その16
その16
その夜は雲ひとつない町中にしてはきれいな星空が広がっていた。最も大自然の中で見るものとは比べられないが。
れいひとお嬢さんと三人で公園の広場に佇み空を見上げる。
一句浮かびそうな夜空の満月を見ながら月見団子を食べたい気分だ。
こんな時に目の前の魔法陣から悪魔を召喚しようとしてるなんて無粋な話だ。
しかも前回の召喚の時は誰もいなかったが、今回は見つかったら確実に怪しい目で見られてしまう。朝ジョギングしてる人とか絶対見るだろう。しかも近くに住んでいる人間だと分かったら何を言われるかたまったものじゃない。
こんな事言うのもなんだが、成功なり失敗なりどちらでも良いから早く終わらせたい。
直径10mはある魔法陣はれいひが描いた。二重の円とその中に六芒星に魔法文字…ルーン?サンスクリット?ラテン?ヘブライ?まあ文字を刻む。
そして、六芒星の頂点から時計回りに『エクスカリバー』『鉄の斧』『マジ◯ルソード』『金の斧』『△トの剣』『銀の斧』を並べる。中で形成された六角形に『エクスカリバー』と『鉄の斧』の間の点から時計回りに『如意棒』『玉璽』『ゴッドス◯イヤー』『魔法のランプ』『七支刀』『火のクリ◯タル』を並べた。
位置は特に意味は無いらしい。『心見◯窓』で見ても光っている差はなかった。
そして、魔法陣の中心に『ネコ型ロボット』を依り代として置いた。そういう使い方か。
公園の灯りはぼんやりと薄暗く妙な雰囲気が出ている。
一応ノートパソコンは持って来たが案の定動きそうもない。
「始めますね」
れいひは自分の持って来たノートパソコンを台に置き起動させる。
いつもと変わらない魔法陣の画面が現れる。
「ルシファーでやってみますか?それとも神様?」
両極端だなぁ。
眉唾もののルシファーの『再天使化計画』。
エデンへの切符を手にする事が出来るのか?れいひが言ったように『黒いエデン』への切符なのか?
一方 神様を呼び出したとして、神を冒涜してるとか人類は堕落してるとか言い出して大洪水を起こしたりしないだろうか?
何だろう。良い方向に考えられない。
でも、召喚したいんだなぁ。
「今日は全てあなたに召喚をお願いします」
えっ。まあ打ち込んで決定するだけだしな。
唐傘お化けとかもOKなのか?
「面白い事考えますね」
お嬢さんは静かに微笑む。月の明かりに照らされ凛とした佇まいは美しく目に映る。耳にはあの『白い貝殻の小さなイヤリング』をしている。
イヤリングについてどう大事かを聞いたら、言いにくそうだったが教えてくれた。
単純に記録装置とかだったらしい。発信装置も故障していたらしく、それであの山の中を捜索していたようだ。
形見とかプレゼントとかドラマチックなのを期待していたのに…。
と、すると今この会話とかも記録されてるのか?おかしな事言えないな。
でも、唐傘お化けで成功したらどうしよう。
成功したら…人を驚かせてこいぐらいしか思いつかない。
安全?と言えば安全?だけど…。
「ドンドン行っちゃいましょう。自動で進められれば楽なんですが、プログラムへの介入が出来ないんですよね…」
何だろう?ノリが軽く感じる。
デジタルな話なのに一つ一つ打ち込んでいかなきゃならないのか?なんてアナログな…。
デバッグ作業か?…もしかして、これは大人数を巻き込んだ大掛かりなチェック?
そんな訳はないよな…。
また、余計な事を考えた。さっさと進めよう…唐傘お化けと。
夜の公園にキーボードを叩く音が静かに広がる。
……虫の声なんかも聞こえずただ、ただ静かだ。
画面上も地面に刻まれた魔法陣にも変化は見られない。
やっぱり月見をしていた方が良いのだろうか。
「片っ端から行きましょう」
れいひが促し、応じて次々と打ち込む。
夜空に浮かぶ月の位置が変わるだけで地上の魔法陣はウンともスンとも言わない。
「ちょっと休みますか?」
魔法瓶のコーヒーをれいひが入れてくれた。
温かい…ほっとするなぁ。
魔法陣に目を遣る。剣が刺さっていたりランプが置いてあったり、その中心にインパクトあるネコ型ロボットが置いてある。
本当バラバラだな。この『チカラ』があると思われる『モノ』を使って、ノートパソコンから召喚を……??
