第57話:バズり その2
動画が終わり、画面には再びスタジオが映し出された。
『こちらの動画! なんと番組放送開始時点で“三十万いいね”されてるんですよ!』
え~とかすご~いとか、コメンテーターたちの合いの手が響く。
……何これ。
なんであの動画がこんな橋本◯奈の“奇跡の一枚”みたいなバズり方してんの?
『元は昨日Tiktakに投稿された動画ですが、そこで大バズり! 更に他のSNSにも転載され、現在の総再生数は何と……約1000万回超え! 今日のバズ動画調査隊は、この動画の彼女に迫っていきたいと思います!』
ガラガラとキャスター付きの大きなパネルがアナウンサーの下へと運ばれてくる。
『では、まずは……名前を見ていきましょう! じゃじゃん!』
彼女がパネルの一部を隠しているシールに手をかけ、それを一気に剥がすと下から『朝日光』の文字が出てきた。
『名前は朝日光ちゃんです! 皆さん、ご存知でしたか?』
アナウンサーからの質問に、芸能人のコメンテーターたちが首を左右に振る。
若い世代には人気とはいえ、ティーンモデルなので三十代以上にはまだ知名度が高くないのかもしれない。
そう思って見ていると、一人の若い女性のゲストがおずおずと手を上げた。
『朝日光ちゃんって……あれですよね。テニス選手で、モデルもやってる』
『はい! そうなんです! この朝日光ちゃん……なんとテニス選手で……国内ジュニアランキングで一位なんです!』
またパネルのシールが剥がされて、その下から『国内女子ジュニアランキング一位』の文字が現れる。
『しかも、まだまだそれだけではありません! なんと、さっき遠野さんが言ってくれたように並行してモデル業も行っていて……先月発売されたナナティーンでは表紙も飾っているんです!』
再び、『すご~』と感嘆の声がスタジオに響く。
『なので元々、若い世代には知名度が高かったんですが、昨日投稿したこの動画がバズりにバズって遂に全国全世代デビューを果たしたというわけですね』
『僕も今日知りましたけど、もうファンになりましたよ!』
レギュラーの芸人が冗談なのか本気なのか分からないような口調で言う。
大型のパネルには、ネット上の反応なども載せられてる。
『この子、誰!? かわいすぎ!』
『ガチ恋っていうかマジ恋しました。結婚してください』
『テニス選手なのにアイドルとか女優並に美人!』
『推したいんで振込先を教えてください!』
文字から伝わってくる熱狂に、本物の大バズになっているのが良く分かった。
『そしてなんと! 今日は、そんな大大大バズの渦中にいる御本人と中継が繋がっております!』
「……は!? 中継!?」
中継が繋がっている。
その言葉に思わず驚愕の声が飛び出した。
『グッドアフタヌーンをご覧の皆さん! こんにちは! 朝日光で~す!』
中継のカメラへと画面が切り替わり、ドアップの光が映し出された。
練習の合間を縫っての登場なのか、テニスウェアを着ている。
『はじめまして~! TVSアナウンサーの佐々山です!』
『はじめまして! いつもテレビで見てます!』
『ありがとうございます! 早速なんですけど、今回の大バズリ! 御本人としてはどんなお気持ちですか?』
『え~……びっくりしたけど、大勢の人に知ってもらえたのはすごく嬉しいですね。でも、やっぱりちょっと恥ずかしいのもありますけど』
場馴れしている。
そんな言葉では全く足りないくらいに、堂々と喋っている光。
画面の向こう側とこっち側という以上に、また遠い存在になったように感じてしまう。
『さて、そんな朝日光さんですが! 実はお母さんはあの高山光希さんなんです!』
アナウンサーの口から発せられた言葉に、スタジオからまた驚きの声が上がる。
『高山光希さんって言うと元テニス選手のですよね?』
『はい、そうです! 今から二十五年前に、“みっちゃんフィーバー”を起こしたあの高山光希さんです! と、言っても私はそんなに詳しく知らないんですけど……吉本さんなんかは世代ですよね? 当時はどうだったんですか?』
アナウンサーが、ちょうど光のお母さんと同年代と思しきコメンテーターの男性に話を振る。
