星の帰港
2人は生まれたときからの幼馴染だった。
まるでギリシャ神話のオリオンとアルテミスのように、互いを見つめながら、けっして交わらない距離を保っていた。
彼は、星のような人だった。
いつも空を見ていた。宇宙飛行士になるんだ、と言っていたのに、最終的には「海に出る」と笑った。
「星は空にあるだけじゃない。海の上から見る星が、いちばん綺麗なんだってさ」
その言葉を聞いて、私は少しだけさみしくなった。
私の知らないところに、彼はどんどん向かっていく気がした。
春の朝、校門の前で彼と別れたのが最後だった。
「またな」と言って手を振った彼が、その日、帰らぬ人となった。何かの冗談だと思った。
でも、棺の中で眠る彼は、何も言ってくれなかった。
卒業式の日、私は何も言わずに町を出た。
家族を置いて、ひとりで海外の大学に進学した。
逃げるようにして、あの町を、彼の記憶を、置き去りにした。
けれど、何をしても彼は消えなかった。
空を見上げれば、あの笑顔が浮かんだ。
海に行けば、あの声が聞こえた気がした。
ある夜、夢に彼が出てきた。
制服のまま、防波堤に立っていた。
夕焼けに照らされた背中を見つめながら、私は夢の中で叫んだ。
「ねえ、どうして……なんで行っちゃったの!」
でも彼は振り返らなかった。ただひとことだけ、言った。
「行けよ、お前だけの星、見つけてこい。」
目が覚めたとき、私は泣いていた。
そしてようやく、自分がまだ航海の途中だったことに気づいた。
それから5年。
私は大学を卒業し、小さな研究所に就職した。
仕事にも少し慣れた頃、ふと思い立って日本に帰ってきた。
何かに導かれるように、私はあの防波堤に向かった。
潮風に吹かれながら、ポケットの中に手を入れる。
そこには、あの日彼にもらった小さな折り紙の星があった。
しわくちゃになったそれを広げると、裏に文字があった。
──“星を見失うなよ。”
涙が頬をつたう。
あのとき、私は何も言えなかった。
「好き」だなんて、怖くて言えなかった。
でも今ならわかる。彼は最後まで、私の未来を信じてくれていた。
私は空を見上げた。
もう、逃げない。
ようやく胸を張って言える。
それが私の航海の終わりであり、愛の始まりなのだから。