あれっ?!
持って来たあのパソコンの電源が入った?
様子に気付いた二人も視線の先の物に驚く。
れいひが慌ててあれ程動かなかったあのパソコンを開きこちらを見て叫び目の前に持って来る。
「お願いします!!」
えっ?えっ?何が何だか何なんだ?!
画面上の魔法陣が点滅している。
外カメラが地面にある魔法陣と重なった瞬間フラッシュも無いのに眩しく光った。
三人とも目を閉じ、次に開くと魔法陣がハッキリ光り輝いているのが映る。
「今です!!」
れいひが再び叫ぶ!
よ、よしっ!!心を落ち着けて。タイミングを見計ら…え~とどのタイミングだ?
!!そんな事考える暇じゃない。
実はその時魔法陣を中心として公園全体を黒く暗い膜のような何かが包み込もうとしていたのだ。
「月が…」
お嬢さんが目を見開き呆然としている。
月が、あれ程美しい白銀の月が、赤く紅く朱く染まっている。
刺すように冷たい?いや生温かい?入れ違う二種類の風に気分が悪くなりそうになる。
「早く!!」
そうだ!!打ち込…!?既に『ルシファー』が打ち込まれている??
いや前の状態のままだったのか?
よしっ!!いくぞ!!そうだ!あれを忘れてた!!
人差し指を天に勢いよくかざす。
そして、呪文を唱え、いや叫ぶ!
エロイムエッサイム エロイムエッサイム
我は求め訴えたりぃーーー!!
人差し指を勢い振り下ろしEnterキーを直前で軽く押す。ポチッと。
光っていた魔法陣から砂煙のようなものが自身を覆うよう渦巻き出した。
でも魔法陣は光っているせいか、くっきり見る事が出来る。モノも光って見える。
来る。来る。来る。きっと来る…。ルシファーかどうかは分からないが、ついに召喚が行われようとしている!
「あーったぁっ!!」
とてつもない声が背後から突き刺して来た。
三人が一斉に振り返ると、赤いそう赤いコスプレ?
赤い帽子に赤いマント…軽い鎧?剣?
よく出来た『赤魔◯師』のコスプレだな。ってこんな真夜中にコスプレ?何かのイベント帰りか?そういや、ゆるキャラのイベントで見た気がするぞ。
その赤魔◯師は魔法陣に向かい飛び込もうとしたが危険を感じたのか立ち止まった。
「なんだよ。やっと見つけたっていうのに!」
苦々しい顔の赤魔◯師の視線の先にあるのは間違いなく水晶球だ。
…んっ……えっ?本物?
「あんたたち、これはどういう事だ!」
「あなたこそ誰なんです?」
「!言葉が通じる…そうじゃない!」
怒りっぽいな。それを察したのか赤魔◯師は落ち着かせようと帽子を少し押さえた。
「俺は…」
赤魔◯師は名乗った。『スク…』何とかと言った。赤魔◯師でいいか。
『赤魔◯師』と言えばシリーズを重ねる事に弱体化していく何とも言えない職業だ。
最初のは魔法戦士って感じで魔法も戦士としても突出してないけれどそれなりに武器も魔法も使えて格好良いんだが……。
以降主要キャラとしても出てこないし報われない…。みんな魔法を職業関係なく覚えていっちゃうしな…。
そんな赤魔◯師がいる。クラスチェ◯ジしてるのか、してないのか、どっちだろう?
そんな事してる場合じゃない。
「危険だ、止めましょう」
事態を重く見たのだろうれいひが静かに言いキャンセルしようとキーボードを叩くが止まる様子が全くない。
「何故だ?!」
「ごめんなさい!!」
焦るれいひをよそにお嬢さんがノートパソコンをひったくると地面に叩きつけたぁー!!
あぁーっ!!ノートパソコンは見事ノートとパソコンに分かれ、もとい、モニターとキーボード部分が砕け壊れたが魔法陣は変わらず光り続け止まらない…。
お嬢さん。弁償はしてくれるのか?まあ、壊れてた?けど…。
赤魔◯師は信じれない表情をして魔法陣を睨む。
そんな中、夜空も月を残し不気味な膜が覆い尽くそうしていた。
「そういう事なんだ」
えっ。
いつの間にか一人の褐色の少年が傍らに立っていた。本当にいつの間に。
またコスプレか?ファンタジーRPGに出てくる布の服みたいなのを着ている。
「君は?」
れいひがいろいろ気にしながら少年に尋ねる。
「僕は『血をひく者』」
血をひく者?…あっ!そういう事か!いろんな意味で偉い!
