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私用公理 ― その二つ、区別できますか  作者: みんとす


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第四話 対称な解

 六月に入って、個別指導は週二回になった。月曜と木曜。補習の授業がない日に教室を借りて、芦原に問題を解かせる。


 事務には「補習の補講」と申請している。嘘ではないが、補講と言えるほど体系的なことはしていない。俺が問題を出し、芦原が解き、俺がノートに記録する。芦原の側から質問が来ることはほとんどない。彼女は自分の解き方を変えるつもりがない。俺のほうが、彼女の解き方を記述しようとしている。


 教える側と教わる側が、とうに入れ替わっていた。そのことに名前をつけずにいた。


 その日は木曜で、全国模試の過去問を持ち込んだ。


 目的がある。芦原のチルダが高校数学の中だけで機能するのか、それとも、もう少し抽象度の高い問題でも同じように動くのかを見たかった。


 五問を渡した。うち四問は標準的な難易度で、一問だけ、数学オリンピックの予選に出てもおかしくない水準のものを混ぜた。


 芦原は問題用紙を受け取り、いつものように数秒間、全体を見た。全体を見てから部分に入る。俺とは逆だ。俺は一問目から順に読む。芦原は五問を一枚の地図として眺める。


 それから鉛筆を持った。



 四問目まで、パターンは予想の範囲内だった。場合分けが必要な問題ではチルダが出現し、場合分けが不要な問題では通常通りに解く。チルダの出現条件は安定していた。「結論に影響しない区別は省略する」。一貫している。


 五問目に入った。


 問題はこうだった。


 「整数nについて、n⁸ + n⁴ + 1 が13の倍数でないことを証明せよ」


 標準的な解法がすぐに浮かぶ問題ではない。13で割った余りを一つずつ試すか、何か構造を見つけるか。そのどちらかだ。


 待て。


 nに2を代入する。2⁴ = 16。13で割ると余り3。したがって2⁸の余りは9。9 + 3 + 1 = 13。


 13の倍数になる。


 問題が間違っている。


 出典を確認した。この問題は「13の倍数でないことを証明せよ」ではなく、「13で割った余りを求めよ」だった。俺がプリントを作るときに、問題文を誤記していた。


 芦原がすでに鉛筆を動かしている。


 止めるべきだった。問題文が間違っていると言うべきだった。だが手が動かなかった。芦原の鉛筆が紙の上を走る音だけが教室にあった。止めるタイミングが過ぎていく。チルダが誤りに対してどう反応するのかを見たかった。その欲が、訂正の義務を呑み込んでいた。


 芦原が鉛筆を置いた。


「できました」


 答案を見た。


 最初の行で、もう俺の想定から外れていた。


 x = n⁴ とおく


 n⁸ + n⁴ + 1 = x² + x + 1


 ここまでは置換だ。次の行——


 n ≡ 0 (mod 13) のとき、x ≡ 0

 ∴ x² + x + 1 ≡ 1


 以下、n ≢ 0 (mod 13)


 n を13で割った余りを四乗すると、

 0以外では 1, 3, 9 のどれかになる


 実際、

 1⁴ ≡ 1

 2⁴ ≡ 3

 3⁴ ≡ 3

 4⁴ ≡ 9

 5⁴ ≡ 1

 6⁴ ≡ 9

 (mod 13)


 7 から 12 は、上と符号だけが違うので同じ値に戻る


 ∴ x は 0, 1, 3, 9 のいずれか


 ここで

 1² + 1 + 1 ≡ 3

 3² + 3 + 1 = 13 ≡ 0

 9² + 9 + 1 = 91 ≡ 0

 (mod 13)


