2話 とある転生者は生まれる
前世の記憶に、いい思い出は無い。
新卒で入社したのはブラック企業で、あっけなく二年目にて過労死して死んだ。何一つ特別な人生ではなくて、だからこそーー自分が異世界に転生するような人間だとは思わなかった。
この世界には、記憶を持って生まれた。
新たな名前は、アルス。ありふれた名前の一つだ。
生活水準に不満はあったものの、家は貧相ではなかったし、育つ速度も速かったから新たな両親には天才だと持て囃された。
ただの凡人にすぎない俺でも、この中世ヨーロッパのような世界観で、しかも赤子の頃から記憶を持っているならーー偉大になれるかもしれない。
幼い頃にして、俺はそんな野望を抱いた。
また凡人として何者にも慣れないまま死ぬのは嫌だ。歴史に名を残す。そんな夢を、両親から褒められる度に、俺は強く胸に刻み込んでいった。
どうやら、この世界には才能の儀というものが存在するらしい。
子供達は皆、十二歳になる頃になると教会に集まり神様から一つだけ『スキル』というものを授かるそうだ。それは『剣士』であったり『学者』であったり。
とにかく、十二歳以上になれば人物の評価は『スキル』が大きく重視される。
当然、転生者という特別な立場にいる俺は自分も特別な『スキル』を貰うと信じて疑っていなかった。
だってこの世界には転生者が一人もいない。過去の記述にも一才転生者の存在は確認されていない。
自分だけ、自分だけなのだ。
しかも父親は『Bランク』の才能と区分されている『上級剣士』で、母親も同様に『Bランク』の『上級魔術師』。
遺伝の要素も絡むと言われる『才能の儀』で自分が低いランクのスキルを貰う可能性は限りなく低かった。
浮かれていた。
全てが、自分の思いのままに進むような万能感があった。
けれどーー。
この世界の神様は、斯くも残酷らしい。
鉄のような血の匂いが充満している。
真っ黒な夜闇の空をしながら、辺りは異様に明るい。
耳に劈くのは人々の喧騒と悲鳴と、怒号。
肺が張り裂けそうになる。それでも足は止めない。
炎の中を駆けて、自分が地面を蹴る足音だけが響き渡る。
『魔王の軍勢』
それが俺の住んでいる町を滅ぼした存在の正体。
異変を察知した俺は、すぐに街の住人に報告したが間に合わなかった。
スキルが開花する以前の問題だった。
まだ六歳の俺には、何の力もなくて逃げるという選択肢以外なかったのだ。
結局、あの街で逃げ切れたのは俺だけだったらしい。
それとも何らかの因果で、俺だけが逃がされたのか。
あの暗闇の中だ。一緒に逃げた子供達の中で、途中で逸れた者が多かった。
道で揉めて、二手に別れて結局二度と会う事のなかった者もいた。
追いかけてきた魔族に食われた者もいた。
あるいは疲れ果てて倒れた者もいた。
兎に角、生き残ったのは俺だけだった。
一晩中逃げた先で、別の村に保護された。
その先で聞いたのは、あの街は魔王軍を退けつつも、完全に街は崩壊したという事。
そして戦力として駆り出された両親は、戦死を遂げたという事。
淡々と聞かされる大人達の言葉に反駁する気にもなれなかった。
鬱屈とした感情で、保護された先の孤児院で、しばらく誰とも口を聞く気になれなかった。
少しずつ記憶が色褪せ、両親への未練も無くなっていく中。
明確な目標が出来た。
魔王を討伐する事。
両親の敵であり、魔族を作り続ける存在を倒し一千年に渡る戦争を収束させる事。
そしてその魔王の討伐によって、自分の名を歴史に残す事。
単純明快な答えだった。
やがて孤児院から、とある村の老夫婦の元に俺は引き取られた。
そして……その野望を胸に秘めたまま、俺は十二歳になった。
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季節は流れ、俺はついに才能の儀を受ける年齢になった。
「アルス! 早く行かないと遅れるよ!?」
「マリーか。悪いな、今いくよ」
合わせていた手を離して、俺は墓地から離れる。
去年、俺を引き取ってくれた老夫婦が亡くなった。俺がちょうど一人でも仕事をこなせるようになってきたタイミングで、最初におばあさんが、次におじいさんが老衰で亡くなった。
当時は立て続けに恩人が亡くなり、かなりショックだったが、当時は俺も既に十一歳。
十五歳になれば成人と看做されるこの世界では、一人では生きていけないと嘆くような年では既になかった。
現在俺は村長の補佐として倉庫管理の仕事を任され、この小さな村で働いている。村で唯一計算が出来た俺に与えられた良い仕事だ。
だが殆どの時間を仕事に費やしているため、俺は友達が少ない。
唯一仲がいいのは、この村に来てすぐ親密になった幼馴染のマリーだけだった。
「今日はいよいよ才能の儀の日だな」
「うん! 楽しみだよね! 何もらえるかな〜」
純粋に顔を綻ばせる彼女を見て、俺も釣られて自然と笑顔になる。
彼女の笑顔は、俺にとってずっと心の支えになって来た。
間違いなく美少女と言って差し支えのない可愛い幼馴染。村の男子から嫉妬されることは多々あれど、そんな欠点が霞むくらいには彼女が大切だ。
「ああ、楽しみだな。でも……俺は、魔王を倒せるようなスキルだったら、何でもいいよ」
「アルスなら大丈夫だよ! それに、魔王討伐には私も連れてってくれるんでしょ?」
「……ああ、そうだな。マリーを置いてくつもりはないよ」
はにかむような笑顔を向けられ、俺は心が高鳴るのを自覚する。
僅か十二歳の少女だ。俺は前世を合わせたら、三十を超える。なのに彼女を愛おしく思うのは、身体に感情が引っ張られているからだろうか。