『いや、あの時はほんとすごかったですよ。まさに今で言うところの大バズリでね。毎日どのニュースを見ても出てない日は無いってくらいでした。僕らの世代のどんなアイドルよりもアイドルしてたんで、若くして引退された時はすごく惜しまれましたよね』
『じゃあ、光さんはそんなお母さんの意思を引き継いで頑張ってるわけですね?』
『はい……と答えたいところなんですけど、実は違うんです』
『え? ち、違うんですか?』
若干困惑しているアナウンサーを置いて、光が更に続けていく。
『はい。テニスでプロを目指すって決めた時に、お母さんが最初に教えてくれたのが“まずは自分のためにプレーしなさい”ってことだったんで。だから、私としては大好きなテニスをしてたら、いつの間にかここまで来てたって感じなんですよね』
『なるほど~……それは好きこそものの上手なれを体現してると言いますか、すごく良い話だと思います』
『ありがとうございます。あっ、でも最近はある人に見てもらいたいから頑張ってるって気持ちも少しだけありますね』
画面を通して、光と目が合う。
『ある人、ですか……?』
『はい、その人はテニスをしてる時の私が一番かっこいいって言ってくれるんで!』
ごく個人的な光の話に、スタジオの人たちは若干困惑している。
今この番組を見ている何十万何百万の人も多分同じ気持ちでいるだろう。
ただ、この世界で唯一俺だけが公共の電波を通して改めて告白されたような気分でいた。
『では、今日のバズ調査隊はここまでになります! 朝日さん、今日はありがとうございましたー!』
『はーい! こちらこそありがとうございましたー! 今度はスポーツコーナーで特集されるように頑張りまーす!』
そんな嬉しいような恥ずかしいような心地でいると光の出番が終わり、中継が打ち切られた。
まさか、あの動画がそんなにバズってるなんて……。
そう思いながらSNSを開いて光のアカウントを確認すると、確かに件の動画の“いいね”の数は凄まじいことになっていた。
しかも、今の番組の効果なのかトレンドにも『朝日光ちゃん』が上位に食い込んでいる。
関連する投稿を見てみると、『可愛すぎる』『ファンになった』『顔推し確定』などの絶賛の言葉が溢れかえってた。
今まさに、朝日光が国民的なスターに上り詰めようとしている現場を目の当たりにしている感覚を覚える。
『見てくれた?』
この異常事態に一応の当事者としてどういう気分で居ればいいのか分からずに呆然としていると、光のお母さんから改めてメッセージが届く。
『見ました。驚きました』
『ごめんね。我が娘ながらあまりにも可愛すぎたから、ついアップしちゃった』
『頼まれて撮ったものですし、それは大丈夫ですけど……』
動画は上手く編集されて、俺の存在は絶妙に消されていた。
本当に彼氏が彼女を撮っているわけではなく、そういうコンセプトで撮影したPR動画にしか見えない。
『なら良かった。やっぱり君に撮影を頼んで正解だったわね。おかげで昨日からずっと問い合わせも殺到してるし、上手く行けばこれまで接点のなかった業界のスポンサーなんかも増えたりして』
そんなメッセージと共に笑顔のスタンプが送られてくる。
強かなお母さんだなぁ……。
でも、元々一線で活躍してたプロとしてスポンサー集めの大事さと大変さは身にしみているんだろう。
『でも、なんでこんなにバズったんでしょう……。正直言って、俺からすれば普段通りの光の普通の動画にしか見えないんですけど……』
メッセージを送ってから、手元のスマホで改めて例の動画を再生する。
『笑顔? 笑顔の私が一番かわいい? じゃあ、そんな君のために最高の笑顔で……イェーイ! ピース!』
軽妙なBGMと共に、光がカメラに向かって至近で愛嬌を振りまいている。
確かに可愛いと言えばめちゃくちゃ可愛いけど、ここまでバズるような特別感のある動画には思えない。
練習の合間に撮影しただけの、至って自然体な普通の光の動画だ。
『そりゃあ、黎也くんからしたら普通の動画でしょうね』
『どういう意味ですか?』
『君は世界で一番の幸せ者だってこと』
改めて告げられてもよく分からない言葉に、首を傾げる。
どういう意味だろうと考えていると、思い出したかのように腹がグゥっと鳴った。
スマホの画面上では、『朝日光ちゃん』の文字がトレンドランキングを登り続けている。





