大きな桜の木の下で
僕の前に見える背中。
僕の好きな人はいつも僕の数歩先を歩いている。止まらずに歩いてくれてればいいのに。
彼女は時々立ち止まってこちらを向く。そして何回見ても惚れ惚れする笑顔で言うんだ。
「ねえ、潤弥君、気になる人ができたの。相談していい?」
だから僕も満面の笑みでこう返すんだ。
「今度は誰ですか? 空先輩。」
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空先輩に出会ったのは僕が中学1年生の時だった。部活動の見学をしていたがなかなか決まらず、気分を変えようと裏庭へ向かった。ふわりと全身に響くような甘くて、でもどこかさびしくも懐かしくなるような桜の香り。ヒラヒラ花びらが舞い落ちる桜の木の下にその人はいた。膝を抱えてピンクの花吹雪達を静かに見上げていた。肩くらいまでのフワフワした柔らかそうな黒髪に無邪気に開かれた大きな瞳。その瞳が花びらを追っている。
なんてことのないその一場面に僕の目は釘付けになった。今でも鮮明に思い出せるほどに、その光景を脳裏に焼き付けるように、目が離せなかった。ふいにその人が僕の方を見た。
「新入生?」
その一言が僕にかけられているとわかるまで少しの沈黙があった。
「あ、はい。」
「そっか~。入学おめでとう。これから頑張ってね。」
そう言ってその人は立ち上がり校舎の方へ足を進めた。しかし突然足を止めると僕の方を振り返って言った。
「ここの桜すっごくきれいなのよ。特に今日は満開のうえに風がちょっと強いからきれいに散ってくの。こんなにきれいな光景見れるなんて君は運がいいね。」
そうして微笑むとまた体の向きをもどし今度こそ校舎の方へと戻っていった。
どこにでもありそうな出来事だけれど僕はこのとき彼女に一目ぼれをしたんだ。
それから、その人の事を少しずつ調べていった。
名前は 篠原 空。僕より一学年上でО型。性格は天然でお人好し。
空先輩と接点を持つために僕は彼女のいる図書委員と茶道部へ入った。常に空先輩の横にいれるようにした。空先輩も僕に心を開いてくれて、プライベートな話もしてくれるようになった。ただ一つだけ聞きたくなかったのは先輩の恋バナ。好きな人の恋バナ聞くとかどんな罰ゲームよ? って最初は思ってた。でも、先輩の近くにいたくて。どんなことをしてでも、どんな役割でもいいから先輩といたくて。次第に僕はすすんで先輩の恋バナを聞くようになった。自分の気持ちに蓋をして。先輩がいてくれるなら、「後輩以上恋人未満」というポジションを守ろうと思って。
そして2年後の春に先輩は卒業していった。僕は翌年後を追いかけれるように必死で勉強をして空先輩の通う高校に合格することができた。先輩は入学式の日、僕の姿を見て喜んでくれた。そしてまた先輩と同じ茶道部に入って、また中学の時と同じような関係が始まった。自分の気持ちを伝えてしまってフラれてしまったら先輩とこうして一緒にいることはできない。この気持ちを隠し通せば先輩は僕の横にいてくれる。先輩が一番信用してくれてるのは僕だから。
「で? 今度は誰なんですか? 先輩。」
僕の視線の先には空先輩。今僕らは机を挟んで向かい合っている。これは先輩が僕に相談するときの決まったかたちだ。
「隣のクラスのバスケ部の高尾君っていうの! すごくかっこいいんだけど、それを鼻にかけないというか・・・・。優しくて・・・。この間もね・・・」
「ちょっと待ってください。空先輩。」
うっとりしながら、いかにその「高尾」とやらが素敵かを話す空先輩を押しとどめる。
「なあに? 潤弥君。まだ続きがあるんだけど・・・。」
「僕の話を聞いたら、その続きを話す時間が無駄だってわかりますよ。先輩、その高尾っていう人、彼女もちです。相手は女バス。」
「か・・・のじょ?」
さっきとは一転、ポカンと口を開ける空先輩。そんな姿もかわいいって思ってしまうのは惚れた弱みなんだろう。そんなことは顔に出さないように黙って頷き僕は続ける。
「結構有名な話ですよ。っていうか・・・隣のクラスなのにそんな基礎情報も知らなかったんですか・・・。」
「知らないわよ・・・・。うそ・・告白する前に失恋!?」
「いや、告白云々の前に、まだ好きだったわけじゃないでしょう? よかったじゃないで
すか。傷が浅いうちで。」
「つ・・・つめたい・・・もっと他に言う事があるでしょう!?」
