16 小さなチロの姉
青年は家路につきながら、思案した。
初めて会ったときは、脅える野兎のような少女が、今では警戒心を減少させた猫のようだった。つかず離れずの関係。特にたいした話はしないが、少女と話す時間はとても楽しく、温かかった。かつて姉と過ごした時間のような優しいぬくもり。他愛無い話だけれど、それが青年の心をいやすには十分だった。
あぁ、だけどそれも今回までだ。
青年は気づいてしまった。
『小さなチロ』があの少女の弟だということに。
いや、少女がチロの姉だということに気が付いた、と言う方が正しいかもしれない。
本当はあの日、初めて会ったときから少女が誰か分かっていた。
小さなチロの姉だということを知っていた。けれど信じたくない気持ちが大きかった。罪悪感に苛まれ、少女がチロの姉だということに気づかないふりをしていた。箱のふたを閉めるかのように。
けれど、少女の口からチロという名を聞いたその瞬間、あっけなくふたは開けられてしまった。少女の手によって。
そして少女は知ってしまった。少女の求めるチロがもういないということに。
気づかない方が幸せだったのかもしれない。
少女にとって小さなチロが胸の中で生き続けているのならば、真実を知らない方が少女にとっては幸せなのかもしれない。もう今までのように少女に振舞うことはできないだろう。
だが、まだすべてを知るには早すぎる。
少女は気が付いていない。
青年がすっかりすべての真実を話していないということを。
「姉さん、ついに見つけたよ」
小さなチロの大切な姉を。
青年は家にいる姉に報告するかのように一人、小さくつぶやいた。