14 いなくなったチロ
「ほんと、チロにどれくらい会っていないかしら」
確かあれは・・・そう、姉さんとチロがランドル爺さんの所に行ってからだ。
あれ以来私はチロを見ていない。姉さんは私が川を除けては、何よりもチロを大切にしていると知っているから、私に仕返しをするつもりでチロをどこかに隠してしまったらしい。きっとそうに違いない。
それが一番私を懲らしめる罰だと分かっているから。
けれど、私は何も悪くないのにこんな罰を受けなければいけないなんて、なんて憎らしい姉さんなのだろう。姉さんの思惑は十分に私に発揮されている。
なぜならチロがいないことで私はこんなにも悲しみを抱えているのだから。
酷い姉さんだわ。
私を無視するだけでは飽き足らないみたい。
「あなたチロを知っているのよね?あの子は元気かしら?まだ小さいから私心配だわ」
「・・・・君の知っているチロはもういないよ」
「・・・どういうこと?」
「君のチロは、十になるチロはもうここにはいないんだ」
どこか悲痛な顔で答える彼に私は首を傾げた。ここにいないのは当たり前だ。なぜなら私自身がチロに会っていないのだから。
「えぇ、そうよ。だってチロは私の家からいなくなってしまったのだもの。ここにはいなわ。きっとランドル爺さんのところだと思うわ。ランドル爺さんは父方の祖父なの。もう死んでしまったけれど」
ランドル爺さんは死んでしまったけれど、まだそこにはランドル爺さんの娘であり、メリーの父の妹であるマリアがいたから、チロはマリアと暮らしているはずだ。でなければ他にどこにも行くところがないはず。
「ちがう、違うんだ。チロは確かにランドル、さんのところにいたけれど、今はもういない。どこにもいない」
叫ぶかのような張りつめた声を発する彼に私はまるでナイフで胸を刺されたかのような気分になった。
最悪の気分。
どこにもいないとはどういうことだろうか。ここにも、マリアのところにもいない?ならばどこにいるというのだろう。私たちにはランドルじいさんとマリア以外に親戚はいないし、お金のない私たちはチロを寄宿舎にいれることもできないはずだわ。だとしたらどこにいるというの。
そう考えて私はハッとした。もしかして・・・・。
彼ははっきりとは言わなかったけれどきっとそうに違いない。だって彼の表情がまるで、そう、まるでチロが死んでしまったと言わんばかりに青ざめて震えている。
「チロが・・・、いな、い・・・?あの子は死んでしまったの?」
彼は何も言わないし、頷きもしなかったけれど、彼のすべてがそう言っているかのようだった。
「・・・そ、う」
「ごめん・・・」
「なぜあなたが謝るの?ふふ、可笑しな人ね」
まるで今チロが死んだかのような彼に、なんだか奇妙な気持ちがこみ上げた。まさかこの彼がチロを死に至らせたわけではないだろうに。
きっとこの優しい青年は、チロをとても愛している私にチロの死を知らせるのが辛かったのだろう。そう考えると、チロの死を悲しむよりも青年をいたわる気持ちの方が強く胸を支配する。
なぜかしら?とてもとても悲しいはずなのに。チロの死よりも別の気持ちの方が強い。
「私、分かったわ。姉さんはチロを隠したのではなかったのね。チロは死んでしまったのよ。だから私の前からいなくなったんだわ。あの日家に帰ってこなかったのはそういうことだったのね。姉さんは私には何にも教えてくれなかった。私が悲しむから黙ってたのかしら?いいえ、そうではないわ。姉さんは私とは口を聞かないことにしたのよ。だから意地悪で教えなかったのよ。私にチロのことを教えないのが最上級の嫌がらせだと分かってるから。なんて酷い姉さん」
なんて憎らしい。
なんて愚かな姉さん。