3話 道化師とは何か
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目を開けているのか、閉じているのか分からない。
何故なら、開けた視界が真っ白だったからだ。
首を振って辺りを見渡しても一面が真っ白。目を閉じた中での暗闇は経験があるが、こんな視界は初めてだった。
『アルス、聞こえますか』
声が聞こえた。
女性のような声に聞こえる。
と言うことは、彼女がーー神の使い、天使だ。
『貴方の才能について説明を行います』
天使、それは己の才能を教えてくれる存在。
だが大抵は意味のない、無駄な時間となる。
何故ならほぼ全てスキルが、既知の存在だからだ。
この時代、新しいスキルが見つかる事は滅多になく、大抵がありふれたスキルを授かることになる。
『アルス、貴方は別の世界から来たようですね』
ーー不意に投げられたその言葉に、俺はドキリとする。
そうだ。今、相対しているのは天使。
神の使い。
この心の奥底を覗き込まれているような気持ち悪さに襲われる。
『そう警戒することはありません。貴方が転生者であるのは自然の摂理。なればこそ、介入はしません』
嘘かは分からないが、その言葉に説得力を感じ俺は警戒心を緩める。
一旦話を飲み込み、俺は同時に次の言葉を待った。
『貴方が転生者であるなら、話が早いというだけです。ーーピエロ、つまり道化師を貴方はご存じですか?』
ピエロ……?
それは、あれだろうか。白のマスクを被って奇抜な格好をして芸を見せる、あのピエロだろうか。
『ええ、ご存じなら話は早いですね。つまり、貴方のスキルはーー道化師、です』
その言葉に頭が真っ白になる。
聞いたことのない職業だ。それもそのはず。そもそもピエロはこの世界にはまだ存在しない。
いや、だがーーそれは大きな問題ではない。
大事なのは……ピエロと言うのは、一体何ランクのスキルなんだ?
『Sですよ。勇者や賢者に並ぶ、最高級のスキルです。ま、一癖はありますけどね』
天使のフランクな口調に少し面食らう。
俺は一先ず安堵を抱き、それから天使に耳をすませる。
『それで、どうでしょう。スキルの説明を省略しますか?』
しないに決まっている。
知り尽くしているスキルならともかく、ピエロなんてのは聞いたこともない。
『ありがとうございます。近年は説明を省かれる人が多くて、寂しく思っていました』
天使の個人的な話に興味はないが、俺はそうかと共感を示しておく。
『では、まずこのスキルの効果から説明致しましょうか。効果は単純、貴方を道化だと見下す人がいればいるほど能力が上がり、貴方の事を認める人が一人でもいれば能力は大幅に下がります』
道化師……なるほど。
説明は理解できる。前の世界にあった道化師との関連性も分かる。
でもまだ抽象的だ。
強くなる、と言うのは具体的にどのくらい?
その倍率は?
『千人が貴方を見下せば、貴方の身体能力が二倍になりますね』
二倍……。
それは、弱くないだろうか?
『勿論、貴方を非常に強く見下している人間がいれば、その人が二人分以上の貢献をする場合もありますよ』
だが、だとしてもだ。
この世界の人口は知らないが、村の人口はせいぜい三百人程度。村の人間全てから蔑まれたとしても、二倍にすらならないなんて。
『疑問は分かります。二倍、といえば下級剣士が剣術の扱いに関して持つような倍率ですからね。同じSランクの『勇者』は剣術関連の能力だけでも千倍の倍率を誇ります』
なら……何故ピエロがSランクのスキルに分類される?
『良い質問です。先ほど、千人で二倍と言いましたが……二千人で四倍になります。では、三千になったら? 答えはーー八倍です。千人分毎に、能力が倍ずつ増えていくとお考えください。つまり、一万人で千二十四倍です。身体能力だけとはいえ、この時点で勇者に倍率がならびます』
っ……それは、とんでもない能力じゃなかろうか。
勿論、この小さな村だけで一万人を達成するのは到底無理だ。
それどころか千人すら達成できないだろう。
だが大きな街を幾つか回って、沢山の人に道化だと思われれば。
すぐに一万人など達成できる。
だがーーそれだと強すぎだ。
強さの倍率は分かった。
だが、それなら弱体化の倍率は?
