47 お別れ
メリーは悲しみだけですべてが終わらないように、必死で笑みをつくり、俯くリックを覗き込む。
「そういえばリック、最後に聞いてもいい?」
「最後なんて、言わないで」
まるで幼子のようにぐすぐすと泣きながら怒るリックに、メリーは胸にぽっと灯りがついたかのような優しい気持ちになった。
「どうして私が死んでいるって気づいたの?だって話もできたし、私どうしてだかカンパニュラを持つことができたでしょう?私の身目が変わっていなくとも、もしかしたら私があの火事で生き残っていたかもしれないって考えなかったの?」
メリーが疑問に思っていたのは、いつからリックがメリーが死んでいることに気がついたのかだった。例えば生き残っていたのかもしれない。例えばメリーに似ているけれど全くの別人だったかもしれない。
どうしてリックはそれがメリーで、そして死んでいるということを確信したのだろう。
「・・・初めて、姉さんを見たときは息がつまりそうだった。思わず姉さんって呼びそうになったけれど、姉さんが18歳の姿のまま変わっていなかったから、違う人だと思ったんだ。けれど話せば話すほど姉さんは姉さんで、でも僕が家に帰っても姉さんがいる気配はしなかったし、リオ姉さんもペティ姉さんの話はしなかった。
チロの話がでたとき、姉さんはとても嬉しそうにチロの話をしたけれど僕がチロだとはまったく気づかなかった。それは僕が成長したからだと思ったけれど、僕がリックだって名乗ったときも姉さんには分からないみたいだった。その時姉さんはメリーと名乗っていたから、間違いなく姉さんはペティ姉さんだと確信はしていたんだ。姉さんは死んだはずなのに、目の前には確かに姉さんがいて、僕はわけが分からなかった」
「いつ私が死んでるって確信したの?」
「僕はいつも昼を過ぎてから川へと行っていたけれど、一度だけ朝に行ったときがあっただろう?その時に姉さんが川で石の上を渡っている姿を見たんだ。姉さんは川にはほんの少しも触れてはいけない、っていつもワンピースを持ち上げて渡っていた。僕はそれを思い出して、楽しげに石の上を跳ねる姉さんを見ていたんだけど、その時初めて姉さんの足がうっすらとしか見えないことに気がついたんだ。すっごく驚いた。まったく足がないってわけではないんだ。ただうっすらとしか見えていなくて、姉さんの足を通して向こう側が見えていた。それで目の前にいる姉さんは幽霊だって気づいたんだ」
メリーは、あらまぁ、と楽しそうに声をもらした。
「ふふ、幽霊に足がないって本当なのね。完全に足がないってわけではなかったみたいだけど。そっか、だから私は自分で自分の足を見ることができたのね。石の上を渡るときに靴が見えるでしょう?私、完全に足がなかったわけではなかったから自分の足は見えたのよ。足があるんだもの、まさか自分が幽霊だなんて思わないわよね、ふふふ」
自分は泣きながら悲しみに揺れているのに、メリーがちっともそうではないことにリックはいささか腹立たしさを感じたが、メリーの顔が心底楽しげに笑っているものだから、リックはその笑みにつられてつい頬を緩ませてしまう。
「・・・・ぁっ!!姉さん!!」
リックがやっと笑ったと思ったその時には、メリーの姿はもう、随分と薄くなっていた。
「あぁ、もうほんとに時間がきたみたいね。さよならチロ、約束、ちゃんと守ってね。名前、きっとよ」
そう告げてメリーはその小さな体をリックの部屋から消した。