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第二章 今はまだ消えない傷痕・後編

「で、何があったんだ?」


 いつものように朝食を終えるなり駆け出して行った子供たちを見送って、俺は彼女に訊ねる。恐らく、呆れた表情で。


 エディの熱は幸い一日で下がり、二日経った今日は普通に走り回れるほど回復した。それは良い。

 だが……その間、少女はエレナと全く口をきいていなかった。

 違和感を覚えていたのは俺だけではない。テオも、そしてカイルも。普段はことあるごとにエレナに抱き着き、甘えていたエディが、まるでエレナを無視するように振る舞っているのだ。おかしく思って当然だろう。


 しかし俺の問いに、エレナは困ったように苦笑。


「ちょっと……あの子の地雷を踏んでしまった、みたいね」

「ああ、傷か」


 その言葉に思い当たることがあったので頷くと、エレナが恨めしそうに見上げてくる。


「……分かっていて、あんなこと言ったのね?」

「エレナならどうにか出来ると思ったからな」

「その結果がこれ、なのだけれど」

「ここで諦めるようなエレナじゃないだろう?」


 笑みを向けると、彼女はきょとんとした表情を俺に向ける。


「何故、断言出来るの?」

「これでも、一ヶ月は君と一緒にいるんだがな」


 肩を竦めると、エレナは目を見開き、次いでその頬を僅かに染める。悟られないよう必死で表情を戻そうとする彼女を、俺は吹き出しそうになるのを堪えて見つめた。


 どうも、この少女にはそういうところがあった。自分が凄いとも、必要だとも考えない。出来ないなどあってはならない――そんな異常な彼女の常識は、どうやら彼女にとっての彼女の価値を低くしているらしい。他人を救うためなら自分を犠牲にすることを厭わない、そんな厄介な思考回路の持ち主なのだ。

 ……だからこそ、危なっかしくてしょうがない。ある意味、この家で一番目を離せない少女だった。


「どうしたの? アレス」

「……いや、何でも無い。それで、エディの傷を見たのだろう? 具体的には何をするつもりなんだ、エレナ」

「あら、相手を傷つけてしまったら謝ることも、喧嘩したら仲直りすることも、常識よ」

「それだけでは解決しないのは、君が一番よく知っているだろう」

「ふふっ、そうね」


 自らの腕を、血が止まりそうなほどきつく握って、彼女は笑う。その笑顔の中に、どこか違う感情を滲ませて。


「見てしまったのだから、見せるわ。あの子が怯えるのはきっと、自分が他と違うから。そのせいで嫌われることを恐れているのよ」

「よく、分かるな」

「だって、私と似ているから」

 答える声は凛としていて、けれどその表情は真逆。

「だから、同じだって教えてあげるの。……最終的に嫌われるのは、私の方かもしれないけれど」


 切なげに笑う彼女を見て、俺は知る。

 さっきの自分の考えは、恐らく正しいであろうことを。


「エレナ、君は……何をしようとしているんだ?」

「さあ、何かしら」


 彼女の顔に浮かんだ笑みは、けれどどこか歪んで見えた。


 ***


「どうしよう……」


 ベッドの上で、膝を抱えて、わたしは一人頭を悩ませていた。


 お姉ちゃんを避けているのは、わざとじゃないのだ。本当は、話がしたかった。傷のことを話して、昔のことを全部打ち明けて……それでもお姉ちゃんならきっと、受け入れてくれるって信じたかった。だからあの時、お姉ちゃんを部屋から追い出した後、確かにそう決意したはずなのに。次の朝、お姉ちゃんを見た瞬間。わたしは拒むように顔を背けていた。


 話したいのに。お姉ちゃんに抱き着いて、甘えたくて、堪らないのに。


 それなのに、怖い。怯える心が、邪魔をする。


 どうしよう。ずっと、このままだったらどうしよう。せめて、謝らないといけないのに。あの時お姉ちゃんを拒んでしまったこと、それからずっと避けてること、謝らなきゃいけないのに。そうしなきゃわたしは、お姉ちゃんに教わったことすら守れない悪い子になってしまう。そんなわたしは、きっと要らない。