それとなく分かるそのフレーズ!
おぉ勇者の血をひく者よ。そなたに我が家に託された剣を与えようと思うが…魔法陣に刺さっているので自分で取って…無理か。
魔法陣の砂煙が激しくなっている。お嬢さんが髪を押さえなかば立ち尽くしている。
月の光も魔法陣に力を与えているように見えるのが不安だ。
「お姉さん…聞こえない?」
お嬢さんが耳を押さえ通信機か何かで話しているが繋がっていないようだ。
それにしても何だ?体が熱い…。
「大丈夫ですか?」
お嬢さんが声を掛けてくれたと思ったら
「ブリ◯ラー!!」
赤魔◯師が冷気の魔法を魔法陣に放つ!!
が、砂煙は物ともせず渦巻いている。
ま、まほうだ…。本物の魔法だ…。
「魔法は使えるんだな…。この結界のおかげか…こっちに来てから何も出来なかったからな」
赤魔◯師は一人確認するように魔法陣を見て呟いている。
「厄介だが、この力、上手くいけば元の世界に戻るのに使えないか…」
「…この魔法陣とは違う力が…」
血をひく少年がこちらを下から上まで見つめる。
「何だろう?何か感じるのに」
少年は言って、魔法陣に目を移す。
禍々しい、毒々しい光が魔法陣から天高く伸びて行く。
その光を覆うように砂煙が渦巻いている。
まるで嵐がそこにだけ凝縮されたみたいだ。
「何?」
お嬢さんが魔法陣の中心を指差す。
中心には依り代として置いてあるネコ型ロボットが像のように突っ立っている。
…動いた!?ネコが首を回してこちらを見ている。炎の如く揺らめく目全体が光っているのが分かる。
そして、巨大なオーラが魔法陣の中で人にいく枚かの翼を持った者へと形作られていく。
こ、これは…。
「ルシファー…なのか」
「神の座を奪い神になろうとした最も気高き天使……」
雪だるまの頭と体が同等の球体を合わせたような体型の子守りの為のネコ型ロボットがこれ程恐ろしく見えるとは…。
口裂け女のように開いた大きな口で声は聞こえないが笑っている。
『ルシファー再天使化計画』…無いな。『黒いエデン』へご招待はありそうだけど。
悪魔の王を呼び出した代償…まだ何もしてないけど…。交渉も決裂しか見えない。
「ルシファーの顕現…いや実体では無いか」
れいひが最大限冷静にコメントする。
そうだとしても人に何が出来るだろう。
だが諦められない。諦めては悪魔の思う壺だ。その責任がある。まだルシファー?は魔法陣の中で外の様子を伺っているようにしか見えないのが気掛かりだがチャンスではある。
「魔法陣をどうにか出来ないん…?!」
「お嬢さん、どうし…?」
お嬢さんの様子を見て赤魔◯師がこちらに気付く?何でみんなこっちを見る?痛い?熱い?苦しい?
「体の奥がぼんやり光っている?」
少年が不思議そうな顔で見てくる。
「おいっ!危ない!!」
魔法陣に向かい無謀にも誰かが猛ダッシュしていたが、途中で魔法陣の勢いに飲まれたのか立ち止まった。
れいひと赤魔◯師が走り呆然とする者を引きずってくる。
『血をひく少年』のような粗末な格好をした若い男だった。
男は『りょうし』だと言った。漁師?猟師?
