第一章
生まれて10年目のクリスマス。
今日も私は耳を塞ぐ。
隣の部屋から聞こえる声に
私の身体は震えてる。
お父様は昔、英雄だった。
その才能に誰もが騒ぎ立てた。
この国で重視されるのは「記憶」と呼ばれる学力試験だ。それで、全てが決まる。
頭のいい者、つまり記憶力に優れている者がこの国では「賢者」とされる。
お父さまはその点において天才だった。
私も、父に憧れた1人だった。
でもお父さまは私が生まれて間もなくに
私のことを見限った。
隣の「声」はまだやまない。
お母さまが叫んでる。
「年に1度の誕生日くらい、祝ってあげてもいいじゃない。あの子達がかわいそう…!!」
その声を父の怒号がかき消した。
「あんな失敗作が生まれて何がめでたいんだ!」
「失敗作」………。
父の口からその言葉を聞いたのは何度目だろう。
私は、お父さまの失敗作…
…………………
……………
「声」が小さくなった。
「あの子達が聞いてたらどうするの。あなたは自分の子どもに、どうしてそんなに冷酷になれるの…?空だって、がんばって……」…
ガシャン
お母さまの悲鳴が響いた。
「その名前を口に出すな。」
その声と同時にドアの閉まる音がした。
(お父さま、いなくなったかな…)
私は毛布をはねのけ、隣の部屋をのぞく。
そこにはお母さまがうずくまっていた。
(また、泣いてる…)
わたしは駆け寄ってお母さまの手をとった。
「大丈夫…?」
その手は震えていた。
お母さまは小さく頷くと私の手をほどいて、割れたグラスを片付けはじめた。それ以上、言葉を交すことはなかった。
………………………
………………
私は自分が「失敗作」だと教えられた。
私はお母さまの立場もちゃんと知ってる。
私は空兄ちゃんが普通じゃない事も知ってる。
私は自分が愛されていないことも
私じゃお父さまの期待に応えられないことも
ちゃんと、気づいたの。
………
………………
私は、部屋に戻り音楽に耳をあずけた。
瞬間、感情が溢れ出す。
胸の中で黒いカタマリが蠢いている。
私の呼吸が乱れた。
(どうして、私を見てくれないの…?どうして、私じゃだめなの?そんなに私を疎むなら、どうして私を生んだの…?私は、生まれてきちゃいけなかったの………?)
突然、吸った空気が喉を冷やした。
……っ!!?
ああ、まただ…
息が、できない。
………………
……
紙袋に吐き出す息が私を救う。結局、私を守れるのは私だけだった。どんなに苦しくても、どんなに助けを求めても、誰も私を見てくれない。いつしか私が心の叫びを声にすることはなくなっていた。
私は、望まれない子だ。
私は、何者にもなれない。
私は、「普通の子」だから。
私は、「失敗作」だから…。
そんなの、5つのときからわかってた。
誰も私の誕生日を祝わない。
誰も私を抱きしめてくれない。
どんなにおべんきょうを頑張っても
どんなにいい子でいようとしても
誰も私を見てくれない。
お母さまが褒めるのは空にいのことだけ。
お母さまが守りたいのは私じゃない。
同じ日に生まれたはずなのに
私だけ、独りぼっち…
お母さまが空にいを抱きしめながら泣いているのを私は、ただ見ていた。
……………………
……………
おなじ日に生まれた双子の兄。
あの頃は兄が障害者だと言われても、いまいちピンとこなかった。見た目は、「普通」だったから……。
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明日は、記憶だ。
ついに明日、私の道が決められる。
努力は、してきた。あとはもうやりきるだけだとわかってる。それでも恐怖が私の睡眠の邪魔をしてる。
「こわい、よ…」
毛布に身をくるみ、ひとりで膝を抱える夜。こんな夜は何度目だろう…私は、窓を開けた。
そこに広がっているのは限りない光。静かに輝く満天の空はこんな世界にはあまりにも綺麗すぎて、まるでその暗闇のなかにある希望のような星空に手を伸ばして、涙が溢れた。
「大丈夫…。」
そう何度も言い聞かせ、私は自分の体を抱きしめた。
右の目からこぼれる雫がベットを濡らす。
時計は12時を回っていた。
あと、9時間……
私は静かに引き出しを開け、小さなカッターを取り出した。それを静かに腕に当てる。
心地よい痛みを左手に感じる。私はしばらくぼんやりとそれを眺めた。流れる鮮やかな絵の具が私の鼓動を少し早める。
その生の鼓動のメロディを子守唄に、いつの間にか深い眠りに落ちていた。