25 苦しくなる思い
「姉さん、ただいま」
メリーはいつものようにあいさつをして、自分に見向きもしない姉を確認して部屋に入った。
シーツは今朝よりもほんのりと膨らんでいる。部屋の隅にあった小さな埃もない。
今日は7日に一度の掃除の日だった。
メリーは窓も床も壁もきれいに拭かれているのに、自分のものは一切動かされていない奇妙な部屋を見て、忌々しげに顔をゆがませた。大好きな部屋だけど、7日に1度のこの日だけは大嫌いだった。
メリーはベッドに思いっきり寝ころび、リックのことを考えた。リックのことを思うといつも胸が苦しくなる。思いだすだけで涙が出そうになるのだ。メリーはこの気持ちが何なのか分からなかった。
リック・・・。どうしてこんなにも胸が痛いのかしら。・・・姉さんが口を聞いてくれたら相談できたのに。
姉さん、
私、胸が苦しいの。
姉さん、
私、胸が痛いの。
姉さん、
どうしてリックのことばかり頭に浮かぶのかしら。
姉さん、
どうしてリックのことが気になるのかしら。
姉さん、
この気持ちはなんなの。
姉さん、
姉さんなら答えを知ってる?
姉さん、
知ってるなら教えて。
姉さん、
リックを愛おしいと思うのはおかしいと思う?
姉さん、
私、わたし、わたし、
姉がメリーを無視さえしなければ、口さえ聞いてくれれば、そう思わずにはいられない。
寂しい、悲しい、辛い。
けれど今更そんなことを考えたところで、姉が口を聞いてくれるわけでもなく、メリーは姉のことを考えるのをやめた。
姉さんのことを考えると悲しい気持ちにしかならないわ。だったら苦しいけれど、楽しくて温かい気持ちにさせてくれるリックのことを考える方がずっとずっと心が楽よね。
メリーはそっと目を閉じてリックの端正な顔を思い浮かべた。するとそうしようと思っていなくとも顔に笑みが広がるのが分かる。そして姉のことを考えた時にぽっかりと穴があいたようになった胸がほわほわと温もってくるのを感じた。
リックは19歳。私の一つ年上で優しくて綺麗な人。私にカンパニュラをくれて、チロのことを知っている。お姉さんがいて、そのお姉さんはとても綺麗な人。お姉さんの年は29歳。私の姉さんはくたびれた格好をしていていつも疲れた顔をしている。私の姉さんの年は21歳。リックは、リックは・・・・・、
メリーは自分の知っているリックについてできる限り思いだしていった。リックはとても素晴らしい青年だからきっとチロも気に入る。チロが生きてさえいれば。
あぁ、チロ。どうして私の傍からいなくなったの。
悲しくて悲しくて涙が出そうになる。
けれど一向に涙は出なかった。
姉が自分を無視することも、チロがいなくなってしまったことも、自分が涙を流せないことも、すべてが悲しくて、メリーは閉じた瞼の裏にリックを浮かべることでその悲しみから逃れようとした。
「リック・・・」
メリーはそっとリックの名前をつぶやいた。何度も何度もその名前を呼び、宙に名前を指で描いた。
「R、Ⅰ、C、K・・・リック」
3度繰り返した時、メリーは何かがパンとはじけたような気がした。
「リック・・・・・リック?」
メリーは自分が何か大切な物を忘れてしまっていることに気がついた。
そしてその大切な物が何だったのか、それに気がついた。
「あぁ、リック・・・!」
神にでも祈るかのような叫びにメリーは己がどんなにリックを欲しているかに気付いた。今すぐにでもリックに会いに行きたかったが、あいにくもう月が顔を出している時間だったし、今川へ行ってもリックには会えないだろう。リックに会うには少なくとも明日の昼まで待たなくてはいけない。
メリーは早る気持ちをなんとか抑え、ベッドに横になった。
眠れない夜が時間をゆっくりとすすめていく。