4話 方針
マリーが『勇者』の才能を授かった。
その衝撃は前代未聞の『Gランク』スキルという話題を霞ませ、街中の話題を掻っ攫う事になる。
噂はあっという間に広がったらしく、何でも近日中に王都から使者が来て、マリーは貴族の養子として迎え入れられるらしい。
魔王討伐は全人類の悲願だ。
彼女はこの先、魔王を倒す為VIP待遇を受けて育てられるのだろう。
幸いにも村に帰るまでの馬車が出た為、俺とマリーはそのまま村に帰った。
明後日……早ければ明日にでも迎えが来る。
俺は今日がマリーと過ごせる最後に日になる事を、どことなく予感していたのだった。
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歩く度に足の重さを実感する。
馬車から降りた俺は居心地の悪さを痛感していた。
それはマリーの両親から突き刺さる蔑みの視線だ。
大方、俺とマリーの婚約関係を解消しろという意味合いが籠っているのだろう。
「ケッ……アルス、お前には失望した。勝手にお前をライバルだと思ってた俺が、バカみたいだ……」
すれ違いざまにライトから吐き捨てられる。
「な……!」
腸が煮えくりかえり、一歩踏み出そうとするが身体が重い。
クソ……どうしてか、昔からこいつに負けるのは我慢ならない。
ライバル。
そうだ、俺たちはライバルだった。
けれど今はそうじゃなくなった。
「情けねぇ……」
ライトが俺から視線を外した。
もう眼中にないと言わんばかりに。
悔しい。自分から選んだ選択だとしても、悔しい。
でも、これで良い。
アイツは俺を失望してくれた。
だって俺がライバルだと思われ続けたら、俺は弱くなる。
俺はーー魔王を倒すのだから。
一先ず、俺はマリーの家にお邪魔する事になった。
家の外には護衛が付いており、ついてきた神父がご両親と話をするらしい。
そうして、俺たちはようやく二人の時間を作ることが出来た。
「マリー、まさか君が『勇者』スキルを貰うなんて思いもしなかったぞ」
「……うん。私もビックリ」
俺が声を小さくしながら話しかけたのを聞いてか、彼女も声を小さくする。
俺はマリーのこういう察しの良い部分が好きだ。
「悪い……多分、俺は今日でマリーとはお別れになるだろうな」
だが、その選択は俺がしたことだ。
今日、ここで彼女と話をする理由は単純。俺に、失望してもらう為。
とにかく身体が重くてしょうがない。身体能力が十分の一になっているのだから、当然と言えば当然なのだが。
「……でも、アルス。何か隠してるでしょ?」
「どういう事だ?」
「ランクGなんて聞いた事ない。それに、アルスがそんなのを授かるとは思えないよ」
……やはり相当に信頼が高いらしい。
その瞳が、俺の決意を揺らがせる。
「でも、事実だ。木札の偽装が出来ないのは、知っているだろう? そんなメリットもない。失望させて悪いな」
「……嘘。神様は、必然性のない事はしないよ。それに私『ピエロ』っていう才能がどんな効果なのか、まだ聞いてない」
鉄。
正にそう表現するのが相応しいだろう。
その一切の揺るぎなさを見て、俺は……ため息を吐いた。
「そっか。……分かった。じゃあマリー、君には俺の協力者になってもらうよ」
「うん。任せて」
まだ内容を話していないのに、即座に肯定された。
せめて話を聞いて欲しいものだ。
……それから、俺はマリーに自分の『ピエロ』というスキルを話し始めた。
その効果。欠点とメリット。
俺が天使から教えられた全てを、俺は教えた。
「……つまり、私が邪魔なんだ。アルス、私……どうすれば良いの?」
「俺だって馬鹿じゃないさ。マリーに俺の協力者になってもらったのには理由がある。能力が十分の一になる事を凌駕するメリットがな」
俺は不安を覚えたマリーを元気づけるように、不敵な笑みで言い切って見せる。
耳を傾けたマリーに、俺はゆっくりと説明した。
「マリー。君は、勇者になった。俺と同じ『Sランク』のスキルで、とんでもない影響力を持てる。俺の能力は、まず人に俺を認知させる所から始まる。悪印象を与えるのは、まず認知されてからだ。その点で、マリーが大きな発言力を持ったのは大きいよ」
それに……。
少なくとも、マリーが俺の協力者になってくれたら、精神的に楽になる。
俺には、たった一人でも味方がいるんだと。
そう思えるなら、どんな困難にだって、立ち向かえるから。
「つまり、私が『Gランク』のスキルを授かった人がいるって……そう良い回れば良いんだよね?」
「ああ。出来るか?」
「うん。やってみる」
このスキルは、憎しみでは効果を発揮しない。
あくまでも、見下される事。
これが大前提だ。
なら、何をすれば良いだろう。
俺はどこまで、いつまで自身のプライドを捨てれば良いのだろう。
それはーーきっと。
魔王を倒すまで。
「あ、それと何だが……マリー、出来れば水晶を入手して欲しいんだ」
「え、何で?」
「普通の人は倍率が変わらないだろうから必要ないだろうけど、俺の場合は自分の能力の倍率を常に把握しておかないといけないからな」
「……なるほどね」
実際に入手できるかは分からないが、無いよりかはあった方が絶対に良いので手に入れたい。
「でも、本当に良いの? こんな噂流しちゃって」
「勿論良いよ。俺の弱さの宣伝にもなるしな」
短い会話を終えると、俺たちは部屋を出た。
あまり話し込む訳にも行かない。
身体の重さに耐えながら、俺は歩き始める。
布石は全て打たれた。
後はーー待つだけ。
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翌日、村にかつて見たことのないほど大所帯の馬車が来た。
マリーを迎えに来たらしい。
家の中から遠巻きに覗く。
この世界に生まれて初めて見る貴族の格好は、やはり豪華な服をまとったイメージ通りの見た目だった。
その日のうちに、マリーは連れ去られた。
当然、婚約も解消されている。
元より選択肢などなかったが、告げられた時は胸の中で悲しさが溢れて涙が滲みそうになった。
今になって自覚するが、俺はマリーが好きだったらしい。
マリーに協力者になってもらったのは、きっと俺の我儘だ。
好きな子に、嫌われたくないという……そんな。
きっとこの先いつかその代償を払うことになる。
マリーが噂を広めて俺の能力が元に戻るまでは、しばらく満足に動けもしない。
次に会えるのは、きっと何年も先になる。
俺が魔王を倒せるほどの力を手に入れても、その実力が知られてはならない。
知られたら、人に『認められてしまう』から。
たった一人で、十分の一だ。
ただでさえ、噂はあっという間に広がる。
俺の力が人目に晒され、目撃者を逃がした日には、俺の力が消滅していてもおかしくはない。
ーーだから、目撃者は作ってはならない。
覚悟を決めよう。
この先、俺は足掻き続ける。
もし。
誰かに見られたら。
その時はーー目撃者を。
始末する覚悟もしながら。
全ては、魔王を倒すために。
人類の悲願を叶えるために。
そして、魔王を倒した後に俺の存在を明かし、その名前を後世に残すため。
俺がまともに動けるようになるには、八倍ーーつまり四千人の『侮蔑者』が必要だった。
恐らくマリーの尽力もあったのだろう。
四千人が俺を見下し、俺が家を出れるようになった時。
……既に二ヶ月の時が過ぎていた。
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