10 プレゼント
私が五日訪れるのを止めようと、川は相変わらず清らかで、神々しかった。
変わらない川に寂しさを感じながらもほっとした。
『神聖なる川』は私がいようといまいと『神聖』なるままであるのだ。
それは喜ばしくも悲しい事実であった。
私は『いつも通り』お気にいりのワンピースの裾を少しだけ持ちあげ、『神聖なる川』を見つめた。
川へ許しを請い、4つある石の最初の一つへと足を乗せた。茶色い靴が白鼠色の石に混じるのを見ると、『帰ってきた』という気持ちになる。ここが私の帰る場所だと強くそう思った。
「ねぇ」
声がした。
けれどもう驚かない。だって声の主が誰か分かっていたから。
私はするりと耳を抜ける声を頭の中に留めることなく、後ろを振り返った。
「こんにちは」
青年は柔らかな笑みを浮かべて私を見た。そんな彼を以前のように真っ向から敵意を出しはしなかったが警戒はしていた。
けれど青年の手元を見た瞬間、私の警戒心はまるで毒抜きをされたキノコのように一気に崩れ落ちてしまった。
青年の手でカンパニュラが一輪、力強く天を見上げていた。
「それ、」
私は挨拶を返すことなく、青年の右手に収まったカンパニュラを見つめた。青年はそんな私の視線に気が付くと、くすくすと小さく笑い、右手を私に差し出す。私がカンパニュラに夢中になるのを見越したかのような笑みにほんの少しの苛立ちを感じながらも、私はカンパニュラから目を離すことができなかった。
「プレゼント」
「え?」
私は迷った。カンパニュラを受け取るかどうかを。
なぜならここは『神聖なる川』で、私以外の者は来てはいけないのだ。だから今すぐにでもこの青年を追い返さなければならなかった。けれどなぜかそれができない私がいる。以前のように呪文を唱えるなり、直接言葉で責めるなりできたはずなのに、このときの私にはできなかった。少なくとも今この瞬間、青年に会うまではそうしようと決めていた。
けれどそんな決意は簡単に風にさらわれていった。
「どうして?」
「ん?」
「どうして私がカンパニュラを好きだと知っているの?」
「好きなの?それは良かった」
青年はほっと息をついた。それは私がカンパニュラを好きだからではなく、私が青年と会話をしたこと
にだと、私は気が付いていた。だけどそれには気づかないふりをして、久しぶりの会話を義務的にすることにした。
ただ、上手く言葉を発することができるか心配だった。
9年前のあの日から、姉さんが私の声に耳を傾けなくなってから、
私は誰とも言葉をかわしたことがない。