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不変の部屋  作者: 瑞雨
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1 お気に入りのワンピース


『 わたしのかわいい()(リー)ちゃん

小さな小さな子羊ちゃん

美味しいスープになっちゃった

かわいそうな子羊ちゃん

胃袋の中でおねんねよ』





足先まであるワンピースを翻しながら小さな川にある石の上をぴょんぴょんと跳ねて渡る。


私は『お気に入りのワンピース』で『お気に入りの川』をまるで兎になったかのようにぴょんぴょんと跳ねながら渡るのが好きだ。


このワンピースが『お気に入り』になるにはいくつか理由があるのだけど、一つ目は肩の部分から袖口までふんわりと膨らんで私の腕をすっかり隠してしまうこと。


二つ目はスカートが足先まであって、腰元からふんわりと膨らんだ裾が脚を全て隠してしまうこと。つまり私は私の四肢を『ふんわり』と隠し通してしまうというところが気に入っている。


じゃぁ、なぜそこが気に入っているかと聞かれても答えようがない。だって好みってそういうものでしょう?『お気に入り』に理由はあっても『好み』に理由なんてない。ただなんとなくそれがいいってだけ。


三つ目は色。深い橙色のような明るい茶色をしているこのワンピースは秋になるとまるで私こそこの森の中の木なんじゃないかと思うくらい溶け込ませてくれる。この時ばかりは私は誰にも気がねすることなく、森の中をステップを踏みながらくるくると回り続けることができる。



誰も私に気がつかない。だって私は木なんだもの。



私がこのワンピースをお気に入りの一つにするにはあと幾つか理由があるのだけれどそれは言う必要がないと思う。だってすっかり一から十まで話したところで私のワンピースの全てを理解することなんてできないのだから。だからワンピースの説明はこの辺にしておこうかな。



次に、私がこの小さな川を気に入っている理由を述べさせていただくと、森の中を流れるこの川は石の合間をゆったりと澄んだ水が流れている。深さは私のくるぶしまでしかない、きっと。


なぜ『きっと』かと言うと、答えは簡単。なぜ朝が来るのかという理由を考えるよりも単純明解。



答えを述べさせていただくと私は川に入ったことがないのだ。


私はこの川に入ってはいけないし、ほんの小指の先程も触れてはいけない。例え私が『森の一部』であろうとも、何度「私は木」と唱えようと、私はこの川に入ってはいけない。私が入ることでこの清らかな川はあっという間にまるで汲み取り便所の中のように汚れてしまう。こんな汚ない表現はしたくないのだけど仕方がない。だってそれくらいこの川に入るには覚悟が必要なのだから。


二度と口にはしたくないようなひどい例えをしたことで、きっとあなたにはどれくらい私が本気なのかを分かってもらえたと思うのだけどどうかしら? 



川に入らないというルールは私が初めてこの川を見つけた時からの決め事で、昔からの約束事。


だから私はこの神聖なる川(大袈裟だって思うかもしれないけど、きっとあなたもこの川を見たらそう表現すると思うわ。『神聖なる川』以外の表現なんて出てこないんだから)を汚さないようにするために、水面から顔を出した石の上を慎重になりながらもまるで踊っているかのように飛び乗らなければいけなかった。


川を渡るには4つの石に飛び移る必要があったけれど、ほんの少しワンピースを持ち上げるだけで簡単に飛び移ることができるからなんの躊躇いもなかった。


そんな川を私はとても気に入っていた。



私はお気にいりのワンピースを着て、お気に入りの川に来ることを毎日の儀式としていた。


それはあの日から一度たりとて破ったことのない大切な決まりごと。





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