自分を認めるほどがいればいるほど弱くなる、というその倍率は?
『一人毎に十分の一』
……え?
頭がフリーズする。
聞き間違えたか?
千人毎に、十分の一ではなく?
『二人いれば百分の一になり、三人いれば千分の一になりますね』
それは。
つまり。
『例え貴方が一万人を欺き、勇者と同じ力を手にしても。その力を使って、たった三人でも貴方の本当の力を知るものがいればーー貴方は一般人と同じ能力まで下がる』
何だ。
何なんだ、その能力は。
あまりにもーーデメリットが重い。
『戦闘中もそうです。この対象は人に限定されるため、魔族や魔物に貴方の力を知られるのは問題がないでしょう。ですが、対人戦においては貴方が一撃で仕留めきれずに警戒された場合、それだけで貴方は十倍弱くなる』
っーー。
それは、つまり。
『ええ貴方は極力、一人にも能力を明かす事なく道化を演じ続けなければなりません。特に、魔王を倒したいのであれば』
……ゴミみたいな能力だ。
理解できる。この能力は、きっと極めればぶっ壊れと言っていいチート能力になる。
けれど。
同時に、足枷だ。
この能力を使うのは、自分の人生を投じなければならない。
誰一人にさえ自分を警戒させてはならず。
プライドをドブ川に捨てて道化を演じなければならない。
『この能力は特殊です。故に今だけに限った話ですが、貴方にはこの能力を破棄する権利が与えられます』
破棄したら、どうなる……?
『それは勿論、スキルを持たない、【平民】として生きていく事になるでしょう』
平民。それはごく稀に出る、Fランクの、何の効能も持たないスキル。
それに、なれということか。
だが、それは無理だ。
平民のスキルじゃ、魔王は討伐できない。
……なあ、天使。ピエロに、他の能力はないのか?
『良い着眼点ですね。ですが、ありませんよ。強いて言うなら、ピエロのスキルを与えられる人間は元々ある程度相手を騙す技量や演技力が高い傾向にあるくらいでしょうか。自覚は?』
……まあ、多少はあるかもしれない。
これまでずっと転生者である事を隠して、幼い子供達の中で天才を演じていた訳だから。
『では、説明は以上ですね。他に何か質問は?』
……。
それなら、一つ良いか?
『何でしょう?』
認められている状態や見下されている状態って言うのは、誰から見てだ?
俺から見てか?相手から見てか?
『神から見て、ですよ』
……なるほど。
『質問は以上ですか?』
ならもう一個。これで最後だ。
『何でしょうか』
そもそも、矛盾していないか?
