48 リックとメリーとリオ
リックには完全にメリーの姿が見えなくなった。
零れる涙はとどまることを知らない。
こんなに悲しい思いをするのなら帰ってこなければよかった。
命日だからといって帰ってこなければよかった。
本当はリックだってメリーが死んだことなど認めたくなかった。
9年たって、ようやくメリーの死から立ち直ることができて、今までは近づくことも避けていた家に久しぶりに足を運んだ。
リオ姉さんはいつもそうしてたかのようにリックを迎えてくれた。
そしてその日の夜は、メリーと食べた最後の食事が食卓に並んだ。リックはメリーの死を受け入れ、その食事をメリーの分まで味わうかのように食べた。
けれど、メリーはリックの前に現れた。
嘘かと思った。
幻かと。
でもそれは間違いなくメリーだった。
メリーと過ごした日々はとても楽しく、そして辛かった。
メリーは自分が死んでいるだなんて夢にも思っていなかったし、リオがメリーを無視し続ける理由をメリーはリオが自分を憎んでいるからだと思い込んでいた。そして何より辛いのはメリーがリックのことを分からなかったことだった。
チロと呼んで可愛がってくれたメリーが小さくなくなったチロを見ても、それがチロだとは分からなかった。
リックはそれでもよかった。
例えメリーが死んでいたとしても、ずっとこの時間を過ごすことができるのならばそれでもいいと思っていた。
けれどメリーは自分がチロだと分かったし、自分が死んでいることにも気付いた。
そして、穏やかに流れた時間は終わりを告げた。
悲しい別れをリックは2度も経験した。
別れを経験するなら会わなければよかったと、そう思ったが、メリーが死んでしまった日、メリーに別れを告げることができなかったことを考えれば、こうしてメリーと笑顔で別れを迎えることができたのは良かったのかもしれないと思った。
残念なのは、リオが最後までメリーを見ることができなかったことだけ。
リックが涙を拭いて、階段を下りると、リオはリックが帰ってきたときと同じ格好で、床に座り込んだまま虚ろな瞳でぼんやりとしていた。
けれど階段を下りてきたリックを見て、その顔に微笑みを浮かべると、いつものように優しくリックに話しかけた。
「あら、リック。帰ってきてたのね。私気がつかったわ」
リオは、リックがメリーがいると叫んだことを忘れているようだった。
「あら、いつの間にか日が暮れてるわ。私寝てたのかしら、ふふふ」
窓の外はすっかり日が暮れて、大きな満月が顔を出そうとしていた。
「すぐに夕飯の支度をするわ」
リオは全てを忘れるかのように、記憶に蓋をしていた。嫌なことすべてに封をして、『いつものように』振舞うリオ。
だけど、
これでいい。
これがメリーの望んだこと。
そしてリオの望んだこと。
「姉さん、今日の夕飯は何?」
「ふふ、今日はご馳走よ。だってあなた、明日には街へ帰ってしまうんですもの」
「・・・あぁ、そうだったね」
「あら、自分で自分のことを忘れていたの?ふふ、可笑しな子。ほら座って。すぐに作るから」
「手伝うよ」
「あら珍しい。じゃぁ、これをかき混ぜて」
「うん」
こうして、またいつもの日々が過ぎていく。