表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛮地の嘘つき軍師  作者: 呉羽錠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/8

第8話 狩りの結末

「――はあああああっ!!」


 少女の咆哮ほうこうが、獣の唸りを切り裂いた。  キヤは逃げない。  網に足を取られ、体勢を崩して滑り込んできた巨大な質量の塊に対し、彼女は一歩踏み込んだ。  死を恐れぬ特攻ではない。冷静な計算と、己の技量への絶対的な信頼が生んだ迎撃だ。


 彼女が構える黒曜石の槍は、地面に石突きが固定されていた。  人間が手で突くのではない。大地の力を借り、相手の突進エネルギーを全て切っ先一点に集中させる「槍衾やりぶすま」の構え。


 ドォォォォンッ!!


 衝突の瞬間、鈍く湿った音が森の空気を震わせた。  グレイグルの喉元、分厚い筋肉の隙間に、冷たい石の刃が吸い込まれていく。  三メートルを超える巨体が、槍という一本の軸によって強引に制動された。


「ガ、アアアア……ッ!?」


 苦悶の声。  槍の柄が限界までしなり、ミシミシと悲鳴を上げる。  キヤの細い腕に、巨岩を受け止めるような負荷がかかる。ブーツの底が泥を削り、身体が後方へと押し下げられる。  だが、彼女は引かなかった。  歯を食いしばり、血管が浮き出るほどに柄を握りしめ、その衝撃を耐え抜く。


「逃がすか……ッ!!」


 槍の穂先はすでに深々と刺さり、主要な血管と気管を破壊していた。  鮮血が噴水のように噴き出し、キヤの顔と身体を赤く染める。  グレイグルが最期の力を振り絞り、前足を振り上げた。その爪だけで、キヤの頭蓋骨など容易く粉砕できる暴力。


「危ない!」


 ルオの声が届くよりも早く、キヤは槍から手を放し、バク宙で後方へと退避していた。  空を切った爪が地面を叩き、泥を撒き散らす。  それが、森の王者の最後のあがきだった。


 ドサッ……。


 糸が切れたように、グレイグルの巨体が崩れ落ちた。  喉から突き出た槍が、墓標のように空を向いている。  痙攣けいれんが数度走り、金色の瞳から急速に光が失われていく。  やがて、完全に動かなくなった。


 森に、再び静寂が戻る。  聞こえるのは、キヤの荒い呼吸音と、ルオ自身の激しい鼓動だけ。


「……死んだ、か?」


 ルオは慎重に近づいた。  鼻先に手をかざす。呼吸はない。  圧倒的な強者だった怪物は、ただの巨大な肉塊へと変わっていた。


「……やった。やったぞ!」


 遅れて駆けつけてきたトガとサリが、歓声を上げてキヤに抱きついた。  だが、殊勲の少女は笑顔を見せず、震える手で顔についた血を拭っただけだった。その視線は、まだ死骸に注がれている。  自分が殺した命の重さを噛み締めているのか、それとも死の恐怖が今になって襲ってきているのか。


「お見事」


 ルオは短く声をかけた。  キヤがハッとしてこちらを向く。  その瞳には、興奮と、そしてわずかな困惑が混じっていた。


「……お前の罠のおかげだ」  キヤがかすれた声で言った。 「あの網がなければ、槍を構える時間はなかった。正面からぶつかっていれば、私は死んでいた」 「俺はただの時間稼ぎだ。最後に仕留めたのは、お前の腕だよ」


 ルオは肩をすくめて見せたが、内心では安堵で膝が笑っていた。  勝った。  魔法も、特別な加護もない。ただの知識と、即席の道具で、この理不尽な世界を生き延びたのだ。  その事実は、前世で積み上げた「騙しの技術」とは違う、確かな自信となってルオの胸に刻まれた。


「さあ、帰ろうぜ。こいつを村まで運ぶのは骨が折れそうだ」


 ルオがグレイグルの巨体を見上げながら言うと、トガが「任せろ!」と力こぶを作った。  木漏れ日が差し込み、血の匂いが漂う森を照らす。  それは、ルオという異邦人が、この蛮族の社会で初めて「個」として認められた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