19 最後の朝
朝起きると、姉はすっかりいつも通りだった。
チロのことなどなかったかのように振舞っている。それを敢えて指摘することはないし、またチロのことを掘りだすつもりもない。少なくとも今は。
「おはよう、姉さん」
「おはよう。今日はずいぶんと早いのね」
いつもより少し早く眼が覚めた。少しいじわる気に言う姉さんに肩をすくめて笑う。
「ちょっとね。それより朝ごはんはできてる?」
「もうすぐできるから座って待ってて」
座る前に井戸で顔を洗う。冷たい水が気持ちいい。東の空に顔を出している太陽は暖かく、チロチロと鳴く鳥の声が可愛らしかった。いつもより爽やかで気持ちの良い朝。
ほんの少し日光浴をして家に入ると朝食の準備はすっかり整っていた。パンと卵、薄いスープだけの簡素な食事を済ませた後、いつもなら部屋に戻るが、今日はそのまま外に出ることにした。
「あら、もう出かけるの?」
「うん、ちょっとね」
「ここに来てから毎日出かけるのね。どこに行っているの?」
なんだか探るように尋ねる姉に苦笑する。
「秘密」
「まぁ、姉さんに秘密にするってことは女の子のところにでも通っているのね」
楽しそうに笑う姉にドキリとしながらも曖昧に笑みを返して、そそくさと家をでる。ふふ、と笑う姉の声が扉の向こうで響いた。
いつもは日がてっぺんを超えてから通っていた川へ今日は朝から出かける。チロの姉である彼女に会いに。彼女に会ったら聞きたいことがたくさんある。
太陽が昇りきらないときに見る森と昼を過ぎてから見る森とはずいぶん印象が違う。いつもは力強く見える森は、今はとても爽やかですべてがキラキラと光って見える。太陽は柔らかく、空気は澄んでいる。
あぁ、とても良い朝だ。
まるであの日のように。
チロと彼女が二度と会うことのできなくなったあの日のような、そんな清々しい、朝。