27 本当は
メリーはいつもと変わらず川にいた。
子を守る母のように慈しんだ瞳で、清らかに流れる水を見つめている。座ったまま微動だにせず、愛おしいと言わんばかりの表情で川を見つめる。
リックはその表情を自分に向けてほしいとおもった。その目で自分を見つめてほしい。
まるで消えそうに儚いメリーをじっと見つめた。
あの日、初めてメリーと出あった日、リックがいた場所にメリーが座り、メリーがリックを睨みつけていた木の陰に今度はリックがいる。
あの日から随分と変わった。メリーしか訪れていなかった川は、リックも訪れるようになり、リックを警戒していたメリーはいつしかリックを待つようになり、誰とも話をしていなかったメリーはリックと話すようになった。変わらないのは、メリーのお気に入りのワンピースと神聖なる川、そして自分を無視し続ける姉と姉が掃除し続ける自分の部屋。
メリーはまだ何も気がつかないのだろうか。
どうして何も気がつかないのだろうか。
気づいてほしいのに、今すぐ自分を見てほしいのに、それを知らせるための勇気が、リックにはなかった。
メリーが死んだと思っている『小さなチロ』は本当は死んでなどいないということを叫びたかった。
メリーが小さなチロに会えないのは事実だが、リックは一度だってチロが死んだなどと言ったことがなかった。メリーが勝手に死んだと勘違いしているだけで、本当は死んでなどいなかった。今もちゃんと生きているし、元気で、季節変わりにひく風邪を除けば大きな病気などしたこともなかった。たまに怪我をすることもあるけれど、命にかかわるような大きな怪我をしたこともない。
チロはちゃんと生きているんだ。
けれど、けれどチロが、メリーの望むチロがもう二度とメリーと会うことができないと、リックは知っているから、だからメリーがチロが死んだと思い込んでいるのであれば、それでもいいと思った。だから否定はしなかった。けれど肯定したつもりもなかった。
嘘でもチロが死んだなんて言いたくなかった。