表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

オッズメーカーの誤算

作者: 鴨ロース

数多ある作品の中からお選び頂きありがとうございます。

ゼミ終わりの気だるい教室。西日が差し込む窓際で、世界で一番不快な周波数の声が鼓膜を震わせた。


「ねえタケシ、週末はパパの別荘で過ごさない? 携帯は圏外だから、デジタルデトックスしながら静かで二人っきりでビーチを満喫しようよ!」

「お、いいねミチル。邪魔が入らないのが最高だ」

甘ったるい声で囁くミチルと、にやけた面を晒すタケシ。

大学公認のリア充バカップル。俺のような陰気な工学部生を「オタクくん」と見下し、嘲笑ってきた連中だ。


俺はキーボードを叩く手を止めず、心の中でどす黒い好奇心を膨らませた。

――圏外。別荘。二人きり。

それは、あまりにも「都合の良い」舞台設定だった。

俺は帰宅するなり、悪戯半分でPCを立ち上げた。


奴らのSNSから画像を収集し、最新の生成AIに食わせる。ディープフェイク技術は、今や素人でもプロ並みの動画を作れるところまで来ている。

数時間後、そこには涙ながらに助けを乞うミチルの動画と、縛り上げられた写真が完成していた。


送り先は、ミチルの父親。表向きは不動産屋だが、実態は街金の社長だ。

「商売柄、脛に傷持つ身。警察には駆け込めないはずだ」

俺の読み通り、父親は警察を通さず、手下の若い衆を使って必死に娘を探し始めた。だが、別荘は圏外。連絡などつくはずもない。


焦燥がピークに達した頃合いを見計らい、俺はメールを送った。

『身代金は5000万円。

土曜日の平和島競艇 第1レース。締切5分前に、6号艇の単勝に全額ぶち込め。

それが確認できたら娘は解放する』

口座への振り込みでも、現金の受け渡しでもない。

指定したのは、公営競技の市場を通したマネーロンダリングだ。


◇◇◇

「ふざけやがって……!」

街金事務所の奥、社長はスポーツ新聞を床に叩きつけた。


「平和島1レースの6号艇だぞ? モーター勝率はワースト、選手はB級の新人だ。艇王が乗っても勝てんわ! 金をドブに捨てろと言うのか!」

「社長、どうしますか?」

「……やるしかねぇだろ。5000万なんぞ、また稼げばいい。だがな、舐められたままで終わらせるなよ」


社長の目が爬虫類のように細められた。

「若い衆を競艇場と場外舟券売場に総動員しろ。締切直前に大金を賭ける挙動不審な奴がいたら、即座に攫え」


◇◇◇

土曜日の朝、俺は自室でコーヒーを啜っていた。

平和島競艇場? 行くわけがない。


俺の手元にはスマホがある。「テレボート(ネット投票)」を使えば、指先一つで投票は完了する。


平和島第1レース、締切5分前。

オッズ画面の数字が異常な動きを見せた。6号艇の単勝オッズが、一瞬にして「1.0倍」に張り付いたのだ。

5000万円が投入された合図だ。


パリミュチュエル方式の妙だ。誰かが極端な大金を特定の買い目に投じれば、相対的に「それ以外の買い目」のオッズは天文学的に跳ね上がる。


俺はなけなしの貯金をかき集め、6号艇以外の全艇(1〜5号艇)の単勝に一万円ずつ賭けていた。


ファンファーレが鳴る。

「さあ、スタートしました!」

俺の祈りが通じたのか、あるいは単なる確率の収束か。


無理な前付けを狙った5号艇がフライングで散り、レースは安定した枠なり進入で進んだ。

第1ターンマークを旋回し、先頭に立ったのは大本命の1号艇。

6号艇は予想通り、はるか後方の波に飲まれている。

「よし……よしっ! そのまま!」

結果は1着1号艇、2着2号艇、3着3号艇。

誰もが予想した、ガチガチの本命決着。


しかし、確定オッズがモニターに表示された瞬間、全国の競艇ファンが目を疑ったはずだ。

単勝 1番:100,000円

本来なら数百円の配当が、10万円(1000倍)に化けた。

俺のスマホの残高表示が更新される。

払戻金:10,000,000円。

「勝った……!」

俺は歓喜の声を上げ、天井を仰いだ。


これでハイスペックPCも、サーバーも買い放題だ。

高慢ちきなお嬢様の身代金が、俺のあぶく銭に変わった瞬間だった。


◇◇◇

俺の「完全犯罪」は、完璧だったはずだ。

その男が、インターホンを鳴らすまでは。

「税務署の者です」

無機質な眼鏡をかけた男は、淡々と告げた。

「あなたの口座に多額の一時所得が確認されましたが、申告がありませんね。無申告加算税を含め、約500万円の納税義務が生じます」

俺は顔面蒼白になった。

1000万円? とっくに使ってしまった。

PCパーツ、高級な家具、連日の豪遊。手元には数万円しか残っていない。

「は、払えません……」

「そうですか。では差し押さえの手続きに入ります」

全てを失い、大学も退学になった。

だが、本当の地獄はそこからだった。


税金を払うために金策に走り回っていた俺の前に、黒塗りの高級車が滑り込んできたのだ。

後部座席の窓が開き、見覚えのある顔が覗く。

ミチルの父親だ。

「税金払えなくて困ってるんだって? 500万円、貸してやろうか?」

心臓が早鐘を打つ。なぜ、こいつが俺のことを?

社長は慈悲深い笑みを浮かべ、続けた。

「……利息は『お前の人生』だけどな」


◇◇◇

拉致された先は、雑居ビルの地下にある監禁部屋だった。

与えられたのはハイスペックなPC一台と、寝袋だけ。

「お前の腕は確かだ。最初の仕事だ、やれ」

社長が放り投げた資料を見て、俺は乾いた笑いを漏らすしかなかった。

ターゲットは、タケシの父親。

あの上場企業の社長を、スキャンダルのフェイク動画で強請れというのだ。

かつて俺が「リア充への腹いせ」で行った手口を、今度は「リア充の親父」の利益のために、強制的にやらされる。

因果応報にしては、あまりにも皮肉が効きすぎている。

薄暗い事務所、モニターの青い光だけが俺の顔を照らす。

背後では、屈強な男たちが怒号を飛ばし、誰かを殴る音が響いている。

俺は震える手で栄養ドリンクの蓋を開け、キーボードを叩き続ける。

ふと、スマホの通知が目に入った。


ミチルのSNSだ。

『パパの別荘最高! デジタルデトックス終わって、タケシくんともっとラブラブになった~♡ パパありがとう!』

添付された写真には、白い砂浜で抱き合う二人の笑顔。

彼らは何も知らない。

自分たちのバカンスが、一人の男を破滅させ、父親の裏稼業を肥え太らせたことなど露知らず。


「……クソが」

俺の呟きは、ファンの回転音にかき消された。

俺だけが、あの「パパ」の闇に堕ちて、彼らの享楽を支える金を、死ぬまで稼ぎ続けるのだ。

(完)

中山大障害、ホープフル、有馬記念、東京大賞典G1連闘の皆様に幸多からんことを祈念いたします。

読了頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