「つめたいって・・・。何を言えっていうんですか。で? 結局どうするんですか?」
「ふえ・・・どうするって、どういうこと・・・?」
うじうじ俯いていた空先輩が顔をあげてジッと見てくる。ああ・・・もう・・かわいすぎる!思わず赤面しそうになって僕はそっと視線をそらして、ペットボトルのコーヒーに口をつけた。空先輩のこの表情を見るのは初めてじゃないんだからいい加減慣れたいものだ。
「だから・・・空先輩の気になる高尾先輩には彼女がいますが、そのまま思い続けるんですか? って聞いてるんですよ。このまま脈なしであること覚悟で思い続けるなら喜んでご協力いたしますけど。」
「ううん・・・・。いい。女バスだなんて、一緒にいる時間長そうだし・・・。私なんかじゃ絶対に敵いっこないもん・・・。私みたいに小さくてかわいくなくて、鈍くさい女の子なんて・・・。」
「また、空先輩のネガティブモードが始まった・・・。」
僕はため息をついてから、まだうじうじしている空先輩を見据えて口をひらく。
「先輩・・・そんな自分を責めてどうするんですか。大体、先輩は自分の悪いところばかりを見すぎて良いところに目を向けようとしない。先輩にだっていいところはたくさんあるんですよ。先輩が気付こうとしていないだけで。」
「私の良いところ・・・?」
「はい。例えば、先輩は自分のこと鈍くさいって言いましたけど、僕はその先輩の鈍くささに癒されてますよ? っていうか、鈍くさいんじゃなくて癒し系だと思うんだけどなあ・・・。それに、先輩は誰にでも優しいじゃないですか。頭だっていいし。ほら、いいところあるのに見えてない。もったいないですよ?」
その優しさを勘違いしているバカ男どもだっていっぱいいるんだよ・・・という呟きは心の中にしまっておく。大体小さくて華奢でその上、キラキラした瞳に惚れている男どもが何人いると思ってるんだ! という呟きもついでにしまっておく。
「ありがとう、潤弥君。でも君の方が優しいよ? こうやって卑屈になっちゃう私をいつも慰めようとしてくれるじゃない。」
「別に慰めで言ってるわけじゃ・・・。」
「わかったわかった、ありがとう。」
そう言ってほほ笑む先輩は1つ年上とは思えないくらいあどけなくてかわいかった。
「で? 結局先輩は諦めちゃうんですか?」
「うん。まだ気になるってところだったし。彼女いるなら仕方ないもの。さて、そろそろお昼休み終わるみたいだし教室戻るわね。じゃあ、また部活で」
予鈴を聞いて笑顔で手を振って教室にかえる先輩を見送った後、そっとため息をついた。
「また大好きな空先輩の恋バナ聞いてんの? お人好しだねぇ、潤弥は。」
そう言ってニヤニヤ笑いながら僕の顔を覗き込んでくるいけ好かないイケメン野郎。不本意ながら親友である、足尾 颯太。僕の中学時代からの付き合いだ。それ故当然僕の気持ちも知っているし、空先輩とも仲がいい。颯太は女子の間でファンクラブができるほどのイケメンっぷりだが、実際は只の腹黒男。今もこうして僕のリアクションをみて楽しんでいる。
「別に・・僕がどうしようが颯太に関係ないだろ。それに、いつも空先輩はあんな感じだし。」
「あんな感じって??」
「気になる人ができても結局『気になる人』で終わるんだよ。まあ、大体相手に彼女がいただの、強力なライバルになりそうな幼馴染がいただの、相手には好きな人がいただので、『好きな人』になった試しがないんだよ。だから、聞いてる時は多少辛いけど、それでも、空先輩は僕のこと信用して話してくれてるんだし・・・。だから別にいいかなって・・・」
「『今までは』だろ?」
言い訳のようにたらたらと語る僕の言葉を遮って颯太が言った。
「今までは気になる程度で済んでたかもしんないけどさ。いつ本気になるかわかんねーんだぞ? お前、先輩と気まずくなるのが怖いからって今のままアホみたいに好きな人の話聞いてばっかで、そのまま誰かに先輩かっさらわれてもしらねーぞ。」
そう言う颯太の顔はさっきのにやけた顔とはうって変わって、真剣だった。わかってるんだ。こいつが本当はすっごく良い奴で、僕のこと心から心配してくれてるんだって。そして、こいつの言ってることはなんら間違いではないんだって。僕が見ないようにしてきた痛いところをつかれただけだ。それでも、まだ大丈夫だって思っていた。いや、そう思い込もうとしてたんだ・・・・。