 ∴ x ≡ 1 のとき、x² + x + 1 ≡ 3

 x ≡ 3 または 9 のとき、x² + x + 1 ≡ 0


 ∴ n は

 n ≡ 0 (mod 13)

 n⁴ ≡ 1 となるもの

 n⁴ ≡ 3 または 9 となるもの

 の三類に圧縮できる


 さらに下に、細い字で書いてあった。


 n ≡ ±1, ±5 (mod 13) のとき n⁴ ≡ 1


 したがって答え:

 n ≡ 0 (mod 13) のとき、余り 1

 n ~ 1, -1, 5, -5 (mod 13) のとき、余り 3

 その他の n ≢ 0 (mod 13) は互いに区別不能( ~ )で、余り 0


 答案を持つ手の指先が白くなっていた。力を入れすぎている。紙が少し撓んだ。


 正しかった。


 答えが正しいだけではない。芦原は十三個の剰余類を、三つの構造クラスに圧縮していた。0。四乗して1になる群。それ以外の非零群。通常の解法なら、13通りを順に試すか、せいぜい対称なものをあとから整理する。芦原は最初から、「本当に必要な区別はいくつか」を見ている。


 しかもその基準は、nそのものではない。n⁴ の振る舞いだ。


 整数の見た目を見ていない。問題の中で、その整数がどう働くかだけを見ている。


 答案の構造が、先週の二次方程式より一段深いところに降りていた。あのときは、結論が同じ二つの解をまとめた。今回は違う。計算の途中で現れる内部変数xのレベルで、すでに区別を減らしている。最初から、答えを出すためではなく、何を同一視できるかを判定するために計算している。


 優先順位が逆だ。



「芦原さん」


「はい」


「五問目。問題文が間違ってた。本当は『13で割った余りを求めよ』だった。だが君は正しい問いに読み替えて解いてる」


「問題文の通りに読むと成立しません。n = 2 で13の倍数になるので。だから問題は『余りを求めよ』です」


「なぜそう判断した」


「問題が成立しないなら、出題者が聞きたいことは別にある。出題者の意図と問題文の字面は、結論に影響しないなら区別しなくていい」


 椅子の背に体重がかかった。無意識に背もたれに沈んでいた。


 芦原のチルダは数学の内部だけでなく、「問題を読む」という行為にまで及んでいる。出題者の意図と問題文の文面が同じ結論に至るなら、区別不能として処理する。間違った問題文を、正しい問いに自動的に修正している。


「もう一つ。十三個の余りを三つにまとめたところ。0と、四乗して1になる群と、それ以外。あれは計算してから気づいたのか、最初から見えてたのか」


 芦原は少し考えた。


「最初からではないです。でも、十三通りを全部見る必要はないと思いました」


「なぜ」


「n⁸ + n⁴ + 1 は、nそのものより n⁴ のほうが重要だからです。式の中で見えているのがそうなので」


「n⁴ のほうが重要」


「はい。nを直接十三通りに分けるより、n⁴ が何種類の振る舞いをするか見たほうが少ないはずです」


「何を見てる」


「構造を。0でない余りを四乗すると、そんなにたくさんの値にはならない感じがありました。少ないなら、まとめられる」


「感じがあった」


「はい。四乗すると、符号の違いは消えますし、ばらけるより集まるほうが自然なので」


 三回かけて一に戻る、という説明はなかった。定理の名前もなかった。あるのは、四乗すれば種類が減るはずだという、ほとんど生理的な確信だけだった。


 だが、確信だけでここまでは行けない。


 俺の頭のどこかが、既存の数学の言葉を探し始めていた。有限個の余り、掛け算、周期、戻ってくる値。いくつかの定理の影が見える。大学院で見た景色の断片が、芦原の答案の裏に透ける。