ピエロ、と言うのはSランクのスキルだ。勇者や賢者に並ぶ。これは国によって呼び出され、国に特別な地位を与えてもらえるほど、尊敬の目を向けられる憧れの『スキル』だ。
なのにピエロはその性質上、他人に認められるのは許されない。
尊敬、憧れ。その一つ一つが、自分の能力を大幅に弱くする。
『何が言いたいのです?』
さっき、俺がこのスキルを破棄できるのは『権利』だって言ったよな。
なら、その権利を別の願い事に使えないか。
『はあ……? あ……あはははっ。なるほど、そう来ましたか! それはそれは、実に人間らしい、我儘で傲慢な願いですね? ですが……良いでしょう。大きな願い事は叶えられませんよ?』
ああ、勿論大した願い事じゃない。
小さな仕事だ。
『良いでしょう。では、聞かせてもらいましょうかーーその願い事とやらを』
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目が自然と開いた。
自分の木札に浮かび上がった文字が、目に入る。
しっかりと要望に答えてくれた天使を見て、俺は頬が緩みそうになってーー強い意志で自分の表情を律した。
ーーこれから、俺は道化の仮面を被る。
今から、全ての人に道化だと笑われなければならない。
それはマリーも例外じゃない。
彼女の両親は、俺との婚約をあっさり破棄するだろう。
それくらいには、『スキル』はこの世界における絶対的な評価を持っている。
それでも構わない。
俺はーー決めたのだ。
魔王を倒す為に、手段は選ばないのだと。
「アルス君。貴方のスキルはーー【ぴえろ】……? 聞いた事がありませんね……。ランクは……G!? う、嘘でしょう!? いやでも本物に間違いはない……。まさか、そんなランクが存在するとは……」
神父の言葉に、教会中がザワザワと騒ぎ始める。
俺は天使と取引をした。
それは、木札に出されたランクを偽造するという願い事。
木札の偽造はありえない。それは神界によって刻まれる文字であり、人間が上から書き換える程度でもすぐにバレる。
ならば、天使自身に偽装させてしまえば良い。
「アルス君。前例がない事なので、一旦貴方の能力値を確認させてください。倍率を確かめます」
そう言われて、俺は神父に手を引かれ水晶へと手を伸ばす。
一歩、歩き出して見て分かる。
身体が重い。息があがる。
そんな中、マリーと視線が交差した。
彼女の視線が突き刺さる。
ああ、やっぱり。
マリー、君は神父の一言くらいじゃ、俺への信頼は揺らがないのか。
既に神殿中には俺に対する半信半疑な視線が殆どといえど、中にはもう露骨に蔑みの目を向けてくるものがいる。
スキルは人の評価に直結する。
自分より上か、下か。Gランクのスキルは誰の目から見ても格下だ。
先ほどEランクのスキルを貰って悲しんでいた彼も、どこか気を取り直した顔をしながら俺の動向を注視している。
明らかに見下した視線を含めながら。
ーーああ、良い。これで良い。
人間とはかくも愚かな生き物で。
本当にありがたい。
「はぁ……はぁ……」
「どうかしましたか、アルスさん?」
「……いえ、少し疲れただけです」
歩いたのはたった十メートルほど。
なのに、俺はもう息が上がって汗を垂らしている。
俺の言葉に、周りの村民の連中は半信半疑の『疑』を更に高めていく。
「水晶に手を」
「はい」
水晶に手をかざすと、パラメーターらしきものが浮かび上がった。
改めて、この世界は前世のゲーム的要素を多分に含んでいる。
それが神様の作った必然なのか、たまたま被っただけなのか、俺には想像のしようもない。
けれど。
「十分の一……。アルスさん。貴方の身体能力は、事前に測っていただいた能力の、およそ十分の一になっています」
『スキル』に置いて、倍率値とは変動しないものだ。
Sランクスキルの勇者でさえ、『千倍』という倍率が変わることはない。成長するにはその人物の基礎の技量を伸ばしていく他ない。
「う、嘘だ……」
だから、この場において、殆どの人にとって俺のスキルの倍率は決定した。
「アルスさん……残念ですが、事実です」
「待って。も、もう一回! 頼む! こ、こんな筈ない! だって、母さんと父さんはBランクのスキルだぞ!? そ、そんな。嘘だ、嘘だ、嘘だ……!」
十分の一。前代未聞のその数値が、彼らにとっての事実だ。
俺の焦りと、滑稽さに周囲から蔑みを含んだ同情の視線が投げられる。
上手く演じられているらしい。
読みは完璧だ。
ああ、良かった。
マリー、やっぱり君は。
俺のスキルが『Gランク』だと判明しても、『認めて』くれるんだね。
その後日、街は慌ただしく巡っていた。
ウェンノルという街から『Gランク』のスキルと同時に、『勇者』のスキルを持った少女が生まれたという話題が、次の日の新聞の表紙を掻っ攫ったからである。
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