表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不変の部屋  作者: 瑞雨
50/50

50 いつもと同じ


緑あふれる森を小さな少女がかけぬける。

橙色のワンピースは足元をすっかり覆い、少女が跳ねるように足を動かすたびにふんわりと舞い上がる。


「待ってよ、メリー姉さん」

「ふふ、ほら早く来なさいな、チロ」

「こらこら、二人とも走ったら危ないよ」

「はーい、お父さん」



幼い姉弟を目にして男性は優しくその目を細めた。

幼い2人の子供と、一人の男性が歩みを進めた先には、変わることを知らない清らかに澄んでいる川がさやさやと水を流している。




「これが『神聖なる川』?」



小さな女の子が川を覗き込んで男性に訪ねた。



「そう、お父さんの姉さんが愛していた『神聖なる川』だよ」



男は優しい笑みを携えたまま、小さな女の子が落ちてしまわないようにそっとその体を抱き寄せる。



「お父さんの姉さんってリオおばさんのこと?」

「違うよ、もう一人の姉さん。お前と同じ名前の姉さん」

「メリー?」

「そう、メリー」



小さな男の子が「僕も」と男の腕に擦り寄る。

小さな子供を両側に抱える男は幸せそうな顔で川を見つめた。



「メリーおばさんは今どこにいるの?リオおばさんのお家?僕、会える?」

「お前たちが会いたいと思えば、いつでも姉さんはお前たちの心の中に来てくれるよ」

「ほんと?私メリーおばさんに会いたい!」

「僕も!」



きゃらきゃらと笑い声を挙げる小さな子供に男はかつての自分と姉を重ねる。


4つの石を飛びながら渡ったこと、歌を歌う姉のそばで花冠をつくったこと、川へお祈りをしたこと。そのどれもがとても温かく幸せな思い出。



「メリーおばさんに会いたい子はちゃんと川にお祈りしないといけないよ。メリーおばさんは神聖なる川にきちいんとお祈りする子が好きなんだ」

「お祈りする!」

「僕も!」


小さな掌を合わせて、一生懸命お祈りする姿はまるでかつての自分のようで、リックはその微笑ましい姿に笑みをこぼした。



「どうかメリーおばさんに会えますよーに!」

「リンゴがいっぱい入ったケーキが食べられますよーに!」

「こらチロ!そんなのお祈りじゃないんだから!ちゃんとお祈りしなさいよ!」

「だってぼく、ケーキが食べたいんだ」



祈りとは名ばかりで、自分の食べたいものをお願いする弟の姿に姉はぷんぷんと怒る。まだ幼いながらも立派に姉の姿を見せる自分の子供に男はこの上ない喜びを感じた。



「んもぉー!お父さんも叱ってよー!」



弟を叱るばかりか自分たちを見て笑う父の姿に小さな姉は口をとがらせて抗議する。



「ははは!」



弟を叱る姿、父に抗議する姿、弟を守ろうとする姿はまるでかつての姉のようで。

姉に怒られてもケロリとしている姿、川にケーキを要求する姿、姉をそっと窺う姿はまるでかつての自分のようで。



いつまでも笑っている父の姿に小さな姉は怒りながらも、何時の間にか自分も声をあげて笑ってしまう。そして小さな弟もそんな二人と一緒にけらけらと笑い声をあげる。



「さぁ、行こう。リオおばさんがお待ちかねだ」



両手に小さな掌を包み込み、川を後にする。

途中、森の小さなお友達にあいさつをしながら、ゆっくりと噛みしめるように森を抜け、懐かしい小さな建物の扉を開いた。



「ただいま」

「お帰りなさい」



まるでいつもそうしているかのように、リオはリックを迎えた。ぎゅっと抱きしめたリオの体は以前より小さく、細くなっていたが、それでも相変わらずその美しさは健在だった。

例えワンピースが古びていようとも、肌がくすみ、目じりに皺ができていようとも、リックにとってはいつまでも美しい姉の姿だった。



「こんにちは、リオおばさん」

「ケーキある?」

「こらチロ!」



父の後ろからひょっこりと顔を出した小さな姉はしっかりとリオにあいさつをし、視界に入れるなりケーキを要求する弟はその顔いっぱいに笑みを浮かべている。そして姉風ふかせて弟を叱る姿に、リオはかつてのメリーとチロ



―――いや、ペチカとリックの姿に重ねた。




「ふふ、メリーはちゃんとあいさつできてえらいわね。チロ、ケーキはこれから一緒に作りましょう」



リオの手に引かれ、小さな子どもは少し古びたけれど、18年前から変わらない温かい家に入った。






『ふふ、メリーとチロはいつまでも一緒』






リックはふわりと自分の周りが温かくなるのを感じた。



愛しい姉が、笑みを浮かべ、自分を「お帰り」と言いながら優しく抱き締める。

暖かいお日様とほのかな水の匂いをさせながら息が止まりそうになるくらい抱き締めて、頬にキスをしてくれた、そんな気がした。




「姉さん、そこにいるんだね」




ふふ、と笑う声が胸に響く。



「約束、ちゃーんと守ってるでしょ?メリーとチロはいつでも一緒」



リックはまるでメリーがそこにいるかのように優しく笑みを浮かべた。





「お父さん!ケーキつくるよ!!」

「はいはい」




小さなチロに手を引かれ、リックはそこを後にした。


踊りながら森をかけぬけるメリーの姿を目にしながら。





『ふふ、ふふふふ!いつもの川!いつもの森!いつものワンピース!いつも通り!すべてがいつもと同じ!!なんてすばらしいの!』




いつもの川、いつもの森、いつものワンピース、いつもの部屋、いつもの姉、いつもの自分、



そしていつものメリーとチロ。




すべてがいつもと同じ、すばらしい日常。






『    わたしのかわいい()(リー)ちゃん

    小さな小さな子羊ちゃん

    美味しいスープになっちゃった

     かわいそうな子羊ちゃん

    胃袋の中でおねんねよ      』





そして今日もメリーは川へと足を運ぶ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