episode1
episode1
視界は、ぼんやりとした闇に覆われていた。
意識は浮かんでは沈み、現実感が掴めない。
――ここは、どこだ。
そう考えた瞬間、ようやく自分が床に倒れていることに気づく。
冷たい感触が背中に伝わり、埃の匂いが鼻を刺した。
ゆっくりと目を開く。
そこには、同じ高校の制服を着た生徒たちが、無秩序に倒れていた。
机もなく、体育館とも違う広い空間。
数を数える余裕が出てきて、僕を含めて十二人いることが分かる。
隣を見ると、兄のハヤトが横たわっていた。
その反対側には、双子の姉――マヤ。
胸の奥が、少しだけ落ち着く。
少なくとも、家族は一緒だ。
だが、次の瞬間、その安堵は一気に消えた。
首元に、はっきりとした異物感。
金属が皮膚に触れる、冷たく重い感覚。
恐る恐る指でなぞると、そこには外れる気配のない首輪が装着されていた。
無理に引っ張ってみても、びくともしない。
「……お兄ちゃん、起きて」
声が震えないよう意識しながら、ハヤトの肩を揺さぶる。
彼はすぐに目を開き、状況を理解すると同時に顔を強張らせた。
マヤも目を覚まし、周囲を見渡す。
そして、時間差で他の生徒たちも次々と意識を取り戻していった。
「おい! どこだよここ! ふざけんな!」
誰かが怒鳴る。
その声を皮切りに、混乱が一気に広がった。
「なにこれ……気色悪い。外れないんだけど……」
首輪を引っ張り、叩き、外そうとする者。
叫びながら壁を叩く者。
黙ったまま、状況を理解しようと目を動かす者。
人の反応は、極限状態になるほど露骨に分かれる。
そんな中、部屋の中央に置かれていたモニターが、唐突に光を放った。
全員の視線が、吸い寄せられるようにそこへ向く。
画面に映し出された文字を見た瞬間、
空気が一段、冷えた。
――これより、デスゲームを開始する。
喉が、ひくりと鳴る。
続けて表示されたのは、あまりにも見覚えのあるルールだった。
人狼ゲーム。
村人陣営:9名
占い師、霊媒師、騎士を各1名含む。
人狼陣営:3名
投票は毎日22時まで。
この多目的室で円陣状に配置された椅子に座り、必ず行うこと。
投票結果により選ばれた者は、速やかに排除される。
なお、ゲームへの参加を拒否、または辞退した場合、
首輪が作動し排除される。
文章を読み終える前に、
「排除」という言葉の意味が、全員の脳裏に重くのしかかる。
モニターが暗転すると、しばらく誰も声を出せなかった。
ここは山奥にある廃校だと、後になって分かる。
校舎は古く、携帯も圏外。
出口らしい場所はすべて塞がれていた。
――逃げ場は、ない。
張り詰めた空気の中、
自然と「自己紹介をするしかない」という流れになっていく。
まるで最初から用意されていたかのように、
円陣を組む形で椅子が並べられていた。
「……私から、いきましょう」
静かに口を開いたのは、眼鏡をかけた男子だった。
「高校三年、生徒会長のリクです。
人狼ゲームには詳しいので、皆さんのお役に立てると思います」
一瞬、間を置き、彼ははっきりと言った。
「騎士の方は、ぜひ私を守ってください」
その堂々とした態度に、感心とも反感ともつかない空気が流れる。
「きっめぇぇ」
すぐにそれを壊したのは、金髪の男だった。
「さすが生徒会長サマ。頭回るな」
「三年のサクマ。で、こっちは俺の彼女」
「うぃー」
隣の金髪ギャル――マリンが、気の抜けた返事をする。
「俺も三年。バスケ部のソウタだ。
シュウは俺の親友」
「同じくバスケ部。エースやってる」
肌白の爽やかなイケメンと褐色肌の男子。
「学年屈指のイケメン揃いだね」
軽い調子でそう言ったのは、兄のハヤトだった。
「俺はサッカー部のハヤト。
隣にいるのがマナトとマヤ。双子で、義理だけど俺の兄弟だ」
「二年の……マナトです」
声が小さくなる。
「マヤです。一応、私が姉です。よろしくお願いします」
「双子って、性別違っても似るんだな」
「雰囲気だけだろ」
ソウタとシュウが笑う。
「うっせぇ! どっちでもいーだろ」
サクマが苛立ったように遮る。
「二年、ナツキ」
そう名乗った褐色のギャルは、最初から敵意を隠そうとしなかった。
「なんでマヤがいんの?
