もつべき友
「……。」
「…………。」
「………………なぁ。」
「………。」
「……はぁ…。何をそんなに怒ってるんだよ。」
「………。」
交野は答えず歩き続ける。俺たちは、啓介と別れて中学校へと向かっていた。さっきから交野は全くと言っていいほど口を開かない。
「おい、交野。」
「………。」
「かーたーのー?」
「………。」
「かたのさーん?」
「………。」
「……………つむぐ。」
「下の名前で呼ばないでって言ったでしょ?!」
「やっと喋ったな。」
「あ………。」
交野はしまった、という表情を浮かべる。というか、久々に発した言葉が俺への否定かよ…。
「あのさぁ…何に怒ってるわけ?」
「べ、別に……。」
誤魔化し方が下手なんだよなぁ……。あーもう!
「なんかあるなら言えよ!お前との信頼関係がなかったら、俺も!お前も!それからお互いの世界も消えてなくなるかもしれないんだぞ?!分かってるのか?!」
一気に捲し立てた。しかし、不満がたまっていたのは俺だけではなかったらしく
「なら言うけどね!?いくら元の世界で仲が良くて、何とかしてあげたいと思ったとしても!……あの言い方は酷すぎない?!」
すごい剣幕で責められるように、というか実際に責められて怯んでしまう。
「…え、お前……もしかして、さっきのアレ気にしてるのか?」
「……気にしない方が難しいでしょ…。」
そうか………交野はさっき俺が啓介に向かって言ったことを気にしていたのか……。
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「実はさ……。俺、サッカー部入ってるだろ?まぁ……いちよレギュラーにも入れてもらってるし、そこそこに巧いとは思うんだけどさ…。周り見るとそいつらに勝てる気がしなくてさ。で、少しでも追いつこうと思って、ここで練習してたんだ。」
啓介がグラウンドを見回しながらそう締め括った。正直、俺は啓介がここまでサッカーに対して真剣に取り組んでいることを知らなかったし、ましてやここまで真面目な啓介なんか見たことがなかった。
「すごいですね!てことは、将来的にはプロ入りとかも考えてるんですか?」
あ……その質問は今の啓介には…。啓介は表情を隠すよう口元に手をしばらく添えたあと口を開いた。
「なれたらいいなぁ…とは、思ってるよ。けど、俺より努力してるやつなんて腐るほどいるし。それに……才能には勝てないからなぁ…。俺には才能なんてないからさ……そろそろ潮時かなぁ、と思ってるんだ。」
力なく微笑む啓介。苦笑いで顔をそらす交野。それを見た啓介は
「ごめんな?変な話しちまって。デートの途中だったんだろ?」
と、話を俺にふってきた。俺はそれには答えなかった。
「佑紀……?」
「あの、さ……。」
自然と俺の口から言葉が出てきていた。
「お前は、なんでサッカーやってるの?才能がどうのって言ってたけど、才能があるからお前はサッカーをするのか?」
啓介は黙って俺の話を聞いている。交野は「ちょっとユウちゃん?!」と言って俺をとめようとするが、俺の口はとまらない。
「もし才能のあるなしで決めるというのであれば今すぐサッカーなんかやめて才能があるもの探せ。そっちの方がお前のためだ。」
まっすぐ啓介を見る。啓介も目をそらさなかった。
「………じゃな。」
啓介はそれだけ言うとサッカーボールを持ったまま元の場所まで走っていった。俺は、それを見届けることなく、ゆっくりと歩き出した。
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「あれのどこに怒る要素があったんだ……?」
「どこもかしこもよ!何であんなこと言ったの?!もし彼がこの世界に戻ってきたときに関係が悪くなってたらどうするの?!」
交野が叫ぶ。俺がガンガン聞き流す。
「ちょっと聞いてるの?!」
俺の脇腹を殴りながら交野が確認してくる。このまま殴られ続けたら本当に聞けなくなりそうだ。
「イタタ…ちゃんと聞いてるって。大体、お前は気にしすぎだろ。あれくらいで俺らの仲が壊れるわけないだろ?」
「でも……」
「それに!」
遮るように俺は続ける。
「壊れたなら、また作ればいい。」
「………変わらないわね…そういうところは…。」
「…ん?メールだ。」
交野の言葉に重なるように俺の携帯が鳴る。この音は……メールか。
「メール?誰から?」
交野が横から画面を覗き込み、聞いてくる。さっきまで怒ってた……んだよな?女の気持ちは本当に謎だ。わかっても問題がある気もするが。
「ねぇ、誰からよ~。」
「ん。」
俺は印籠のように自分の携帯にきたメールを交野に見せつけた。それは、啓介からのメールだった。
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『佑紀、さっきはありがとな。お前のおかげでサッカーやめずにすみそうだ。プロになるには才能が必要かもだけど、サッカーすることに才能は必要ないもんな。俺、プロになれなくても、出来るうちはサッカー続けようと思う。サッカー好きだし。本当にありがとな、親友。なんか照れくさいな……デート、楽しんでな?じゃ、また……』
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メールを読み終えた交野が丸い目でこちらを見てくる。
「な?大丈夫だっただろ?」
「たまたまでしょ……けど、まぁそうね。」
そう言って、彼女は笑った。