「エディ」


 不意に、部屋の入り口から声がした。それはよく聞き慣れた……たった今まで考えていた、お姉ちゃんの声。

 思わず固まる私に構わず、お姉ちゃんは訊ねてくる。


「入って良いかしら? 少し、言いたいことが――それと、見せたいものがあって」

「……いい、よ」


 呟くように、答える。聴こえなかったかな、とも思ったけど、どうやら聴こえたみたいで、お姉ちゃんはそっとわたしに近づいてきた。……そういえば、耳、凄く良いんだっけ。

 そんなお姉ちゃんを視界から追い出すように、わたしはぎゅっと目を閉じる。ベッドの上、わたしのすぐ傍に、お姉ちゃんが座ったのが分かった。


 少しだけ、流れる沈黙。

 それを破るように、お姉ちゃんの声が聴こえる。


「ねえ、エディ。見せたいものがある、って言ったわよね。少しだけで良いの、こっちを見てくれないかしら」


 その言葉に、わたしは少しだけ躊躇ったあと、振り返った。そこにはいつも通り、穏やかな微笑みを浮かべたお姉ちゃんがいる。


「お姉ちゃん……あの」

「見ていて」


 わたしの言葉を遮り、お姉ちゃんは自分の腕を上げて、袖を捲った。わたしとお姉ちゃんの間に、二人に見えるように。

 傷一つない、綺麗な白い腕。わたしは自分の傷だらけの腕を思い出して、思わず顔を背けようとする。けど、お姉ちゃんはそれを許してくれなかった。


「エディ。見ていて、と言ったわ」


 そう言って、もう片方の手で腕を撫でる。その手の下にある色が変わったように見えて、息を呑み……



「――っ!」


 その息すら、止まった。



「ぅ……あ……」

「ね?」


 微笑むお姉ちゃんの腕は、傷だらけだった。わたしよりも、かつてのわたしよりも、ずっと。

 私の腕にあるような火傷や裂けた傷痕は、殆ど無い、けど。

 刃物で切ったような痕がある。刺したような痕がある。……抉ったような、ぐちゃぐちゃの傷痕が、たくさんある。


 怖かった。


「……わたしより、ひどいよ」

「ええ、そうでしょうね」


 あっさりと認めるお姉ちゃんが、怖い。自分の身体が、震えているのに気付く。


 怖い、怖い。私の傷を見た人も、もしかして、こんな感情を抱いていたんじゃないだろうか。そう思うと、凄く怖い。

 まるで言い訳するかのように、自然と言葉が漏れた。


「お姉、ちゃん……わたし、ね。嫌われるの、怖いの。もう、化け物なのは、やなの」


 化け物。人と会うたびにそう叫ばれて、石を投げられた。家に帰ればわたしを生んだ人が、憎々しげにわたしを睨んで。



『お前みたいな化け物、生まれて来なければ良かったのに』



 叫んで、殴るのだ。


 お母さん、と呼んだことは、一度も無かった。呼ぶことを許してもらえなかった。うっかり口を滑らせれば、いつもの数倍殴られた。

 そして……エディ、と呼ばれたことも。

 家を出て行った『お父さん』がつけたという自分の名前を知ったのは、捨てられる前日のこと。その時までわたしに名前は無くて、わたしにとっても他の人にとっても、わたしは『化け物』でしかなかった。


 自分を化け物なんだと、信じて疑わないわたしがいた。


 けど、化け物なんかじゃないと、言ってくれた人たちがいた。


 お兄ちゃんも、テオも、カイルも。わたしの過去を知っても、傷痕を見ても、気にせず家族と言ってくれた。凄く嬉しくて、そして怖かった。また嫌われたらどうしよう、そう思うと凄く怖かった。やっぱり止めた、お前なんか知らない、お前みたいな化け物は家族じゃない……そう言われるのが、物凄く怖かった。