てか弟もマヤみたいでキッショ」
「なに? マヤが可愛いから嫉妬か。ありがとう」
ハヤトが即座に返す。
「はぁ!?」
「ナツキ、言わせときなよ」
隣の目の死んだ女子が淡々と言う。
「私はユミ」
「見た感じ、二年は四人だけか」
短髪の男子が立ち上がる。
「俺はケイスケ。空手部ッス! よろしく!」
「ゲンジだ」
最後に、筋肉質な男が低い声で言った。
「見ての通り、フィットネスをしてる」
全員の自己紹介が終わる。
「これで全員ですね」
リクが円陣を見回す。
「最初の投票まで、まだ十時間あります。
人狼ゲームが分からない方は、私のところへ来てください。
校内の探索もしておいた方がいいでしょう」
「賛成だな」
ハヤトが頷き、各自その場を離れようとするのをリクがリクが制止した。
「グループで行動しましょう」
こうして、十二人は二つのグループに分かれた。
Aグループ
ハヤト、マナト、マヤ、ソウタ、シュウ、ケイスケ
Bグループ
リク、サクマ、マリン、ナツキ、ユミ、ゲンジ
Aグループ
「各教室に普通にベッドもあんな。」
ケイスケが扉を開け、きょろきょろと中を見回す。
埃をかぶったベッドのフレームを軽く叩き、きしむ音を確かめた。
「鍵もかけれるから、各自好きな教室を個室に出来るかもね」
ハヤトも周囲を見渡して全員に視線を向けながら振り返る。
「お兄ちゃんと一緒に寝たい」
マナトは兄の制服の袖を握って、背中に半歩近づいた。
「そうだな。俺たちは三人で一つの教室を使おう」
ハヤトが即答すると、マナトはほっと息をつき、マヤも小さく頷く。
「シュウ、ソウタも俺と一つのとこ使おうぜ」
シュウはそう言いながら、何気ないふりで教室の隅に目をやる。
「だな。流石に今ひとりで寝ろって言われたらきついわ」
ソウタは苦笑し、首元の首輪を指でなぞった。
一瞬、廊下の奥から足音のようなものが聞こえ、
全員が同時に言葉を止めた。
だが、それはすぐに聞こえなくなる。
ソウタが「いやぁぁ〜」と声を震わせながら両腕を交差させて摩った。
「何でも奇妙に思えるなぁ〜」
黙ったまま全員が頷くように共感した。
Bグループ
「学年底辺のサクマくんでも、人狼ゲーム知ってるんですね」
リクは眼鏡の位置を直しながら、口角だけをわずかに上げた。
「殺されてーのか?」
サクマは一歩踏み出し、リクを見下ろす。
マリンがその腕を掴み、無言で引き止めた。
「それは、あなたが人狼っていう告白でしょうか?」
リクは視線を逸らさず、淡々と返す。
「あぁ!?」
サクマの声が廊下に反響する。
「ユミ〜、マジでマヤいるの最悪なんだけど」
ナツキは壁に寄りかかり、腕を組んだまま吐き捨てる。
「分かる。あの顔面引裂きたいよね」
ユミはスマホがないことに気づいたように、無意識にポケットを探り、それから舌打ちした。
その間、ゲンジは一歩後ろに下がり、
Aグループが消えていった方向をじっと見つめていた。
「……Aグループに行きたい」
呟きは切なく小さい。
こうして、
誰が敵かも分からないまま、
最初の話し合いの時間が、刻一刻と近づいていく。




