13 変わったこと
あれから私は以前と同じように毎日川へと向かった。
誰も起きていない時間に、そっと家を抜け出し、大好きなワンピースを翻しながらくるくると踊るように木々を抜け、森の小さなお友達にあいさつをする。川につくとお祈りをして、4つの石を渡る。いつもと同じ変わらない日々。
ただ違ったのは川にお祈りをすることが加わったこと。川にお祈りをする必要はなかったのだけれど、やっぱり青年をここへ来る許可を与えてしまったことに対して罪悪感があったから、私は『いつもと同じ』に川へのお祈りを加えることにした。神聖なる川にとってそんなことはどうでもいいことかもしれないけれど。
そしてもう一つ変わったことと言ったら、あの青年がここに来るようになったということ。
私が1日を過ごすこの川に、青年はお昼を過ぎて、日が真南を通り過ぎたころにやってくる。そして日が沈む前にさよならをする。いつも私が先に川にやってきて、私が先に川にさよならを告げる。彼はいつも私の後に川にやってきて、私の後に川を立ち去る。それが私たちの『いつもと同じ』になった。
私たちが話す内容はとても平凡で、当たり障りのないものばかり。けれどそれがとても楽しい。
「あなたのお姉さんはいくつなの?」
「確か29だったかな」
「じゃぁ、あなたとは10も離れているのね」
彼に姉がいたことを思い出して尋ねてみた。彼は19だと言っていたから、もしかしたら姉さんと同じくらいの女性なのかもしれないと思った。けれど姉さんより8つも年上だった。まぁ、それだけの話だけど。
「私、弟もいるのよ」
「あぁ、そういえばそんなこと言ってたね」
私弟がいるってこと言ってたかしら?思い出せないわ。最近忘れっぽい。というよりも覚えないっていう表現の方が正しいかもしれない。覚えていないことの方が多い。でも特に支障はない。神聖なる川へ来ることさえ覚えていれば十分だから。
「私の弟はね、とても可愛いのよ。まるで神に使徒する天使のように」
「へぇ、みてみたいな」
「きっと弟もあなたに逢いたいというはずよ。私が許したんだもの」
川への侵入を許した彼をきっとチロは好きになるはず。最初は嫉妬するかもしれない。かつての自分のように。自分とチロだけが許された川への侵入を別の誰かも許されたと知ったら。
けれどきっとさよならをする頃には青年に懐いて、帰りたくないと言うかもしれない。
「チロはきっとあなたを気に入るわ」
「え・・・・?」
私の言葉に彼はびっくりしたかのように目を見開いた。
「あら、信用してない?でもチロがあなたを気に入るのは本当のことだわ。私が言うんですもの、間違いないわ」
チロのことは私が一番良く知っている。だから分かる。きっとチロは彼を気に入るはずだ。
「い、いや・・・。チロ、くんは確か十だっけ?」
「ええ、そうよ。・・・・あら?あなたもしかしてチロを知ってる?」
私の返答に彼は青ざめた顔で唇をかみしめた。大きく開いた目は悲しげに揺れる。
「・・・・ああ、きっと僕は君の『チロ』を知っている」
「あらそうなの!」
私は嬉しかった。私の気に入った彼と私の大好きなチロが知り合いということに。けれどなぜ彼はこんなにも震えているんだろう。まるで何かに脅えるかのように。
「チロは今どうしているかしら。私しばらくチロに会っていないの。どれくらいかしら?」
そういえば、私どうしてあんなにも大切なチロのことを今日まで思いださなかったのかしら。あんなに毎日一緒にいたのにどうしてチロは今私の傍にいないのかしら。
そんなことを考えていた私は何かに耐えるように口をきゅっと閉じている彼を見ていなかった。