42 リオ姉さんの気持ち
リオが掃除をし続ける理由は、メリーの部屋で行われる残酷な行為の後を清めるため、そしてメリーが死んでからはメリーが死んでしまったことを認めたくないリオが、メリーがまだいるということを自分自身に納得させるため。
「これが、姉さんが私の部屋を掃除し続ける理由よ」
メリーは一気に言葉を紡いだこと、姉の秘密をリックに漏らしたことにどっと疲れを感じた。リックに姉の秘密を漏らしたことに罪悪感はない。むしろそうすべきだと感じた。
リオは自分が見えていないし、死んでしまった自分ではリオを守ることはできない。
リオ自身は気がついていないけれど、リオはあの日から暗い闇の底に心を置いてきてしまっている。表面では明るく振舞っていても、その奥底にある罪の意識がリオの心を支配している。
心の病。
リオの支えになれるのは、もうリックしかいない。
メリーがいなくなってからリオはリックに対してまるで普通の姉弟のように接しているけれど、それはいなくなってしまったメリーの穴を埋めようとするためだった。いつもメリーの傍にいたリックはメリーの影が色濃く残っている。
性別さえ違えど、リックはメリーにそっくりだった。
髪や瞳の色、顔のつくり、話し方、仕草。
すべてがまるでメリーのようだった。
リオはリックにメリーを求めていた。
もちろん、リックとメリーが違うということは理解していたし、リックも大切な弟の一人だということをリオは分かっていたけれど、それでもリオの気づかないところで、リオはリックにメリーを映していた。
「姉さんがあなたをマリアおばさんに預けた理由、わたし今なら分かるわ」
メリーは優しく微笑みながらリックの頬に手を伸ばした。確かにメリーの手はリックの頬に触れているのに、そこにはなんの感触もなかった。冷たくもなく温かくもなく、ただ視覚が、メリーの手を捕えているから、メリーがリックの頬を触っているということを感じていた。
「姉さんはね、私が死んでしまった以上、あなたを自分のそばに置いておくことはできないと思ったの
よ。罪を抱えた姉さんの傍にあなたがいるとあなたまで罪を被ってしまうと、そう思ったのね。
私がいたときは、私が姉さんの分まであなたを愛することができたけれど、私がいなくなってしまうと、姉さんがあなたを愛することができなくなってしまったの。あなたに触ってしまうとあなたが穢れてしまうと感じたから。
それに、私もランドル爺さんもいなくなってしまったけれど、あなたに秘密が漏れてしまうのではないか、という恐怖と闘っていたから、あなたを遠ざけることで、あなたも、自分も守ったのよ。
決して姉さんはあなたを疎んでやいないわ。むしろ愛していたからこそ、あなたを遠ざけたのよ」
リオが自分を本当の意味で嫌ってやいないことをリックは分かっていた。けれど幼心に、リオが自分に必要以上に近づかないことに、悲しまなかったわけではない。理由があったということ、それがリオの抱える秘密にあったことが原因だとは分かっていたものの、小さなリックにはそれをすべて受け止めるだけの余裕がなかった。
だから自分を無条件で愛してくれるメリーをとても慕っていたし、自分の世界のすべてはメリーただ一人だと思っていた。チロというあだ名をつけ、それを呼ぶのはメリーただ一人だけで、メリーをペティと呼ぶのもリックただ一人だった。
けれど、メリーは川にいるときには、ペティではなく、メリーと呼ぶようにリックに言った。メリーは川にいるときの、川へ祈りを捧げるときの神聖な名前。俗世間から切り離した名前が必要だとメリーは思っていたから、川にいるときは自分をペチカでもペティでもなく、メリーと呼ぶようにリックに告げた。
メリーをメリーと呼ぶことができるのは小さなチロであるリックのみで、リックをチロと呼ぶのもメリーただ一人。
そんな二人だけに許された行為が幼かったリックにとってはとても楽しく、誇らしかった。