「嫌われたく、ないよ……昔なら、我慢できたのに。今は、やだ。嫌われるのも、一人なのも、化け物なのも、嫌なの。怖い、よ」


 気付けば、わたしはしゃくりあげていた。

 捨てられるのが怖い。だから、わたしは良い子じゃなきゃいけない。元気で、明るくて、悪戯もするけど聞き分けの良い、皆に好かれる『良い子』じゃなきゃ。


「お願い、お姉ちゃん」


 だけど、出来なかった。わたしは、『良い子』でいられなかった。お姉ちゃんを拒絶して、避けて、お兄ちゃんやテオやカイルに心配をかける『悪い子』に、なってしまった。

 今も、お姉ちゃんに心配を……迷惑をかけてるって、分かってるけど。


「きらいに、ならないで」


 ずっとずっと、心の中で叫んでいた言葉。一度も言ったことの無かったその思いを、初めて誰かに伝えた。


「ちゃんと、良い子にしてる、から。だから、わたしを捨てないで。エディのこと、嫌いにならないで。お願いだから、もう」


 一人にしないで、と。叫ぶ前に、ふわりと柔らかい温もりに包まれた。


「お……お姉、ちゃん?」


 少し遅れて、気付く。お姉ちゃんが、わたしを抱き締めていた。


「ねえ、エディ。初めてここに来たときに私が言った言葉、覚えているかしら。私を信じてほしい、そう言ったと思うのだけれど」

「う、うん。言った、けど」


 わたしはお姉ちゃんが何を言いたいのか分からなくて、戸惑ってしまう。自分を包むこの温かさが、感じたことのない心地よさが、どこか気恥ずかしくて。でも、離れたくなくて。


「でも、気付いたの。頼んで信じてもらうのでは、駄目。相手を信じなければ、心から信じてもらうことなんて出来ないわ」


 きゅっ、っと。お姉ちゃんは、わたしを抱きしめる腕にほんの少しだけ力を込めた。


「だから、私はエディを信じるわ。エディが私を信じてくれなくても。貴女の過去に何があっても、この先貴女が何をしたとしても、私だけはエディの味方でいる。私は、同じ痛みを知っているから。だから、決して貴女を見捨てない。

 エディは、一人じゃないわ」

「あ……」


 目を見開く。抱き締められた驚きで止まったと思っていた涙が、再び溢れてきた。


 本当は、ずっと……誰かに、そう言ってほしかった。

 精霊術者でもそうじゃなくても、『良い子』でいなくても、それでもわたしの傍にいると、言ってほしかった。

 お兄ちゃんはわたしを助けてくれたけど、「俺はエディの味方だ」、そう言ってくれたけど、ずっとそうであるとは言わなかった。

 テオやカイルは大事な兄弟で、大切な親友で、そして数少ない仲間だけど、だからって無条件で信じることは、わたしには出来ない。血の繋がった実の『お母さん』すら、わたしの敵だったから。

 だから、言葉にして、伝えてほしかったんだ。愛されて育ったお兄ちゃんたちではなく、私と同じ痛みを知ってる人に。



「う……っく…………うわあああああああああああああああああああああん!」



 温かい腕の中。


 生まれて初めて、声を上げて泣いた。



 ***



「そうだ、エディ。先に謝っておかなければいけないわね」


 私が声を上げたのは、少女が落ち着いて少ししてからのことだった。いえ、今も肩を震わせ涙を流してはいるけれど、話は出来るでしょう。


 真っ赤な目で私を見上げるエディに、私は微笑む。


「傷。勝手に見て、ごめんなさい。謝られるのは嫌でしょうけれど、それでも……見られたくないものを私が見てしまったのは、事実だから」

「う、ううん。わたしも、避けたりしてごめんなさい。……あの、お姉ちゃん」


 再び俯き、エディは遠慮がちに訊ねてきた。


「訊いても、大丈夫? あの傷のこと……わたしのは、知ってるんだよね」

「……ええ、そうね。知っているわ」


 予想出来ていた質問に、私は嘆息を返す。あれを見せてしまったのだから、いつまでも隠せるわけが無い。話してしまった方が、私も楽だろう。


「約束してくれる? エディ。今から話すこと、テオやカイルには絶対に言わないって」

「どうして?」

「今はまだ、話すべきじゃないから」


 無理に話しても、彼らを混乱させるだけ。いつか、話す機会が来るだろう。その時に話せば良いことだ。

 エディは小さく唸った後、なおも訊ねてくる。


「お兄ちゃんには?」

「彼には……そうね、私から話すわ」


 一瞬、黙っていてと答えようとする。けれど、エディのことだ。そんなことを言えば絶対、アレスに全て教えてしまうだろう。それよりは自分で語る方が良い。……エディにあんなことを言っておいてアレスを信じないのは、どうかと思うし。