「おいおい、アルス達じゃねぇか。今日もお熱いな」
「けっ、いいご身分だぜ」
歩いている途中、背後から声を掛けられて振り返る。
同年代ほどの男子が三人。一番背の高いリーダーっぽい男子の前に立った二人ーーマレスとドグラが、俺を見るや否や声を掛けてきた。
「……ライト達か。お前らだって婚約者とはよろしくやってるだろ」
「マリーを嫁に貰えたお前には言われたくねぇよ」
「オレなんてあのエラだぞ。家を歩かれる度に軋む音がするんだぜ?」
口々に彼らは嫉妬を含んだ言葉を投げかけてくる。
だが、どこか本気ではないのだろう。どこか冗談を言っているような雰囲気もある。
「可哀想だとは思うが悪いが、マレス、お前の食費事情は俺に関係ないからな」
「くっそ、ちょっと計算が出来るからって頭に乗りやがって……」
何分、狭くて人口も少ない村だ。
小さい頃に結婚する相手を親に決められてしまう子が殆どである。
最も、あくまでこれは十二歳までの仮の婚約者だ。
十二歳になれば『才能の儀』がある為、その時に婚約者を変えるという場合が多い。
だが村で一番可愛いと人気のマリーを、ご両親が俺に託したのは村長の補佐をしているという部分も大きいのだろう。
「おい、アルス。俺の方が腕っぷしは強いからな」
そこで彼らのリーダーであるライトが話しかけて来た。
まだ十二歳の少年らしく、ギラギラとした闘争心を向けられる。
「ライト。お前の腕っぷしが強いのは認めるが、強いのは俺の方だ。魔王を倒す人物になる男だからな」
ライト。村では一番腕っぷしのある子供として評判が高い。
ご両親も互いに『中級剣士』というCランク同士のスキルで、見込みのある人物だ。
そのせいで、この村での俺の腕っぷしは二番目だという風に評価されてしまっている。
だがそれも今日までだ。遺伝子の都合上、才能の儀では、俺の方が良いスキルをもらえる可能性が高い。
こいつとは、小さい頃からずっと張り合ってきたライバルだ。だからーーこいつにだけは負けたくない。
「はっ。なら、今日白黒つくな」
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雑談を交わしていると、俺たちはあっという間に村から数キロ離れた先にある街の教会についた。
この才能の儀には、村の人間全てが集まる。
今日は俺たちのトレーウ村の子供達のスキルが与えられる重要な日だからだ。一年の恒例行事で、俺たちは去年も見守る側として参加した。
計三百人ほど。村の人間全てが一度に見れる様子は、祭りの日と今日くらいだ。
「おや……今年は多いですね」
神父が呟く。
毎年五、六人ほどの子供が才能の儀を受けるのが常だが、今年は八人だ。
俺とマリー、さっきのライトら三人に、顔だけは知っている三人。
最初に名前を呼ばれたのは、顔だけは知っている三人組だった。
彼らは特性の木札を持って目を閉じ、神父の立ち会いの元で祈りを始める。
すると木札に文字が刻まれており、それを見て神父は子供のスキルを確認する訳だ。
「カイ、貴方のスキルは『運び屋』ですね。ランクはEです」
その神父の声に、カイと呼ばれた少年が落胆の色を見せる。
スキルにはランクがあり、SからFまでが存在する。
こういう所は非常に前世でいうところのゲームっぽい。Sが一番上で、Fが一番下だ。
「ーーはい。マレスさん、貴方は『下級魔術師』です。ランクはDですね。では……次。ライト君、前へ」
順調に順番が進み、ライト組の三人も残すはライトだけとなった。
ライトの次は俺とマリーである。
尚、ドグラもDランクのスキルだった。
スキルは『下級剣士』である。
俺はライトが壇上に上がるのを眺める。
自分で思っている以上に、俺はライトの事を意識しているようだ。
自然と目が吸い寄せられ、神父が木札を受け取るのを固唾を飲んで見守る。
「ライトさん、貴方はーー『上級剣士』! Bランクのスキルですか……!」
その言葉と共に、周りから歓声が上がった。
感極まって涙を流しているのは、ライトのご両親だろうか。
壇上から降りたライトが、真っ直ぐこちらへと向かってくる。
その様子を注視していると、目が合ってライトが不敵に笑った。
ーー挑発。
その行動に、俺の腹の中で熱が沸々と湧き上がる。
「負けねぇ……」
「アルスなら心配いらないでしょ。ほら、頑張ってきて」
呟いたところで、隣の少女から励ましの言葉を頂く。
それに微笑みを返し、俺は歩き出した。
「ああ、行ってくる」
神様が、俺を異世界に来させたのにはどんな理由があるのだろう。
それは俺が生まれた時から考えている事で、今もまだ答えが出ていない問題。
あるいは、そこに必然性などないのか。
けれど、俺はこう思うのだ。
魔王をーー倒せと。そんな使命で生まれてきたと考えた方が、自信になると。
だから、俺はそれで良い。
俺は、自分が生まれた意味を、魔王を倒す為だと定義する。
清められた木札を取った。
神に祈れば、ここに文字が浮かび上がるらしい。
幸いにも、俺は読み書きが出来る。神父様に確認してもらうよりも前に、自分のスキルを知れるだろう。
ああ、楽しみだ。
みんなの驚く反応が。
スキルは何だろうか。かつては、『勇者』というSランクのスキルもあったらしい。
俺はそれを授かったりするのだろうか。
今日は、かつてないほど胸が高まっていた。
膝を突き、祈りを捧げる。
神父が何やら呪文のような物を唱えている。
その瞬間ーー視界が真っ白になった。
ランキング入り目指してます!
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