名前はよく聞き取れなかった。
「俺が掛けた網に引っ掛かったのを見つけたから取りに行ったんだ」
どうやら漁師らしい。何処から見たか分からないが、この嵐のような状態の中で見つけるなんて相当視力が良い。
話によると、引き上げたのは良かったが手元が狂い湖に落としてしまって慌てて取りに飛び込んだと思ったら、いつの間にかこの世界に来たと言う。
その探しモノとは『玉璽』だった。
「見た事ない珍しい物だからお役人に届けようと思ったんだ」
何時の時代か分からないが、役人に届けようとするなんて善政を敷いてた土地に暮らしているのかとふと思う。男の顔つきも悲壮感も見られないし、純朴で人を疑うような目をしていないように見える。
「あれは何の妖術だ…」
漁師が震えながら魔法陣の中の嵐を見つめる。それが普通の反応だろうな。
雲一つ無かった夜空に妖しげな雲が集まり月を隠したかと思った瞬間晴れ渡り赤く紅く朱く染まった月の光が魔法陣に落ちる。
闇の膜が覆い尽くしたこの結界?を襲っていた生温かい風と冷気の風が止まった。魔法陣に渦巻いていた砂煙が消え光の円柱がそびえ立っている。
音も無く円柱の光が割れ、そのまま消えていく。
ネコ型ロボットから放たれている巨大な炎のような堕天使型?のオーラがこちらを見下ろす。
正直、ネコかオーラか両方ともこちらを見据えていてどっちに視点を合わせるか迷う。
「あれが、サタンとも言われる悪魔の王ルシファー…」
お嬢さんが呟く。
そういやそうらしい。なんか同一視されるものもあれば差別化されたりするものもあって何だかややこしい。
「貴様らか?私を呼び出したのは?」
オーラのようなものが口を開いた。
えっ、召喚成功?依り代があって良かったのかはさて置きどうしよう。
れいひとお嬢さんの目がこちらに向く。
交渉は任せるって事か……。怖いなぁ。恐いなぁ。
「戯れに地上に現れてやったというに口を開く事さえままならんか」
言って高らかに笑い声を木霊させる。
機嫌が良いのか?これなら交渉の余地がありそうだな。
「戻ってもらいましょう」
小声でれいひが合図する。
「わざわざ呼び出しておいて帰れとは異な事を」
さすが地獄耳だ。
適当に理由をつけて帰ってもらいたいが、その適当が思いつかない。下手な事言って暴れられたら取り返しがつかない。
「望みがあるから呼び出したのではないか?富か力か?………」
どうした?
ルシファーの突然の沈黙に戸惑いこちらはこちらで顔を見合わせる。
それより、苦し…い。
「何が…」
赤魔◯師が剣の柄に手をやる。
「……」
血をひく少年がルシファーを気にしながらこちらをチラッと見た時だった。
咆哮にも似た狂喜の叫びが木霊する。
「見えた!見えたぞ!そこにあったか!」
熱い!体の中心が奥底が熱い!何がっ…!
「大いなる扉よ!天界への足掛かりとして今こそ…忌々しい!」
何かの力を放ったらしいが、何も起こらない。
ルシファーの狂喜は怒号へと変貌する。
魔法陣の六芒星が一瞬光ったのが見えた。
おそらく12のモノの力が少なからず魔の力を抑える聖なる結界となっているのだろう。
偶然とはいえ助かった。モノが魔に近い方だったら危なかったかもしれない。
「逃げよう。あんなのめちゃくちゃだ」
漁師が混乱しながら訴える。
「逃げるにしても何処へ」
れいひが膜のような闇を見て言う。
「とにかくここから離れよう!」
少年が言って印を結び呪文を全体に唱える。
素早く動けるようになる魔法らしい。
「聞いた事ない呪文だが魔法が使えると助かる。俺が引きつけておくから、逃げろ!」
赤魔◯師が剣を抜き、ルシファーに対峙しようとしている。太陽の光を放っているような剣だ。
「早く!!」
赤魔◯師が促す。
「無理はしないで!」
お嬢さんが叫ぶ。
「行こう!」
少年がお嬢さんの腕を掴み引っ張る。
ルシファーが結界を破ろうとしている不気味な声が響いてくるのを背中に走る。
魔法のおかげか足取りが軽い。
だだ魔法陣から数十メートル離れているとしても膜までしか逃げ場がない。
ギリギリまで来たところで少年が
「僕はあの人を手伝って来ます。何とかしますから逃げ回って下さい」
言ってまた何かの魔法をかけると赤魔◯師の元へ走って行く。
「どう逃げるんだ」
漁師が少し落ち着いて言う。
「彼らを信じて逃げましょう。どこかに道はあるはずです」
ノートパソコンを脇に抱え、れいひがルシファーの方を見る。
ちなみに『心見◯窓』は自分で持ってる。
「…やっぱり繋がらない…」
お嬢さんが通信不良で不安な表情を見せる。
「でも、不幸中の幸いでした。あのモノがあったからルシファーを呼び出す力になったと思うんですが、聖なる力の方を担っていた為悪魔に対する結界になったんだと思います。
それにルシファーが実体で無かった事も」
れいひが推理する。
その横でお嬢さんが
「貴方の中に眠る力…。ルシファーが言っていた『大いなる扉』…それだったんです」
…でも、それは何?