 エディは真剣な顔で少し考え込むと、顔を上げた。


「言わないよ。絶対、言わない」

「……そう」


 私は少し微笑み、少女から視線を逸らす。


「大体は、エディと一緒だと思うわ。この傷をつけたのは、実の両親だから。……いえ、それだけじゃないわね。それ以外の、私より強かった人間全員、かしら」

「エディより酷いよ!」


 驚きのあまり、だろうか。普段の口調で叫ぶエディに、私は苦笑を返した。


「そういう家に生まれてしまったのよ。皆が『異能』……こっちの魔法に近いかしら。とにかく、そういう不思議な力を持つ家。私はその跡取りだったけれど、能力はそこまで高くなかった」


 全て、あの子のせいで。

 心の奥、静かに首をもたげる憎悪を、そっと押し返して私は続ける。


「毎日、修行という名の戦闘を繰り返した。それも、生きるか死ぬかの瀬戸際と言っても過言ではないほどの……ね。客観的に見れば私は弱くは無かったけれど、決して強くも無かった。数日おきに死にかけていたわ」


 それほどの大怪我を負っても治療の能力を持つ人間に治されて、動ける程度に回復すればまた戦う。もちろんそんな状態で勝てるわけも無く、また負けて……最初の頃、まだ自分より強い相手との戦い方が分かっていなかった頃は、ずっとそんな状態だった。

 異能による攻撃は、武器によるそれより多様。痕を残さず苦痛だけを与える悪趣味なものもあれば、肉を抉り取っていくような残酷なものまである。だからこその、この傷痕。


「……だから、『逃げてきた』って言ってたんだね」

「あら、覚えていたのね」


 呟くエディに、私は苦笑を返す。出会ったときに零した言葉を、この子はしっかり覚えていたらしい。


「そうよ。成長するにつれて負けることは減ったけれど、あの家にいることはとても苦痛だったから。だから、逃げたの。もちろん追われて、もう少しで捕まりそうだった。けれど――」

「そこで、こっちに飛ばされたんだね」

「ええ、その通り」


 納得したような表情のエディ。私はそれに頷きながら、ふと思い出す。逃げてきた、と語った私に、エディが返した言葉。

 この子は……私が逃げてきたことを、良かったと言ったのだ。


「……そうね。私も、逃げてきて良かったと思うわ」

「ふぇ?」


 唐突に呟いた私の言葉に対して、首を傾げるエディ。その頭を撫でて、微笑む。


「貴女たちに出会えた。こうして、貴女を救えた。だから、今は後悔してなんかいないわ。あの時逃げ出したこと」

「……うん」


 私の言葉を聴いたエディは、驚くように目を見開き、そして嬉しそうに微笑んだのだった。




「そういえばお姉ちゃん、医学とか凄く詳しいけど……それも、向こうで勉強したのー?」


 しばらくして、すっかりいつもの調子に戻ったエディは思い出したように訊ねてきた。私はそれに首肯を返す。


「ええ。読書くらいしか、楽しめることは無かったから。幸い家には物凄くたくさんの本があったから、片っ端から覚えたわ。読唇術も、そういう本があったから」

「どんな本!?」


 叫ぶエディに、思わずくすくすと笑みを零す。


「そういう家だったのよ」

「凄すぎるよー……もー、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、出来ないことあるの!?」

「ええ、たくさんあるわ。だから協力するの。……そうだ、エディ」

「なーに?」


「その傷、消したい?」


 何気なく訊ねると、一瞬エディの息が止める。少しして、エディは笑みを消して、かすれた声で訊ねてきた。


「消せる、の……?」

「分からないわ」


 私の答えに、少女は僅かに落胆の表情を見せる。そんなエディに、私は微笑みかけた。


「けれど、私は消したいと思っているの。この世界の医学について調べているのは、そのことも関係しているのよ?」

「……どういうこと?」

「向こうの世界の医学では、この傷を消し去ることは出来なかった。そういう『異能』を使っても、ね。だけど、この世界ならどうかしら」


 魔法が、精霊が、龍が。

 そんなものが存在する、この世界なら。


「向こうほど国と国との交流が盛んではないところもあるし……この国に無くても、他の国にはそんな技術があるかもしれない。どんな傷痕も消せる、そんな魔法がどこかに存在するかもしれない」


