36 メリーが死んだ日
マリアおばさんのところから、自宅のある森へと足を進めていると、村が騒然としていることに気がついた。どうしたのかと尋ねることもなく、理由はすぐに察しがついた。
森が燃えている。
真っ赤な炎に包まれて森が燃えていた。
何が起こっているのかまったく分からなかった。
ただ大規模な火事をぼんやりと眺めるだけだった。
そっとリオ姉さんの顔を覗うと、姉さんは何の感情も映していない瞳で家のあった森を眺めていた。
リオ姉さんと繋いでいた掌はじんわりと汗ばんで、ただ冷たい姉さんの手を離さないようにするのに必死だった。
「ペチカ・・・」
そう呟いたリオ姉さんの声にはっとして、森で留守番をしているペティ姉さんがどこにいるのか、無事なのか、それを確認したかったけれど、森に入ることはできなかった。村の大人たちが、僕たちを森へ入ることを禁じたから。
僕はペティ姉さんがきっと無事に逃げられて、どこかに身を寄せていると信じていた。
けれど、ペティ姉さんはどこにもいなかった。
村中を探しても、奇跡的に火事の手から逃れていた家にも、川にも、どこにもいなかった。
僕とリオ姉さんは座り込んだまま動かなかった。話すことも食事をすることもなく、ただ茫然と座っていた。
1日たって、夜を迎えるほんの少し前に、村の大人が数人やってきてペティ姉さんが見つかったと教えてくれた。僕はすぐにでも姉さんに会いたかったけれど、大人たちはそれを許してくれなかった。
ペティ姉さんは川の傍で死んでいた。
姿はきれいなままだった。
原因は煙を吸いすぎたことによる中毒死。
顔や手足に少し煤がついていただけで、姉さんは綺麗なままだった。
姉さんが川から離れようとした形跡はなかったらしい。
リオ姉さんにとっては忌々しいことに、この世で一番憎んでいたランドル爺さんと、この世で一番愛していたペティ姉さんの命日が重なってしまった。
マリアおばさんは二人のお葬式を一緒にすべきだとリオ姉さんに発言したけれど、リオ姉さんは頑なにそれを拒んだ。ランドル爺さんとペティ姉さんを一緒に弔うなんてことはしたくない、ペティ姉さんは僕とリオ姉さんの二人で見送ると、そう言った。
マリアおばさんは納得できないと何度も抗議したが、リオ姉さんはマリアおばさんを一瞥しただけで、それ以上は何も言わなかった。けれども、マリアおばさんは、せめて自分もペティ姉さんを見送ることを許してほしいと願い出て、リオ姉さんはそれを許した。
かくして、ランドル爺さんとペティ姉さんの葬儀は別々に行われたんだ。
そして、どういう経緯でそうなったのかは詳しくは分からないけれど、僕はマリアおばさんに引き取られることになった。ランドル爺さんを亡くして淋しくなったマリア叔母さんが前々から僕を引き取りたがっていたということ、まだ若いリオ姉さんとペティ姉さんの二人で僕を育てるのは難しいということ、僕を学校に行かさなければいけないけれどお金がないということ、そんな理由があって僕はマリアおばさんに引き取られることになった。
ランドル爺さんの見舞いに行ってからわずか5日後、ペティ姉さんの葬儀が終わってから3日後、僕はマリアおばさんの元へと引き取られ、学校へと通った。と言っても寄宿舎にいれられたから、マリアおばさんと過ごした時間はほんの少し。休暇のときくらいだったけれど。
これが姉さんが死んだ日。