「魔界とこの地上を繋ぐ扉…それがあなたに何らかの形で宿ってしまった…魔法陣では足りない『大いなる扉』…それが開く時ルシファーはその扉を通って実体化し本来の力を発揮すると同時に悪魔の軍団を率いて地上を占拠し、神と今一度戦うつもりでは?」
「あり得ます。ただ、あなたのその扉は簡単に見つからなかったのは何らかの結界なり封印があったのかもしれないし、人にあるチャクラによって守られていたとしても不思議はありません」
れいひの言葉が終わった瞬間魔法陣の方から静かな激しい閃光がほとばしる。
目を細めそちらを見つめる。
あの二人は大丈夫だろうか?心配だが行って足出纏いになるのは間違いないどころか地上の危機を招いてしまう。
…待てよ。
「パソコンですか?」
れいひのパソコンを開く。召喚画面はそのままになっている。
キーボードを叩く。昼じゃない、夜じゃない…。
外カメラが地面に魔法陣を刻みつけ、そこから輝かんばかりの甲冑姿の男が現れた。
召喚成功!!思い付きだが良かった。
『アーサー』だ!!
「予言通り、ここが『エクスカリバー』の行き着いた世界か」
アーサー王は魔法陣の方へ向く。
ここに来る事を見越していたのか、話が早そうだ。
「そなた背負っておるな。これを預けておこう」
そう言うと立派な鞘だけを押し付けるように渡してくれた。何で鞘だけ?
「えっ、鞘を!」
目の前のやり取りにれいひが驚いている。
「持っていればあらゆる災いを退けるという魔法の鞘を…」
そうなの?そんな大切な物を預けてくれたの?!そういやれいひは前にも鞘がどうとか言ってたな。
「そなたの命失う訳にはいかんのだろう」
そう言ってくれるのはありがたいけど、アーサー王は丸腰になるんじゃ…んっ、何か剣を提げてるな?でも『エクスカリバー』じゃなくて大丈夫なのか?
それとも『エクスカリバー』って2本あるのか?
しかし、明らかに『エクスカリバー』を探しに来たような発言をしてたよな。
「この結界はその悪魔をどうにかせぬ限りは解けそうもないな。二人だけでは苦しかろう」
アーサーは状況を聞くと魔法陣へと向かう。
「これならルシファーを退けられる…」
お嬢さんが安堵の息を漏らす。
そうだ。これなら…。
Come on!!聖天大聖……孫悟空!!
魔法陣から勇ましい猿っぽい人が現れる。
あぁ、緊箍児を頭につけている。筋斗雲に乗ってる!如意棒は…持ってなさそうだな。
「お師匠さんの言ってた試練てのはこれか。さぁて如意棒、如意棒と」
孫悟空は異様な結界を見渡し魔法陣の方向へ目を遣る。彼も召喚されるのを知っていたようだ。
「あっちか。ややこしそうだな。まっ何とかなるだろ」
軽い感じだが瞳の奥は真剣だ。
「あんたらは黙って隠れてな」
孫悟空は筋斗雲で空へ舞い上がる。
それを見てれいひが言う。
「いっその事神様とか召喚出来ないんですが?」
OhMyGod!のGOD?
この地上で天界戦争とか起きない?
でも確かに。最終手段ぽいけど。
キーボードを叩…んっ?!
魔法陣の方から再び激しい閃光が走ると同時に衝撃波が向かってくる。
避けらない!!
咄嗟にみんなの前に飛び出し魔法の鞘を衝撃波に突き出す。
「ああっ!!」
漁師が叫んだ。
何とか魔法の鞘が衝撃波を弾くがパソコンが飛ばされ壊れてしまった。
アーサーと孫悟空は消えてないよな…。
「結界が破れた?」
れいひが見つめる。
また、閃光が走り衝撃波が!目を細め魔法の鞘を突き出す…?衝撃波が緩んだ?いや壁が出来た?
目を開くと2メートル以上はあるだろうか4人を覆う程の巨大な熊が立っていた。
どうやらこの熊が守ってくれたようだが何故?ヒグマ?ツキノワグマ?グリズリー…?
「ク魔人!?」
お嬢さんが驚きの声をあげる。
えっ、山のくまさんのくまさん?
衝撃波が止みク魔人が振り返る。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとう。でもどうしてここに?」
「空模様が急に変わったから山から慌てて来てみたんだ」
野生?動物の勘なのか?
結界にはどうやって入って?
「思い切って飛び込んだら入れたぞ。そしたらお嬢さんの匂いがしたから急いだんだ」
思い切ったら出られるのか?
