17 姉さんとわたし
私が家につくと、姉さんは相変わらず豆を選り分けていた。
毎日毎日、豆を選り分けるだけの姉さん。
・・・・・なんてつまらない。
かつては私も姉さんと同じようにキノコや薬草を選り分けていた。
姉さんの隣に座って、森のことや川のことをお喋りしながら姉さんが綺麗な豆とそうでない豆を選り分けている間、私は森で採ったキノコを綺麗なのとそうでないのに分け、薬草を種類別に選り分けていた。
綺麗な豆と綺麗なキノコ、そして薬草は町で売ってお金にする。綺麗でない豆とキノコとほんの少しの薬草は自分たちの分。毎日川へ行く私は姉さんよりもキノコや薬草に詳しい。姉さんは豆を育てて、選り分けるのが上手。だから私たちはそれぞれ役割を決めて、生きるためにそれを行う。それが私たちの日常だった。
単調な毎日だったけれど、姉さんとのお喋りはとても楽しかったし、チロに薬草について教えるのはもっと楽しかった。
けれど姉さんは変わってしまった。
あの日、ランドル爺さんのところに私が行かなかったあの日、ランドル爺さんが死んでしまったあの日から、姉さんは私をいないものとして扱ったし、可愛いチロはいなくなってしまった。
私はその日からキノコも薬草も選り分けるのをやめてしまった。というよりも姉さんがそれを私にさせなかった。
「姉さん」
姉さんは私が呼んでも決して返事をしなかったけれど、私は毎日姉さんに声をかけた。返事をしないと分かっていたけれど、声をかけ続けるのは、姉さんに気づいてほしかったからかもしれない。
私は秘密を決してもらさないし、ランドル爺さんのことはもう話さない。
私を無視し続ける姉さんを憎んではいるけれど、愛してもいるということを、気づいてほしかったのかもしれない。
「姉さん、どうしてチロをこの家から、私から離してしまったの?どうしてチロが死んでしまったことを私に話してくれなかったの?そんなに私が嫌い?そんなに私が憎い?」
私の方を見もしないで豆を選り分け続ける姉さんの首が少し下に傾いた。それは豆を掴むための動作だったけれど、私にはまるで姉さんが私の言葉に頷いたかのように見えた。
「いいえ、違うわ。違うわ、姉さん。あなたは私を恐れているのよ。秘密が漏れることを恐れているだけ」
私の言葉に姉さんは顔をあげた。いや、違う、姉さんは決して私の言葉に反応はしない。ただ、窓の外で沈む夕日を見ただけだ。
「あぁ、そろそろ夕飯の支度をしなくちゃ。あの子が帰って来るわ」
豆の入った皿と袋を片づける姉さん。目の前に立つ私を無視して背をむける。
「姉さん、あの子って誰。チロならもういないって姉さんが一番分かっているでしょう?それとも私?私ならここにいるわ・・・ふふふ、・・・ねえさ、ん・・・、」
姉さんが決して私のことを言っているわけではないと分かっているのに、何かに期待していた自分が悲しかった。もうチロはいないのに、チロが帰ってくると言ったり、私のことなどまるで存在していなかのように振舞う姉さんの言葉が、私の心を冷たく凍らせた。
けれど涙は出なかった。流す涙が私の体からなくなっていたからかもしれない。
夕飯の支度をする姉さんから視線を外し、階段を上る。
すると小さな黒い猫が足元に擦り寄ってきた。身軽な体でメリーと同じように階段をとんとんと登っていく。少し古びた階段は小さく悲鳴をあげる。
「ふふ、クロ、なぐさめてくれるの?でも大丈夫。いつものことだわ」
そう、いつものこと。
「にゃぁ」
愛らしい鳴き声がメリーの耳に届くころにはメリーはすでに自分の部屋にいた。そしてそこはいつも通りだった。
そう、いつも通り姉さんによって綺麗にされていた。
それが更に私の悲しみを助長させた。