6 神聖なる儀式
その日は朝日が優しく庭を照らしていて祈りを捧げるにはぴったりの日だった。
私以外は誰も目を覚ましていない家を足音を立てないようにそっと抜け出し、森へと跳ねるように爪先を立てて走る。
いくつもの木を避け、小さな森の住人たちに挨拶をする。
コテングタケモドキにフクロツルタケ、タマゴタケモドキにタマシロオニタケ。
一番のお気に入りはベニテングタケ。とってもとっても可愛い『お友達』。
そうそう、とっても可愛いお友達だけど間違っても親愛のキスをするために顔を近づけたり、友情を確かめるための握手をしてはいけない。
なぜならお友達はとっても獰猛な毒を持っているんですもの。
だから今日は軽く手を振るだけに留めておいて、紅や黄に染まった葉っぱや実を踏み、川へと向かうことにする。
川は、昨日不浄なものが渡ったにも関わらず『神聖なる川』のままで私をほっとさせた。
『ふふ、ふふふふ!いつもの川!いつもの森!いつものワンピース!いつも通り!すべてがいつもと同じ!!なんてすばらしいの!』
いつも通りの日常であることにざわついた心が落ち着きを取り戻す。
「うふふ、」
私はくるくるとスカートを翻して回った。ふわりふわりと浮かぶスカートはベニテングタケのようでとっても可愛い。
素敵な素敵な『いつもの日常』。笑いが止まらない。
ああ、喜びのあまり忘れるところだったけれど、私はこの神聖なる川に祈りを捧げなければならなかった。いくら川が『神聖なる川』のままであったとしても、許されざる者をこの川に近づけさせてしまったということを私は謝罪しなければならなかった。そして、許されるのであればこれからも私が来ることを陳謝しなければならない。
それはとてもとても神聖なる儀式でなくてはならない。この川にふさわしい神聖な言葉と神聖な所作でなければ。でなければ怒りをかってしまう。川の怒りを。
私は川に向かって一つ礼をする。ワンピースを持ち、腰の高さまで膝を折る。
「素晴らしきこのよき日に、変わらぬ美しき姿を拝見できますことを、何よりも喜びと感じます」
顔を上げ、膝を伸ばす。ワンピースを摘まんだ手はそのままに一つ石を渡る。そしてまた膝を折って礼をする。ワンピースが川に入らないように気を付けながら、それでも優雅に滑らかに。
「寛大なる御心と尊大なる御姿に敬意を」
川を見つめたまま次の石へと移る。重さを感じないかのように軽やかに。
「不浄なる者の姿を御見せしたことに謝罪を」
また一つ石を渡る。落つる葉のように音を立てずに。
「穢れなき水底と聖なる水面に変わらぬ忠義を」
最後の石に足を乗せる。水のせせらぎのように清らかに。
「不可侵の誓いと永久の守護を」
さやさやと流れる水の上を跳ねて地に足をつける。
胸元で両手を組み、『神聖なる川』に『神聖なる祈り』を捧げる。
これで、これで大丈夫。
川は許してくれるはず。
ああ、お許し下さい。
私がここにいることを。