「ルシファーの狙いはあなただけです。現状奴も地上にあるのは意識体だけのはず。魔界へ戻すのも何とかなるはず…。身勝手ですが彼らに任せて外に出る事を考えましょう」
「それは無理だった。中からは弾かれてしまう」
ク魔人が教えてくれた。
そこにお嬢さんが入る。
「…貴方と扉…分ける事は出来ないんですか?このままだとルシファーでなくともずっと追われる事になってしまいます」
ウォンテッドってやつだな。賞金額っていくらなるんだ?
一瞬お嬢さんの組織も保護目的で拘束しないかと疑ってしまった。
「扉が開く事によって分かれるのかもしれませんが、どう開くかですね」
そういやルシファーは力づく?で開けようとした?が結界があって開かなかった。
呪文でもいるのか?『開けゴマ』とか?
開くにしても…どう開くんだ?本当に鍵とか必要とか?
ゲームとかだと鍵を手に入れる事によって行動範囲が広がったり、強力な装備が眠る部屋とか宝箱を開けたりするけど。そういうのではないよな…。
「ク魔人ありがとう。前のお礼もしていないのに、貴方には助けられっぱなし…」
「そんな事ない。あんたに初めて会って瞳を見た時分かったんだ。このままじゃいけないと。それを教えてくれたのがお嬢さん、あんただ」
熊とお嬢さんが見つめ合う姿が不思議でしょうがない。二人で歌とか歌いださないだろうな。
「あの後ひとしきり暴れ回って山奥へ隠れてたんだ。もう一度あんたに会いたかった」
やっぱり組織の壊滅に一枚どころかどっぷり絡んでた。
しかし、この二人?の空間だけ切り抜けば下手すれば恋愛ドラマだ。ク魔人が実は人間だったなんて事なら尚更だ。
あぁ、美女と野獣ってこれか!
…今そんな事で盛り上がってる場合じゃなかった。
「ひっ!」
何か悲鳴担当になった感じの漁師が声を上げる。
熱い。体の中からでは無く外からだ。
黒い炎?闇に満ちたようなこの空間の中でもその揺らめきはハッキリと見てとれる。
結界の内周に沿って静かにじわじわとこちらに詰め寄るように燃えている。
ただ、木々や芝生が燃えていないので物質を燃やしてはいないようだ。
熱い。精神?魂?に対してダメージを与えているようだ。
「何だか命を燃やされるようだ…」
れいひも他のみんなも苦悩の表情が浮かぶ。
「ここはダメだ。行くしかない」
ク魔人が結界の中心に顔を向ける。
そう、もう隠れ場も逃げ場もない。
魔法の鞘も熱さは多少柔らげても消す事は出来ないらしい。このままだと黒い炎に魂が焼かれて消えてしまう。
あのルシファーのいる魔法陣に向かうしかない。
ルシファーの勝機に満ちた笑みが悔しいながらも目に浮かぶ。
近づくごとに通常ではあり得ない激しい戦いが繰り広げられているに違いない。
何かがルシファーに対して飛び回っている。孫悟空だな。パソコンが壊れたので元の世界に強制送還になってるんじゃないかと思ったけど無事?存在してくれている。
「大いなる扉よ。よく戻って来た」
戦いの最中ルシファーはこちらを見つけると余裕に満ちた声色で笑っている。
その瞬間背後の黒い炎が一層燃え上がり高さが数メートルに達する。
完全に逃げ場が無くなった。
戦っていた赤魔◯師たちも気付き状況悪化に焦りを禁じ得ないだろう。
あれは誰だ?正にシルエット?いや全身黒い何者かがひたすらに戦っている。
リ◯ク?そうだけど違う。ダークだかシャドウリ◯クだ!
でもどうして?マジ◯ルソードに導かれたのか?敵ではないようだな。
…なんか魔法陣にあるモノのオールスターキャストっぽい……あっまだか。
『ゴッドス◯イヤー』『金、銀、鉄の斧』『魔法のランプ』『七支刀』それに『心見◯窓』…アラジンとかヘラクレスとか出て来てくれても良さそうなのなぁ。
しまった!アーサー王がいるなら『円卓の騎士』も呼びだせば良かった…でもマーリンとかガラハドとか個別でないと無理なのか?
「大いなる扉よ。我が意思を持って開け」
ルシファーの腕が伸びる。開かれた手の平から衝撃波が襲いかかる。
魔法の鞘を突き出しそれを防ぐ。この鞘凄い!
