第2話 部族での日常
キバ族の朝は、湿った木材が爆ぜる音と共に始まる。 朝靄の中、健康的な褐色の肌をした男女が動き回っていた。男たちは武器の手入れをし、女たちは大きな籠を背負って採取の準備をしている。
「ほら、ルオ。口開けて」
ぼんやりしていたルオの口元に、湯気を立てる焼き芋が押し付けられた。 視線を上げると、サリが呆れ顔で立っていた。 彼女の肌は滑らかな褐色で、体つきは柔らかそうだ。だが、ルオが両手でも持ち上げられない水瓶を、彼女は片手で軽々と抱えている。
「……自分で食えるよ、サリ」 「嘘ばっかり。放っておくとすぐ食べるの忘れるじゃない。ほら、あーん」 「子供扱いするな」
ルオは渋々、芋を受け取って齧った。 サリは満足そうに微笑み、自分の腰に採取用の小刀を吊るした。彼女はこの後、他の女たちと共に森へ木の実や香草を採りに行く手筈だ。 そしてルオもまた、男でありながら「狩り」には連れて行ってもらえない。村に残って網の手入れや、女たちの荷物持ちをするのが日課だった。
「おう、ルオ! サリ! 飯食ったか?」
地面を揺らして現れたのは、同い年のトガだ。 ルオとは違い、彼は今日、大人たちに混じって狩りへ向かう。丸太のような腕には、自慢の石斧が握られていた。
「トガ、石斧の刃が緩んでるぞ」 ルオが芋を齧りながら指摘すると、トガは目を丸くした。 「え? マジか? 昨日締めたばっかりだぞ」 「力任せに締めるから緩むんだ。……貸してみろ」
ルオはトガから斧を受け取った。 蔦を一度解き、摩擦を利用した独特な結び方で締め直す。腕力のないルオが道具を扱うために編み出した、ちょっとした知恵だ。
「ほらよ。これなら数日は持つ」 「おおっ! すげえ! ガッチガチだ!」
トガがブンと斧を振るう。 「やっぱルオは器用だなあ! ありがとな、デカイ獲物獲ってくるからよ!」 「ああ、期待してる」
トガが無邪気に笑う。彼には悪気など微塵もない。 ただ、男なら狩りに行くのが当たり前で、行けないルオは「そういう役割」なのだと受け入れているだけだ。
その時、広場の空気が引き締まった。
「時間だ。配置につけ」
凛とした声。 集落の中央から、武装した集団が現れた。その中心には、屈強な大人たちに混じって、一人の少女の姿があった。 首長の娘、キヤだ。 鮮やかな鳥の羽飾り。磨き上げられた黒曜石の槍。同い年だが、その瞳には戦士としての自負が宿っている。彼女は既に「狩る側」の戦力として認められていた。
「トガ。遅れるな」 キヤが短く呼ぶと、トガは慌てて「はいっ!」と駆け寄った。 キヤの視線が、ふとルオの方を向いた。 だが、それはルオを見たのではない。その隣にいるサリや、他の女たちに向けられたものだ。
「日暮れまでには戻る。今日の飯は多めに用意しておけ」 「はい、キヤ様。お気をつけて」 サリが頭を下げる。
キヤはルオには一瞥もくれず、踵を返した。 彼女にとって、狩り場に立てない男など、風景の一部に過ぎない。
「行くぞ!」
号令と共に、狩猟部隊が森へと消えていく。 残されたのは、女たちと老人、子供、そしてルオだけ。
「さ、私たちも行きましょ。ルオ、籠を持って」 サリが何事もなかったように言う。
「……ああ」
ルオは空になった籠を背負った。 悔しさはない。この部族において、力がなければ役割が違う。それだけの話だ。 ルオはサリの後ろについて歩き出した。
だが、その背中の籠には、前世の記憶という名の、誰にも見えない武器が隠されていた。 それを使う時が来るのかどうか。 平和な朝の光の中で、ルオはただ黙々と足を動かした。




