第6話 仕組まれた狩り場
太陽が頭上に昇り、森の影が最も濃くなる時刻。 決戦の舞台となる森の一角では、異様な光景が繰り広げられていた。
「もっと右だ! その丸太は地面に深く埋めるんじゃなくて、斜めに立てかけろ! 衝撃を逃がすんだ!」
ルオの声が飛ぶ。 指示を受けているのは、腕自慢の屈強な男たちだ。普段なら「水汲みのルオ」の命令など聞く耳持たない彼らが、今は額に汗して動いている。
「斜めに? これでいいのか?」 「そうだ。角度をつけて、蔦で固定する。……サリ、蔦を持ってきてくれ!」 「はーい!」
間延びした返事と共に、サリが茂みから現れた。 その肩には、大人の太ももほどもある巨木が三本、軽々と担がれている。 愛らしい顔で微笑みながら、恐ろしい質量を運び込むその姿に、ルオは一瞬だけ遠い目をした。
(……本当に、生物としての作りが違うな)
ルオが数人がかりで運ぶような木材を、彼女は散歩のついでに拾ってきた小枝のように扱う。 この圧倒的な「施工力」があるからこそ、ルオの頭の中にある設計図が、驚くべき速度で形になっていくのだ。
ルオが構築しているのは、単なる防壁ではない。 『馬防柵』と『迷路』を組み合わせた、対高速獣用のキルゾーン(殺害領域)だ。 木々の隙間を乱杭で塞ぎ、意図的に「一箇所だけ」通りやすい隙間を作る。 獲物がスピードに乗ってそこを抜けようとした瞬間、狭い通路で減速を余儀なくされる仕組みだ。
「……奇妙な光景だな」
背後から冷ややかな声がした。 キヤだ。彼女は既に武装を整え、黒曜石の槍を入念に磨き上げている。
「木を並べただけで、あの化け物が止まるとは思えん」 「止めませんよ。止まるなら、壁を迂回されるか、飛び越えられるだけです」
ルオは結び目を締め上げながら答えた。 「こいつの目的は、奴の『トップスピード』を殺すことです。奴は速い。だからこそ、自分の速度が制御できない狭い場所には本能的に入りたがらない。……そこを、俺という餌で無理やり誘い込む」
「誘い込んだ後は?」 「出口は一つしか作っていません。奴が減速し、体をひねってその隙間を抜けようとした一瞬。……その瞬間だけ、奴は回避行動が取れない」
ルオはキヤの目を真っ直ぐに見据えた。
「その一瞬に、あなたの槍を突き込むんです。……できますか?」
挑発的な問い。 キヤは鼻で笑った。だが、その瞳には好戦的な光が宿っている。
「愚問だな。止まった標的を外すほど、私の腕は錆びていない」 「なら、勝てます」
ルオは短く断言し、作業に戻った。 キヤはしばらくルオの背中を見ていたが、やがて「ふん」と小さく息を吐き、配置についた。 信頼関係などない。あるのは利害の一致と、プロフェッショナル同士のドライな契約だけだ。
「ルオ……」
作業が一段落した頃、サリが近寄ってきた。その表情は曇っている。 「本当にやるの? あんたが囮なんて……もし失敗したら、ひとたまりもないわよ」 「大丈夫だ。俺は逃げ足だけは速いし、何よりお前たちが作ったこの柵がある」
ルオは努めて明るく振る舞った。 嘘だ。 実際には、足が震えそうなほど怖い。相手は人間ではない。言葉も通じない殺戮マシーンだ。計算外の動きをされたら、ルオの貧弱な体など紙屑のように引き裂かれるだろう。
(だが、やるしかない)
ルオは震える手を隠すように、強く拳を握った。 森の奥から、鳥たちの鳴き声が消えた。 風が止まる。 ねっとりとした殺気が、肌にまとわりつき始める。
「来るぞ……!」
誰かの呻くような声。 ルオは深呼吸を一つし、柵の前に進み出た。 武器は持たない。ただその身一つ。
灰色の悪魔を招くための、最高の舞台は整った。 あとは、命をチップにした賭け(ゲーム)の開始を待つだけだ。