もはや狙いは一人。飛んで火に入る夏の虫の虫側になるとは思ってもみなかったが。
「どけどけどけぇー!!」
威勢のいい孫悟空の声が聞こえたかと思うと
イキナリ宙に浮いた。
孫悟空が腕を掴んで無理矢理筋斗雲に乗せたのだ。あっ心見◯窓落とした。漁師が拾ってくれた。
遥か上空へ舞い上がったがもちろん結界に阻まれルシファーの攻撃を避けつつ逃げ回る。
空を生身で飛び回るなんて経験は普通なら絶対出来ない。
こんな戦いの場面じゃなきゃスリリングとは言え楽しめただろうに。
しかし、この極限状態の中で気絶もしないで意識をギリギリのラインで保っている自分を褒めたいと思う。
もしかすると魔法の鞘のおかげなのかもしれないけれど。
地上では赤魔◯師を始め戦士たちが戦っているが、防戦一方に見える。
巨大な敵には違いないが、結界が破れたのなら『チカラあるモノ』を手にしてるのでは?と思ったら魔法陣の点の位置から飛ばされたであろうモノの回りにあの黒い炎が結界のように人の手に渡るのを阻んでいるのだ。
結界となって邪魔をしていたモノを逆に封じるとは悪魔の王はやはり侮れない。
だが、ルシファーの方も何故だか攻めあぐねているように見える。
しかも魔法陣からは出られないようだ。
依り代のネコが体に合わないのか?でもオーラみたいなのが実体ではないにしろメインじゃないのか?
あの依り代をどうにか出来れば……そうだ!
「えっ?ネズミ?何だそりゃ?」
孫悟空はしかめっ面をしながら髪の毛を数本抜くとふぅっと息を吹きかける。
たちまち髪の毛はネズミに変わる。
ルシファーの足元近くまで低空で飛んでもらいネズミを依り代のネコ目掛けて投げつけてもらった!!
これで怯ませる事が出来れば…。
依り代のネコは怯むどころか秘密道具のオオカミク◯ームを塗ったかのような野性味溢れるオオカミの如き鋭い牙が並ぶ口を開き威嚇する。
ネズミの方が怯んだのか一瞬にして元の髪の毛に戻ってしまった!窮鼠猫を噛まず…。アベコベな感じにはならなかった…。
何故だ!…しまった!ネズミが苦手なのは青いネコだ!黄色い方は関係無かった!意識もルシファーだしな…。
危険な割りに無駄な事をさせてしまった。
おぉ、ミカエル。ご乱心のお兄さんを何とかしてくれません?
ふと見上げてみる。うわっ、月が、赤紅朱だった月が、月蝕では無く外側から徐々に黒く染まり始めている…。
「ちょこまかと煩わしい…」
ルシファーの方も苛立ちを隠せないのか動きに隙が見える。
それでも戦士たちはその隙を突けなく苦しんでいる。ダーク?シャドウ?リ◯クだけは戦闘マシーンのように傷つき倒れても立ち向かって戦っている。敵に回らなくて助かった。
ク魔人もお嬢さん、れいひ、漁師三人を守っているが大丈夫だろうか?
血をひく少年が走り回って魔法でみんなをサポートしてくれているのも大きい。
アーサー王は英雄らしくエクスカリバーでない剣だが力強い一撃を放っている。
赤魔◯師は剣と魔法を絶妙に使い帽子を吹き飛ばされる事なく戦い続けている。
それぞれ個別に戦っているように見えるが細かい合図と歴戦の勘そしてチームワークで攻撃していると孫悟空が教えてくれた。
まあ、リ◯クは別らしいが。
月が更に黒く染まり、この空間を様々な黒で覆い尽くそうとしている。
「あんたの『扉』を消す事が出来れば、あいつも諦めて帰ってくれそうなもんだけどな」
孫悟空が体を屈め呟く。
そう、この体に宿る『大いなる扉』を切り離して開く前に破壊する事は出来ないのか?
「おそらくあいつは『扉』を開く『鍵』を探しているし、『扉』の消滅を恐れているんだろう。でなきゃ、とっくにあんたの命を奪ってる」
その推理は現状からして有利なのか不利なのか?
『鍵』が無く『扉』が開かないのならこちらにとって有利だがルシファーを撃退しない限り全員の命の保証がない。
ともかくこの戦いを終わらせる決定打が無い。
「あいつのあの体もいつまでも維持出来ないはずだが底が知れねぇ。ただ、言いたかないが、それまでこっちがどれだけ持つか、だ」
せめて朝日が昇るまでとかタイムリミットがあれば…。そう言えば、この結界の中は時間の進みが遅いように感じる。
幻覚か?月の位置が止まったまま?!奴の魔力の成せる技か?