 けれど芦原は、その名前を一つも通っていない。


 定理を使っているのではなかった。定理が成立する地形を、最初から歩いている。


「それは、直観か」


「直観かどうかはわかりません。でもたいてい当たります。当たらなかったら、十三個を見ます」


 フォールバックがある。チルダが不適切だとわかったら、通常の区別に戻る。完全に頑固なわけではない。


 だが「たいてい当たる」。この自信の根拠が見えない。


「芦原さん。もう一つだけ聞いていいか」


「はい」


「今日の五問目で、±1と±5をチルダで結んだ。先週の二次方程式では、解の2と3をチルダで結んだ。この二つのチルダは、同じものか」


 芦原の鉛筆が机の上で止まった。指先が軸を回した。一回転。


「同じです」


「同じ根拠は」


「どちらも、区別しなくても結論が変わらないから」


「では訊く。君は今、二つのチルダを同じ原理だと言った。同じものなら、繋がるはずだ。五問目の 1 ~ -1 ~ 5 ~ -5 と、先週の 2 ~ 3。この二つを跨いで、A ~ B かつ B ~ C なら A ~ C と言えるか」


 芦原は答えなかった。


 五秒。十秒。窓の外で鳥が鳴いた。


「……問題が違うから、繋がらないです」


「繋がらない」


「はい。チルダは問題ごとです。問題が変われば、区別不能かどうかも変わります。だから別の問題のチルダを繋いでも、意味がないです」


 俺はノートに書いた。「推移律は問題を跨がない」。


 芦原が鞄を取った。立ち上がりかけて、止まった。


「先生。それ、問題ですか」


「何が」


「推移律が跨がないこと。それは問題なんですか、それとも、そういうものなんですか」


 俺は答えられなかった。数学の体系にとって、推移律が保証されないことは致命的な欠陥だ。だが芦原にとっては「そういうもの」かもしれない。区別しないことの範囲が問題ごとに閉じている。それは欠陥ではなく、仕様だ。


「わかりません」


「先生がわからないなら、たぶん問題なんだと思います。私にはわからないことなので」


 芦原の靴音が廊下に遠ざかった。均等な間隔で。


 教室に西日が残っていた。机の上のノートに「推移律は問題を跨がない」の一行。自分の字が、他人の字に見えた。



 答案を広げた。


 五問目を見つめる。十三個の剰余類を三つに圧縮する。0。四乗して1になる群。それ以外。先週の二次方程式の答案の拡大版だ。やっていることの核は同じ。「区別が結論に影響しないなら、消す」。


 だが五問目には、あのときにはなかったものがあった。


 美しさだ。


 十三通りを三通りにまとめたとき、答案は短くなった。同時に、問題の構造が浮き上がった。n⁸ + n⁴ + 1 を13で割るとき、本当に重要なのは n そのものではなく、n⁴ がどの種類の値になるかだけだ。0であるか。1であるか。それとも別の値へ落ちるか。その三つだけで結論が決まる。


 通常の解法からは、この構造は見えにくい。十三通りに分けた時点で、どの余り同士が本質的に同じなのかが隠れてしまう。


 区別を減らすことで、見えるものがある。


 手が震えていることに気づいた。寒さではない。六月だ。


 ノートの七ページ目を開いた。ペンを持った。何を書くかは決めていなかった。手が先に動いた。


 「芦原のチルダは、場合分けの圧縮装置として機能する。不要な区別を消すことで、問題の対称構造を露出させる。これは証明の短縮であると同時に、構造の発見でもある」


 書き終えて、ペンが止まった。次の一文が出てこない。


 出てこないのではなく、出してはいけない文が先に浮かんでいた。「通常の数学でも知られている」。この一行を書けば、芦原の体系を既存の枠内に回収できる。「知られている」ことの変形だと位置づけることで、芦原の体系は新しくない、という結論になる。


 新しかったら困る。芦原の体系が本当に新しいなら、俺はそれを翻訳どころか記述もできない。翻訳できないものは論文にならない。論文にならなければ、俺の再起はない。


 既存の枠内に収まってくれたほうが、俺には都合がいい。


 だが収まらない。先週のノートで、それはもうわかっている。ペンを握る手が、すでに別の文を書こうとしていた。


 「ただし、芦原のチルダは既存の対称性概念では記述しきれない。推移律が問題を跨がないことが、既存体系との最大の乖離である」


 その次に、書くつもりのなかった一文が出た。


 「なお、本件は群の作用による軌道分解に酷似する。チルダで束ねた剰余類は、乗法群の軌道そのものだ。だが芦原本人はその既知の枠組みを経由していない。むしろ既存理論が後追いで貼り付くように見える」