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「おーい、潤弥。いつもの先輩がお待ちかねだぞー。」
4限目の授業が終わってカバンから弁当箱を漁っていたらクラスメートに声を掛けられた。廊下を見ると空先輩。お昼休みに僕の教室に来るときは大体僕に相談したいことがあるときだ。
「今日はどうしました、空先輩。」
廊下に出て僕がそう尋ねると空先輩はなぜか少し目をそらした。
「あ・・・潤弥君。あのね、颯太君いるかな?」
「颯太ですか?」
てっきり僕に用があるんだと思っていた僕は少し拍子抜けた。
「うん。いるかな?」
「あ、ちょっと呼んできますね。」
颯太を呼ぶなんて珍しいな・・・と思いながら颯太に声を掛ける。
「え・・・? 俺?」
颯太も心当たりがないようで、首をかしげながら空先輩の方へ向かった。
颯太に用があるなら僕は聞かないほうがいいのかな・・・そう考えて、自分の席で弁当を広げる。それにしても・・・かわいらしい空先輩とイケメンな颯太は並んでいると良く似合う。あれを美男美女っていうんだろうな・・・。そんなことを考えていたら2人を見ていられなくて目をそらしてしまった。
ほどなくして、笑顔で颯太が戻ってきた。
「空先輩、何だって?」
「うん? あ~いや、別に世間話。」
問いかけた僕を見て笑顔でそう答える颯太。・・・・胡散臭い。颯太がこんな胡散臭い顔をするときは大体嘘をついている時だ。
「嘘つけ。お前のその胡散臭い笑顔が嘘ついてるって物語ってるぞ。」
「あ~お前に嘘はつけないわけか。まあ、でも悪いけど言えねえな。空先輩から口止めされてるし。」
「空先輩から・・・?」
思いがけない一言に打ちのめされる。空先輩が僕に隠し事・・・。で、颯太には話せるだって?
「おい、大丈夫か?」
颯太の声にハッと我にかえる。
「あ、ごめん、ボーっとしてただけだから。さて、次の授業の支度。」
気にすることない。そう無理矢理思い込んだ僕はさぞかし不自然な行動だっただろう。そんな僕を颯太は静かに見つめていた。
「潤弥君? 今日元気ないね。どうしたの?」
空先輩が僕の顔を覗き込んで問いかけてくる。
「あ、いや。何でもないですよ。すみません」
「そう? 具合悪くないならいいんだけどさ。」
そう言ってふんわりと微笑む先輩。あれから、先輩は度々颯太のところへ来ていた。10分ほど話してから教室へ戻っていく。いつも笑顔で。僕無しで。そのことが僕の心を締め付けていた。
「あの・・・先輩・・・。」
「ん?」
「最近颯太と何話してるんですか?」
結局たまらなくなって先輩に問いかけてしまった。
「うん? 別にちょっと相談してただけだよ?」
「何をですか?」
「好きな人の話―。」
「す・・きなひと?」
「うん。そう。」
そう言うとこの話は終わりだとでもいうように視線を僕からそらす。
先輩に好きな人・・・・?今まで気になって終わりだったのに?
「先輩、本当にその人のこと好きなんですか? 気になるとかじゃなくて?」
「うん。今までの人とは違うの。本当に好きになっちゃたみたい。」
先輩はほんのりと頬を赤くしながら嬉しそうに、照れくさそうに微笑む先輩。それは今まで見た先輩の笑顔の中で一番かわいくて。先輩にそんな表情をさせることができる相手を憎く思った。
「・・・好きな人・・どんな人なんですか?」
「ん~優しくて、ちゃんと私のこと見ててくれて。いつも私のそばにいてくれて。」
なんだよ・・・それ・・・。いつもそばにいた?僕の知らないところで? そばにいたなら僕だって同じなはずなのに・・・?誰よりも空先輩と一緒にいたのに? 僕じゃない別の奴を先輩は好きになった・・・・。
「でも、ちょっと頼りないところもあって。なんだか放っておけなくて。」
「それで、颯太に相談を・・・?」
「うん。颯太君話しやすくて。」
どうして・・・・。どうして僕じゃない・・・?頭の中が真っ白になった。好きになってもらえなかったのが僕じゃなかったこともショックだ。でも、それより苦しいのは、先輩が本気の(・)恋愛の相談相手に僕じゃなくて颯太を選んだことだ。どうして? 今までずっと僕が聞いてきたのに? 気持ちを押し殺して、聞いてたのに。先輩の隣にいたかったから。
「なんだか、途中で照れくさくなっちゃたけどね~」
先輩の相談役さえもできなくなって。せめてここだけはって思っていたポジションさえもかっさらわれて。もう隣にいることすら拒否されているようで。
