水を流すたびに、家が歪んでいく
最初に気づいたのは、洗面所だった。
顔を洗い、蛇口をひねったあと、鏡をふと見たとき――
壁の色が、少しだけ暗くなっていた。
気のせいかと思った。
でも、それから水を使うたびに、家の中が“変わっていった”。
翌日。シャワーを浴びたあと、廊下の長さが伸びていた。
家具の配置が、微妙にずれている。
リビングの時計の位置が、壁の中央ではなくなっていた。
両親に聞いても、「前からこうだったでしょ?」と返される。
三日後。トイレから出ると、自室がなくなっていた。
その代わりに、見知らぬ“狭い部屋”ができていた。
中には、水浸しの畳と、黒ずんだ写真が散らばっていた。
水を流すたびに、家は少しずつ“違う家”になっていく。
まるで、別の家と入れ替わっていくかのように。
四日目の朝。私は決めた。
もう水を使わない。
だがその夜。
キッチンから、勝手に水が流れる音がした。
止めに行こうとしたが、そこにはドアがなかった。
代わりに、見たことのない階段が下へと伸びていた。
その先には、ずぶ濡れの自分が立っていた。
にやりと笑い、言った。
「ねぇ、もう戻れないよ?」