 書いてから、息が止まった。


 こういう書き方をするのは危険だ。読める人間には読める。読めない人間には何も伝わらないが、読める人間には「どの辺りの話をしているか」だけは伝わる。匿名のブログに書くには、寄せすぎている。


 正直な記述と都合のいい記述をノートの上で並べようとして、都合のいいほうが書けなかった。翻訳は中立ではないと、先週のブログに書いたばかりだ。自分の都合を翻訳に混ぜていることに、手が気づいている。頭より先に。



 夜。アパートでブログを開く。蛍光灯がちらついている。


 三本目の記事の閲覧数。八十七回。一週間で倍以上に増えた。


 コメントが一件ついていた。


 初めてのコメントだった。ハンドルネームは英数字の羅列で、アカウントは新規作成されたもの。本文は短かった。


 「この体系の無矛盾性についてはどう考えていますか——推移律は保証されますか」


 蛍光灯の音が急に大きく聞こえた。


 推移律。さっき芦原に訊いたばかりの問いを、画面の向こうから別の人間が投げている。


 この質問ができる人間は、数学の専門家だ。少なくとも基礎論に覚えがある。匿名のブログの三本の記事から、体系の弱点を正確に突いている。


 ハンドルネームの英数字をコピーして、検索した。ヒットしない。アカウントのプロフィール欄を開いた。登録日は昨日。他の投稿はない。だがプロフィール画像に見覚えのない数式の断片が使われていた。その数式の表記法を検索した。


 S大学のページがヒットした。准教授。三島誠一郎。専門はホモトピー型理論と構成的数学。


 画面を見つめた。


 准教授が。俺の匿名ブログの三本の記事を読んで、推移律の弱点を突いてきた。


 三島がこのブログから何を読み取ったかはわからない。だが俺が書いたものが中途半端なのはわかっている。読める相手にだけ入口を開ける書き方をしてしまっている。


 コメントに返信するべきか。


 返信すれば、会話が始まる。会話が始まれば、この体系の背後に「ある生徒」がいることが、いずれ推測される。


 返信しなければ、三島は自分で調べ始めるだろう。ホモトピー型理論と構成的数学を専門にしている人間が、この問いを放置するとは思えない。


 どちらが危険かわからなかった。だが返信しない自分を想像して、もっと嫌な感情が浮かんだ。この問いに「先に取り組んでいるのは俺だ」と示したかった。准教授に。


 返信を書いた。


 「推移律は文脈依存です。文脈の保存条件が定式化できれば推移律は回復しますが、現時点ではその定式化に成功していません」


 正直な返答だった。半分は学問的誠実さ。もう半分は——三島に対する旗だった。この問いには俺が先にいる、という。


 送信ボタンを押した。押してから、指がキーボードの上で止まった。


 ブログの記事は三本。コメントが一件。閲覧数は増え続けている。ノートの表紙には「非公開」の三文字。


 壁に穴を開けているのは俺だ。穴の向こうから、最初の目がこちらを覗いている。


 その目が何を見ているのか——芦原の体系を見ているのか、俺の翻訳を見ているのか——まだわからなかった。


 火曜の補習の光景が浮かんだ。寺田が突っ伏した姿勢から、芦原の手元を見ていた目。あの目が、何かのズレを嗅ぎ取っていたように見えた。俺が気づく前に。


 推移律。問題を跨がない。三島の問いと、芦原の回答と、俺のノートの一行が、頭の中で三角形を描いている。どの辺も繋がっていない。繋がらないことが、問題なのか。それとも——

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