32 ペティ姉さんとリオ姉さん
急かすようにクスクスと笑いながら走るメリーにつられリックも小走りになる。
2人一緒に着いた家は、毎日帰っていたのにも関わらず久しぶりに帰るかのような感覚だった。
「ただいま」
メリーは開けっ放しの扉から先に入った。
「姉さん、今日はチロと一緒に帰ってきたのよ。姉さんどうしてチロが帰ってきていることを教えてくれなかったの?」
メリーはリオに尋ねるがやはり、リオはメリーの問いには答えない。メリーが帰ってきたことすら気がついていないかもしれない。
「・・・やっぱり答えてくれないのね。ほらね、チロ分かったでしょう?姉さんはまだ怒っているの。私が何を話してもこちらを向いてもくれないのよ」
「・・・っ!!姉さん、どうしてペティ姉さんが呼んでいるのに無視するの?」
リックはメリーがリオに話しかける姿を見て、どうしてリオがメリーの問いかけに答えないのか分かっていたが、それでも目の前で起きていることは、とても悲しく、どうしてという疑問しか頭になかった。
分かっているのに。どうしてリオがメリーを無視するのか分かっているのに、リオに糾弾してしまう自分が腹立たしく、悲しかった。
そんなリックを見てリオは訝しげに眉をひそめた。
「いきなり何を言ってるの、リック。帰ってきてたならただいまくらい言いなさいな」
怪訝な顔でこちらを向いたリオはまるでメリーなどいないかのようにリックと視線を合わせる。
「姉さん、ペティ姉さんが」
「ペチカなんていないわ」
「でも姉さん!ここにいるんだ!」
自分の目の前にいるのに、確かにいるのに、どうして自分には話しかけて、メリーには話しかけないのだ。どうしてリオにはメリーが、ぺティ姉さんがいないなどと言えるのだ。ここにいるのに!!
荒々しく言葉を吐き捨てるリックにリオは顔を怒りで赤くして立ち上がった。
そしてリックに近づき、リックの頬を叩く。
リックは衝撃で歯を食いしばった。きっと頬は赤くなっているだろう。悔しくて涙が出そうになった。
泣きそうなのは何も殴られたことではない。自分よりも力の弱い姉が頬を叩いたところで痛くなどない。悔しいのはメリーが、自分の目の前にいるメリーの表情が見えないことだ。
リオはリックを睨みつけてなおもヒステリックに叫び続ける。
「いい加減にしなさい!ペチカは死んだの!あの日、私達があの子を置いて出掛けた日、あの子は死んだの!」
床に崩れ落ちたリオを悔しげに睨みつけながらリックは言葉を吐きだした。
「どうして、どうしてリオ姉さんには見えないんだ!毎日ペティ姉さんはリオ姉さんを呼んでいるのに、どうして姉さんには聞こえないんだ!どうしてリオ姉さんにはぺティ姉さんが見えないんだ!!ここに!ここにいるのに・・・!!!!」
はっきりと見えているのに、はっきりと聞こえているのに、どうして毎日一緒に過ごしているリオにはメリーの姿が見えないのだろう。どうして声が届かないのだろう。今だって、メリーはリオを呼んでいる。
「姉さん、」
「ほら姉さん、ペティ姉さんが呼んでるよ」
「何も聞こえないわ」
悲しさも怒りも、なにも含んでいない声色で、メリーは何度も「姉さん」と呼ぶけれど、リオには何も聞こえない。ただ、聞こえないだけならば、リオがメリーを無視しているだけだと、リックに説明できたし、「ほらね、やっぱり姉さんは無視するの」と悲しげに笑いながら肩をすくめることだってできた。けれど、無理だ。
だって、リオはリックの頬を殴ったのだ。
リックの目の前にいたメリーをすり抜けて、リックの頬を殴った。
メリーは自分が死んでいるということを、知った。