「って・・・潤弥君? 聞いてる? 自分から聞いてきたくせに~」
もう・・・限界だよ。先輩・・。このまま幸せそうな先輩の横にいることも、先輩がこれから誰かのものになって幸せになるところを見ているのも。・・・気持ち隠したまま一緒にいることも。ただの後輩でいることも・・。
「潤弥君・・・ほんとにどうし・・・」
先輩の言葉が途切れた。そんなに僕は険しい表情なのかな。でも、もうそんなことかまってられなかった。先輩が逃がさないとでもいうようにしっかり先輩の肩をつかむ。
「・・・・んで・・・何でですか」
「え・・・?」
やっと絞り出せた僕の声は自分でも驚くほど低くて小さくて。先輩はいぶかしげな表情をする。
「どうして、僕じゃないんですか? どうして颯太なんですか? どうして今までのどうでもいいやつ程度の相談ばっかで、本当に好きになった人の話してくれないんですか?どうして・・・・どうして・・・」
「潤弥君・・・?」
「どうして、他の奴、好きになっちゃったんですか? 僕は・・・ずっと空先輩のこと好きだったのに。」
「え・・・・?」
先輩の大きな瞳がさらに大きく開かれた。
「中学のころからずっと好きでしたよ。入学式に先輩を見た時から。同じ委員会に入ったのも同じ部活に入ったのも偶然だとでも思いましたか? 先輩のこと追いかけて入ったにきまってるじゃないですか・・・。でも、先輩は僕のこと後輩としか思ってないことくらいわかってたから。だからこのままでいようとしたのに。なのに、僕のこと嘲笑うかのように、恋バナしてくるし。でも、聞き役でもいいから先輩のそばにいたいって思ったのにそれすらもさせてくれないし。もう無理です。このまま先輩の横にいることなんかできるわけないじゃないですか」
「えっと・・・・。」
一気にまくしたてた僕に対して先輩は困った表情をしながら言葉を必死に探していた。そんな先輩を見て我に返った。やっぱり・・・こんなこと言ったら困らせるだけだったじゃないか・・・。
「すみません、先輩。僕今日は帰りますね。」
「っ・・・・でも!」
「すみません。でも、ちょっと1人になりたいんで。」
慌てる空先輩を尻目に僕はカバンをひっつかんで部室から駆け出した。
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「・・・・・バカみたいだな。」
あれから。学校を飛び出して家に帰った僕は自分の部屋のベッドにダイブした。ダイブしたら布団が思いのほか冷たかった。ダイブしたまま固まっていたら少し冷静になって呟いてしまった。本当にバカだと思う。側にいたいから、だからこのままでいいって勝手に理由つけて。誤魔化して。本当はただ怖いだけで、臆病なだけなのに。勝手に先輩にキレるように告白して。気まずくて先輩の前から逃げた。なんてバカな人間だろう。
「これからどうしたもんかな・・・・。」
ピンポーン
ふいにインターホンが鳴った。母さんが鍵持たずに買い物にでも行ったかな・・・。そんなのんきなことを考えながら玄関の扉を開けた。そして絶句した。そこに立っていたのは・・
「そ・・・らせんぱい」
今一番顔を見たくなかった空先輩だった。
「・・・どうしたんですか?」
「私ね、さっき言いたいことがあったの。」
遠慮がちに。でも、しっかりと僕の事を見つめながら言った。
「・・・なんですか?」
「さっきの潤弥君の告白なんだけどね・・・。」
ああ、これはあれか。『好きな人がいるからごめん』って言われてメッタメッタにされるフラグか。無理なものは無理って伝えに来たわけか。
「ああ、先輩。先輩に好きな人がいるのはわかりきってたことなんで、大丈夫ですよ。さっきのことは忘れてください。ってかむしろ無かったことにしてください。困らせてすみません。」
「・・・・きゃだめ?」
「え?」
先輩が絞り出すように肩を震わせながらゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「忘れなくちゃだめ? 無かったことにしないといけない? 私嬉しかったのに・・・。」
「え・・・いや・・だって、先輩好きな人が・・・」
「だから! 私の好きな人は! 潤弥君なの!」
「・・・・は?」
突然の先輩の言葉にこんなアホみたいな声しかだせなかった。先輩が僕を好き・・?何これ? 夢? あ、あれか、ベッドにダイブしたまま寝ちゃって夢の世界Go★的な感じか!