 そして、何より……


「今ある魔法では出来ないことも、精霊術なら出来るかもしれない……ねぇ、エディ」


 目を見開いて私を見つめる少女に、笑顔を向ける。


「貴女もまた、その傷を消したいと願っているのなら。私に、協力してみない? 助けてほしいの。貴女に。貴女の、その力に」

「エディ、に……?」

「そう」

「……エディの力で、この傷を消せるの? お姉ちゃんのことも、助けられるの?」

「貴女がそう望むなら、きっと」


 頷くと少女は再び、幸せそうに笑った。



 ***



「エディ! オレの部屋のドアに変な魔法かけたのお前だろ!?」

「えー、何のこと? エディ知らなーいっ! むやみに人を疑っちゃいけないんだよ、テオ!」

「嘘吐けっ! この家であんなことするのエディくらいだ! な、カイルだってそう思うだろっ」

「違うってば! カイルはエディの味方だよね?」

「…………え、う……え、っと」


 二人に笑顔で迫られ、困り果てたようにこちらを見るカイル。それに対してくすくす笑いながら「頑張って」と非情な言葉を返すエレナに、俺は苦笑を向けた。


「すっかりいつも通りだな……いや、エディの悪戯が増えたか」

「ふふっ、安心しているのよ」


 何がおかしいのかいまだに肩を震わせるエレナ。彼女は彼女で、あれ以来笑顔が増えたように見えた。……部屋に乗り込んでくるなり服をはだけさせたのには、流石に驚いたが。俺だって健全な男なのだから、その辺りを考慮していただきたい。

 それでも、俺にあの傷痕のことを打ち明けてからは、それまで表情の裏にあった陰が少しだけ薄れていた。まだ完全に無くなったわけではないが……いずれ全て話すと、彼女は言った。ならば信じようと、俺はそう決めていた。


「どうしたの、アレス?」

「いや、何でも無い」


 訝しげにこちらを見てくる彼女に微笑を返すと、彼女は「そう」と笑って子供たちの方に視線を戻した。

 テオとエディの口論は、いつの間にか取っ組み合いの喧嘩にまで発展したらしい。


「カイル」


 苦笑混じりに呼ぶと、そんな二人を見ておろおろしていたカイルはほっとしたように俺たちの方に駆け寄ってきた。


「一体何があったんだ?」

「え、とね……エディが、テオの部屋のドアに、魔法かけて……それに引っかかって、テオが怒ったの」

「あら、どんな魔法?」

「……分かんない」


 エレナの問いに、カイルは首を傾げる。……相手をテオだけに限定する辺り性質が悪いな、エディ。


「そういえばエレナ。エディが安心していると言ったな、さっき。……どういうことだ?」

「貴方たちに嫌われて捨てられる心配が無くなったから、よ」

「捨てるわけがないだろう」

「うん。エディ、好き、だよ?」


 思わず眉を顰める。エディの過去は知っているが……だからこそ、俺たちがエディを捨てるわけが無い。彼女が何をしても。

 カイルも頷くが、エレナは困ったように笑って首を横に振った。


「思っているだけでは駄目、なのよ。……カイルも、覚えておいてね。女の子は、言葉にして伝えてもらわなければ不安になるものだから。今回のは、それとは少し違うけれど」

「ああ……なるほどな」


 性別による違い。思考の方向が違うからこそ、伝える必要がある。要するに、そういうことなのだろう。


「う……?」

「カイルにはまだ早いか」


 首を傾げるカイルの頭を撫でながら、俺は苦笑を零すのだった。



 数か月後、彼女のこの言葉を思い出すことになるとは知らずに。





さて、第二章はこれで完結となります。第一章よりだいぶスムーズにお届け出来ましたが、次の章が書きあがるのは果たしていつになることやら……

第一章と比べてだいぶ短くなってしまいましたが、そしてほのぼのと言いつつ大半がシリアスでしたが、楽しんで頂けたでしょうか。


第一章から期間が空いたにも関わらず読んでくださった方がいるようで、ちょっと小躍りしております。これからも来てくださると嬉しいです。


次は幕間2を経由して第三章になります。まだまだほのぼのとシリアスが混在していきますので、楽しみにしていてください。


ではでは、幕間2でお会いできることを祈って。

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