達は皆絶叫しながら慌てふためき出した。
「今の内に行くぞ茂治、あいつの相手をしてる暇はない」
騒乱に紛れ、茂治とローウェンは魔王城へと入り込んだ。 いくつかの部屋を走り抜け、巡回する兵をやり過ごしつつホコリまみれの空き部屋へ転がり込んだ。
「ハァハァ、疲れた……」
「だいぶ使われていない部屋のようだな。 ここで少し休憩するか」
敵陣のど真ん中で腰を下ろす二人。 魔導士から奪った僅かな水と食料を腹に入れ英気を養う。
(ここまでに1200文字近く使ったみたいだ。 残り3800文字、気合いを入れなくては!)
茂治は膝を叩いて気力に満ちた顔で立ち上がり、ローウェンに魔王の居場所を聞いた。 正確な情報はないが、最上階だろうと答えた。
「最上階か……警備は厳重なはずだし、短時間でどう攻略するべきだろう?」
やはりスキルは自由に使えずな茂治は、どうやって安全に登るべきかを考えていく。 兵の装備を奪い巡回兵に成りすますのは……恐らく魔術に秀でた護衛にバレてしまう。 かと言って実力行使も、戦力がローウェンだけの茂治達では希望は薄い。
「むっ、ベアードの声が聞こえてきたな。 あいつデーモン部隊を突破しやがったのか」
「ベアードか……そうだ、これだ!」
「お、おいちょっと待て!」
茂治は何かを閃き、部屋を飛び出し廊下へ躍り出る。 破壊音のする方へとがむしゃらに走ると、兵や柱を次々になぎ倒すベアードと鉢合わせした。
無数の傷を負い血だらけの身体であったが血走った目は闘争心を失っておらず、血濡れの大斧を構え茂治へと振りかぶった。
「ローウェン! 俺を担いで最上階まで急いで走れ!」
「意味がまるでわからねぇが……仕方ねぇ!」
ローウェンは茂治を担ぎ即座に後退、ベアードの一撃を間一髪で回避した。 耳をつんざく衝撃と共に床の残骸が三人の頭上へ降り注ぐ。
「――ッアアアッ!!」
もはや言葉にならない魂の咆哮を吐きながらベアードは二人を追いかける。 階段を駆け上がり、邪魔な柱を砕き、立ち塞がろうと近寄るデーモンや重厚な鎧を着込んだ上級騎士を薙ぎ払い、三人はついに最上階へと辿り着いた。
「ハァッ……ハァッ……なんて頭の悪い作戦なんだ。 こんなの」
「本当にごめん。 ああするしか考えられなくて……」
茂治の作戦、いや作戦とも言えない浅い思い付きは『怒り狂うベアードで敵を引き付け最上階へ登ること』であった。 危険性が高く穴だらけな内容であったが、とにかく目的地に到達出来たので御の字である。
一方のベアードは、雷の魔法をふんだんに受け最上階への階段で気絶してしまった。
怪我の功名と言う場面であろうか、茂治はベアードへ感謝の念を感じつつ魔王の扉を開いた。 心が張り裂けそうな重く冷たい空気に一瞬目が眩むも、茂治達は部屋へ足を踏み入れた。
「ああ……よく来たな茂治。 ワシがこの世界の魔王じゃ」
漆黒の空間に鎮座する、金の王冠と鮮血のような色をしたマントを身に纏う魔王。 そしてその隣には茂治が知る存在があった。
「お前、あの時の天使か!? なんでこんなところにいるんだよ!?」
天使は茂治の叫びに邪悪な微笑みで返した。 その身体は螺旋状に蠢く謎の黒い文字に包まれており、魔王もまた同じであった。
魔王はくすんだ灰色の顎髭を撫でながら、ただ不気味で狂気に満ちた表情で笑って――
「……いや、ちょっと待て、何かおかしいぞ!」
「おかしいってどういうことだ?」
しかしそれは緊張や焦りから来る茂治の杞憂だった。
目を覚ました茂治は決意を固め、ローウェンからナイフを受け取ると――
「いや違う! 魔王をよく見ろローウェン! あんな死にかけの爺さんが魔王ってありえないだろ……って、何だこのナイフは?」
「一体どうしたんだ茂治!? どう見てもおぞましい魔王だろうが!」
「違う! 皺だらけで土色の顔に、枯れて水気の無い髭が見えないのか!? 何かがおかしい……が、あれは魔王じゃないっ! 少なくとも俺にはわかる!」
「……」
魔王は何も答えない。 ただ一人の発狂を、冷笑をもって眺めているばかりである。 腕力も魔力も無い、異世界からただやって来ただけの矮小な存在はひたすら喚き続けるばかりであった。
だが、物語には終わりがあるものだ。 茂治は自身に課せられた使命を果たさなければ死が訪れる運命を背負っている。 さあ、そのナイフを魔王の胸に突き立てなければと茂治は歩き始めた。
「っ! 身体が勝手に、それに頭に文字が響いて割れるように痛い……!」
「……」
不気味に沈黙を守る魔王を前に、ついに茂治はナイフの届く範囲へと歩みを進めた。 さあ、冒険はこれで終わりだ。 君の輝かしい未来はこれから始まるのだ――
「嫌だ、嫌だっ! お前は何者なんだ!? 俺の頭を掻き回すんじゃねえ!」
さあ早く、急いで。 君がやるんだ。
「お前は、お前は……魔王は……いやまさか」
茂治はナイフを振り下ろし――
茂治は ナイフを ――
茂治は――
「嫌だああああああっ!!」
俺はナイフを投げ捨てた。
「ハァ、ハァ、どうだざまぁ見やがれっ……」
何をしている、茂治。 何故逆らう。 何故抗う。
その魔王を殺せ、まだ間に合う。
「いいかよく聞け、その爺さんは魔王なんかじゃねえ。 恐らく王様……いや違うな、お前が余程殺したい存在とすれば、この世界の神様ってところか!」
クッ、小僧……貴様!