「ねえ、何でそんな黙ってるの? 私潤弥君が好きなんだけど・・? 潤弥君本人に相談なんかできるわけないから颯太君に相談してたんだけど・・・。」
「えっ・・・ええ!?」
もう驚愕としか言いようがない。あいた口がふさがらない状況の僕を見ながら先輩はゆっくり話しだす。
「いつもいろんな人がかっこよく見えて、良いなって思ってもどこか違うっていう違和感が自分の中でもあって。きっとこれは『好き』じゃないんだなって思った。でもね、潤弥君は違ったの。いつもそばにいてくれて、それが当たり前だって錯覚しちゃうほど。もし、潤弥君がいなくなったらって考えたら頭真っ白になっちゃうし。潤弥君はいつも私のこと見てくれたよね?コンプレックスの塊でぐちぐち言ってた私を励ましてくれて。潤弥君が私にもいいところがあるって教えてくれたから、私は自分自身がすこしずつだけど好きになれたんだよ。潤弥君のおかげで前向きになれたの。そんな素敵な人がいつも近くにいてくれてるのに、惚れるなっていう方が無理でしょう?」
そこで一回言葉を切ると、ふうっと息を吐く先輩。そして再び口を開く。先輩の大きな瞳には今、僕しか映っていない。
「ずっと気づかなくてごめんね。潤弥君が好きです。」
そう言って僕をじっと見つめてくれる先輩。小さくてかわいい先輩。視界が歪んで先輩がもう見えなくて。
「潤弥君?」
「先輩。さっきの半ば流れで言っちゃったのカウントしないでください。ちゃんと言わせてください。僕、ずっとずっと先輩が好きでした。こんな僕でよかったら付き合ってください。」
「・・・はい。」
そう一言こたえてくれた先輩を僕は力いっぱい抱きしめた。
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「やっとくっついってくれたか・・・。」
翌日、颯太に空先輩のことを報告するとため息とともにこう返された。
「空先輩も鈍いと思ってたけどさ・・・・。お前もそうとう鈍かったぞ・・。」
「うるせえな・・・。気づけなかったものは仕方ないだろ。」
「まあ・・・結果オーライだからいっか。よかったな。」
自分のことのように嬉しそうに笑ってくれる颯太。
「颯太・・・」
「ん?」
「ありがと・・・な」
僕の言葉に、信じられないものを見るような目でこっちを見てくる颯太。
「おまえ・・・おまえが俺にお礼言うなんて・・・どういう風の吹きまわしだ?」
「・・・悪いか・・・。」
「いや・・別に。嬉しいけどさ・・・。ってか、お前の空先輩がずっと、さっきからお待ちかねだぞ。」
颯太に釣られて廊下を見るとカバンを両手で持ちながら教室を覗き込もうとしている空先輩。
「あ、ホントだ。じゃあ、また明日な。」
「おう」
颯太に別れを告げて廊下に出ると僕を見つけた空先輩は満面の笑みを浮かべてくれた。今日もかわいい。
「おまたせしました、空先輩。ふえ?」
思わず間抜けな声をあげてしまった。仕方ないと思う。空先輩が急に僕の頬をつねってきたんだもの。
「な・・・なんでひゅか、しょらしぇんぱい」
「何で付き合い始めたのに敬語なの! あと、先輩って呼ぶのもやめて!」
「ふひゃい・・・。ごめんなひゃ・・」
「また敬語!」
「ごめん、空。」
やっとのことでそう言うと、先輩は頬にかけていた力を弱めて嬉しそうに首をちょこんとかしげた。
「ふふ・・いいひびきー。さ、いこっか。」
「へ・・?どこにですか・・じゃなくて、どこに?」
「んー。決めてなーい。でも、放課後デートしたい~嫌?」
・・そんなかわいい顔で言われたら、予定があったとしても断れないんだけどな・・。
「嫌なわけないでしょう。じゃ、行きましょうか。」
「あーまた敬語!」
「勘弁してください。すぐに直るわけないでしょう。あ、直るわけないじゃん」
「それもそうか・・・。ま、いっか。さっ、行くよ。」
先輩が・・・いや、空が僕の手を引いていく。ずっとつかむことができないと思っていた手。ずっと届かないと思っていた大好きな人。その人が今僕の隣で微笑んでくれている。
きっと、今僕は世界一の幸せ者なんだな・・・。そんなことを考えながら先輩の後を追った。
春でもないはずなのに、先輩と出会ったときと同じ桜の香りがふいに鼻先をかすめた気がした。
End
小説のタイトルが某童謡と似ているような気もしますがそのへんはあまり気にしないでください(笑)
読んでくださったみなさま、ありがとうございました<(_ _)>