29 大きなチロと小さなメリー
リックの頭にある『姉さん』はいつもメリーのことだった。
リックにとっての姉さんはメリーで、リックの頭を占める『姉さん』もつい口に出してしまう『姉さん』という言葉もいつもメリーのことだった。だから、家でもう一人の姉であるリオがいるときについ口に出してしまった『姉さん』という言葉はメリーのことだったし、メリーに姉のことを聞かれた時に答えた姉の姿はリオではなくメリーのことだった。
「あなた、随分大きくなったわね」
メリーはいつの間に大きくなったリックの骨ばった、けれどしっかりと筋肉のついた体が心底不思議でならなかった。柔らかな自分とは違い弾力はなく固いけれど、でもとても温かく、優しかった。
「姉さんは小さいままだ」
リックにとってメリーは9年前と変わらない。顔も体も声も、何も変わってはいなかった。自分ばかりが変わってしまっていることに寂しさを覚える。
「私はもう成長しないわ」
「そう、だね」
リックは悲しみに瞳を揺らした。
「どうしてそんな顔をするの。女の子は十七、八で成長が止まるものよ?」
「・・・っ、姉さん、」
「なぁに?」
メリーは気が付いていない。リックがなぜ悲痛な顔をするのかを。メリーが小さいままなのは、決して女の子が17、8で成長が止まるなどと言う理由ではないということをメリーは気が付いていない。けれど、メリーはリックを抱きしめたままなので、リックの表情を見ることができない。
本当の、理由をメリーはまだ気が付いていない。
最大の真実を。
だがリックはそれをメリーに言うことはしない。
まだ、まだいい。リックがチロだと分かったことがすでに大きな衝撃だ。これ以上はまだメリーは気がつかなくてもいい。
リックは真実を隠して、別の話題をメリーにする。決してその動揺を悟られないように。
「どうして、リオ姉さんにはペティ姉さんの、その・・・声が、聞こえないの?」
躊躇いながら尋ねるリックを不審に思うことなくメリーは質問の解を述べるために少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「姉さんは怒っているのよ。私があなたと姉さんと一緒にランドル爺さんのお見舞いに行かなかったから」
メリーはリオがなぜ自分のことを無視するのか、その理由を思い出すかのように目を細めた。