その時雷撃にも似た一撃が筋斗雲をかすめ若干態勢を崩すとそれを埋めるかのように矢継ぎ早に攻撃が押し寄せる。
魔法の鞘で防ぐが、、、何だ急に体が重くなった?
そうか…血をひく少年の魔法が飛躍的に運動神経を高めていたからあんな猛スピードで空を飛んでいても耐えていたんだ。
しまった!目も体も攻撃に追いつけない!
それでも孫悟空のテクニックで…かわせない!
雷撃が筋斗雲に直撃する。
「わりい、しくじった…あんたもヤバそうだな。降りるぞ」
孫悟空は低空飛行すると即座に髪の毛をごそっと抜いて二人分の無数の分身を作り出した!
うわっ、自分の分身が右往左往し逃げ回っている。一応孫悟空の分身が護衛についてる。
その中に紛れ孫悟空が近くにいたアーサー王に声をかけた。
「任せろ」
アーサー王が剣でルシファーの多種多様の攻撃を斬り裂きながら返事をする。
孫悟空は三人を守るク魔人の元へ走る。
「姑息な手を」
ルシファーは憐れむような割りに強烈なオーラを放出すると、分身は瞬時に全て消えてしまった。
自然と視線?がこちらになるが、赤魔◯師たちが意識をそらそうと攻撃を仕掛ける。
だがルシファーは一切無視し魔力を放つ。
アーサー王が立ちはだかり剣で受け返す。
「取り敢えず少年の所まで逃げろ!彼の魔法を!」
そうか!魔法か!おそらくみんなに掛けていたんだろう。今一度掛けてもらえば、粘ってこの戦いを終わらせられそうな気がする。
至近距離にいる少年も小さく頷き、攻撃を見定めながら近づいて来ている。
アーサー王に守られながらも走るが、突如地面が隆起し、足を取られ態勢が崩れ大きく突っ伏し手から魔法の鞘を飛ばしてしまった。
その瞬間体が宙に浮き上がったかと思うとルシファーの元へ物凄い勢いで吸い寄せられる。
孫悟空が筋斗雲を飛ばすが、魔法陣の周りを淡い光の障壁が瞬時に出現し邪魔をする。
歓喜に満ちた不気味な笑い声が響き渡る。
体が…仰向けに宙に浮いたままルシファーのオーラを至近距離で見ながら動く事が出来ない。
魔法陣の外でアーサー王たちが魔法陣を打ち破ろうと攻撃しているのを何とか目で見る事が出来る。ルシファーの意識はこちらに向き外に一切興味を示さない。
不思議な光が体を包む。どうやら体を調べているようだ。
終わったのかふっと光が消える。
ルシファーが静かに語りかけて来る。
「『大いなる扉』よ。その扉を開く『鍵』…単純に貴様の『命』…。その体にある結界で手間取ったが、それもまた一興」
体の結界?れいひが言ってたようにチャクラの事なのか?
「貴様の結界…我が力でゆっくり潰してやろう」
まな板の上の鯉と言うが、押さえられながらもまだ鯉はジタバタするだろう。
それが全く出来ない。ルシファーのオーラが一瞬また一瞬光る。
ゆっくりとだが確実に五感と何かが失われていくのが分かる。
魂も体も自分なのか何なのかが分からない。
何かは見える。
何かは聞こえる。
何かは感じる。
でも、それが何なのかが分からない。
空耳なのか?みんなの声が聞こえる?
れいひ、お嬢さん、赤魔◯師、血をひく少年、漁師、アーサー王、孫悟空、ク魔人…。ダークリ◯クの声はさすがに聞こえないか。
魔法陣でルシファーを召喚してしまった為にこの地上、いや地球を悪魔の支配する世界にしてしまう。
そうなるとやはり神と悪魔の戦いが始まるのだろうか?
あぁ、本当に悪魔を召喚するゲームのエンディングみたいじゃないか。
「『大いなる扉』よ。その体を消滅させ扉を開けぃ!!」
走馬灯のように生まれてからの記憶が物凄い勢いだか鮮明に流れて行く。
そして…膨大な記憶が現実のこの瞬間に辿り着いた時、ルシファーのオーラが巨大な黒く禍々しい手を形作ると扉が眠る体を包み込み……。
完全にブラックアウトした。




