2話
「何も教えてくれないじゃないか」
「そりゃそうだよ〜。そんなにすぐ教えたら面白くないじゃん!」
「そんなものなの?」
「そんなものなの!」
まぁ特に気になっていたことでもないし、ここで問い詰めたりはしない。
しばらくの沈黙が続いた。僕の本のページをめくる音だけが、流れている。
「私はいつか死ぬかわからないんだ。人って結局死ぬ運命なの。それが人より早いか遅いかの違いであってね。だからさ、一日一日を悔いなく過ごしたいんだ。君も、もしかしたら明日死ぬかもしれないよ。だから、一日一日悔いなく過ごした方がいいよ。」
その言葉を聞いた時僕は、持っていた本を置いて少し考えた。
確かに、人はいつ死ぬからない。今日とも明日とも言えない。
余命宣告をされた彼女の過ごす一日と、僕の過ごす一日、本当は一日の価値なんてみんなおんなじだ。
おんなじ価値の一日が、少しでも続いて欲しいと思う。それが人間と言う生き物ではないかと。
「死に近づいてる人から聞くと妙に説得力があるよ」
「そうかな?でも私はこの一日を後悔してないよ」
「どうして?」
「……だって君が隣にいるから!今まで退屈だった入院が楽しいと思えたんだもん!」
彼女は、そう言ってくれた。少し嬉しいと思った。自分と言う人間を一番評価してくれたから。だから……
「これからも仲良くしてくれるかな?」
「あれっ?私が今言おうとしたのに、まさかおんなじ事を考えてるなんてね!私も仲良くしてくれると嬉しいな。お別れが来る日までね」
二人の笑い声が、病室に響く。今僕は幸せだと感じた。人と仲良くなる事がこんなにも、幸せになるものだと、そう思った。
あの日から二日たち、僕たちは退院の日を迎えていた。
あれから毎日、意味もない話をして、笑って過ごした。彼女が後一年で死ぬと言うことなど、忘れていた。
僕も検査の結果、異常は無く健康そのものだった。
病院から、家に帰る道を歩いていると、彼女が僕よりも少し前に出て、振り向いて行った。
「ねぇ、私、退院のお祝いに行ってみたい所があるんだけど……」
「折角退院したんだから、女の子の友達と行けばいいじゃないか」
彼女は「やれやれ〜」みたいな感じで、首を横に振った。
「私は言いましたよね。私の残りの人生を楽しませる手伝いをしてもらうって。まさか、私達の関係が入院してた二日間だけだと思ってたの!?ショック〜」
「違うよ。ただ、何故僕を誘うのかと思ったから。どこに行くの?」
「ふっふ〜ん。それは、明日のお楽しみ!明日駅前に朝の8時集合!」
「随分と早起きだね」
外は雪が降っていたが、積もるほどではなかった。
こうして、一日一日を過ごして行くたびに彼女は死に近づいていた。
僕が同じ状況に立たされたら、彼女と同じように残りの人生を生きていけるのか。多分無理だろう。僕だけじゃなく、殆どの人が無理なのではないか。急に自分の人生が一年だと伝えられてどのようにして過ごして行くのか。僕には全くわからない。
だから、僕は彼女がすごいと思った。
彼女もまだやりたい事は沢山あるのだろう。
僕も、彼女にもっと色々な事を経験させてあげたいと思った。
隣を歩く彼女は、いつも笑っている。
この笑みを絶やさないように、僕は彼女の手伝いを最後までやり通すと心に誓った。
朝の8時になる10分前、僕は駅前にいた。
今日は彼女が行きたい場所に着いて行くことになっていた。丁度冬休みなので、駅前でも同じ高校の生徒に出くわす事はなかった。
「お待たせ〜!待った?」
僕が駅前に着いて、暫くして彼女が来た。
「とても待ったよ。もう帰ろうかと思っていた」
「あっ!ひっどーい。そこは全然待ってないよ。でしょ」
彼女は頬っぺたを膨らまして、「ぶぅー」と言った。
「うそうそ、冗談だよ。今8時になったばかりだから。君も遅れてないよ」
「よかった〜。君に嫌われたと思ったよ〜」
「僕は簡単に人を嫌いにはならないよ。で?今日はどこに行くの?」
「ふっふ〜ん」と何か自慢気に彼女は胸を張った。
「今日は、電車で都会に行ってみたいんだ!ほらっ、私って入院ばかりして都会に行く事が無いんだよね。一人で行って何かあったらって言うのもあるし…….。でも今日は、君がいるから。だからさ、行ってもいい……?」
彼女は上目遣いで、顔の下から覗き込んで来た。
「まぁ君がどこに行きたいって行っても、僕は否定しないよ」
「ありがと〜!やっぱり君は優しいよ!じゃあ早速電車に乗ろ?」
改札口を抜けて電車に乗るまで、彼女はピョンピョン飛びながら、「きゃっー!都会だっー!」とずっと言っていた。