「どういうことかまるでわからねぇ、茂治、どうしたんだよ本当に!? 説明してくれ!」
すまんローウェン、俺のやり取りを見て混乱させちまったな。 まず俺は異世界へ転移させられてこの世界にやって来たこと、偽魔王の隣で佇む天使から未来予知スキルとやらを貰ったことを説明した。
「そんなことが……言いたいことや聞きたいことはいくつもあるが、何で茂治は魔王が偽物だと思ったんだ?」
「ああ、まずは順を追って説明しよう」
この世界に呼び出された際に『茂治視点で小説を書かない』とルールを設けられたときから俺は頭の片隅で疑問が燻っていた。 第三人称……つまり、地の文を “ 神様視点 ” での描写を強要することが “ 黒幕 ” の目的だったんだ。
つまり、この一万文字の小説は “ 黒幕 ” によって操られた都合の良い世界だったんだ!
「そして俺の未来予知のスキル、これはスキルじゃなく “ 黒幕 ” が先の展開を俺の脳内に流し込んでいただけだろう。 スキルと思わせストーリーを追わせるという姑息な手だ」
「地の文? 小説? よくわからねぇけど、黒幕とやらが悪いってことか。 なら目の前の魔王と天使は一体何だ? 仲間か?」
「そいつらは俺の予想では、この世界の神様と天使だな。 謎の文字による呪縛で心身の支配権を握られているに過ぎない。 で、何らかの理由で神様達を直接倒せないから部外者の俺をここへ呼び出し始末しようと企んだんだ」
……お見事。 まさかただの小僧如きが正解に辿り着き、私の支配から自力で逃れるとはな。
「へっ、ゲームや小説が趣味で役に立ったぜ。 で、お前は一体誰だ? 姿を現せこの悪魔め!」
私が悪魔だと? いいだろう見せてやろう、悪魔を束ねし邪神の姿を――
ぐっ! また頭が痛い、引き裂かれるような感覚だっ……!? 俺の中から黒い瘴気が出てきて姿を作っていくだと?
『私の名はガイア。 この世を統べる邪神なり』
「あれはデーモン……いや、姿は似ているが比較にならねぇ魔力だ! 気をつけろ茂治!」
ガイア……地の文として成りすまし神を殺す計画を立てた “ 黒幕 ” が俺の目の前にいた。
『さあ、残り1000文字程度で私をどう倒す?』
「さあな、だがここまで追い詰めたからには必ずお前を倒す! 覚悟しろ!」
俺は地を蹴って一気に肉薄し、ナイフをガイアの胸に突き立てた。 確かな手応え、ナイフはガイアに深く刺さった。
『憐れな。 そんなものが私に通用するとでも思ったのか?』
ガイアは身体の魔力を爆発させ、俺の身体は激しく地に叩きつけられた。
「っガハァ!」
「茂治っ! てめぇよくもやりやがったな、俺が相手だ!」
「ま、待てローウェン!」
俺の制止も聞かずローウェンは爪で切り裂くも全く効果が無く、黒炎に身を焼かれもがき苦しみ始めた。
『少しは気骨のある戦いが出来そうかと期待をしたが、無駄だったようだな……もうよい、これで終わりだ。 再び貴様を支配し神を殺すとしよう』
ガイアは手を俺に向け呪術を唱え始める。 俺はそれをただ見つめるしかなかった。
「……いや、まだだ、まだ俺は――やれる!」
身体は動かず抗う術もない。 だが俺はまだ意思がある。 圧倒的な存在を前に折れない意思が、俺の最後の希望であった。
「俺は――諦めないっ! それが最後の希望であり最強の武器だ!!」
眼前に暗黒の破壊が迫り、俺は――
俺は――
俺――
――
茂治は、ガイアの攻撃を跳ね返した。
『なん……だと……?』
「も、茂治っ!」
『この力、いや、この文章は “ 第三人称 ” だと!? だが私のものでは……さては!』
茂治は極めて落ち着いた様子ですくっと立ち上がった。
『貴様ァッ!! 何をした!?』
「俺にもよくわからない。 が、俺はどうやら “ 本当のスキル ” に目覚めたようだ。 第三人称……神様視点の能力、つまり俺は神へなった!」
『ば、馬鹿な……! 神はそこで鎮座している――何っ!?』
穏やかな顔をして、神様は既に事切れていた。
「俺は神の権利を獲得した……もう、この冒険は終わりだ」
『や、やめろ! 頼む私を許してくれ!』
「世迷いごとは俺の骸に吐き捨てるんだな。 さようならガイア、さようならこの世界――」
茂治の身体から眩い光が放たれ、魔王の部屋を包み込む。 その光は城を覆い、世界を覆いつくした。
茂治の冒険は終わった。
茂治はベッドから起き、ぼんやりと朝日を眺めた。
「変わった夢だったな」
顔を洗い、鏡を見ると寝癖でぐしゃぐしゃの頭をした自分が目に入った。
「あらら、頭が爆発してやがる……ん? 頭が爆発ってどこかで聞いたような」
まあいいやとあまり気に止めずに、茂治は朝支度をさっさと済ませて玄関に向かった。
「んんー、いい天気だ!」
ドアを開けると、暖かくきらびやかな光が全身を優しく包み込んで来る。
「じゃ、行ってきます、ローウェン!」
「ワンッ!」
シベリアンハスキーの愛犬ローウェンが尻尾を元気に振り回し茂治を見送った。
青く澄み切った空のもと、茂治は大きな第一歩を踏み出した。




