第56話:バズり その1
――夏祭りの日から二日後の金曜日。
俺はパソコンと向かい合って、ひたすら表に文字列を入力し続けていた。
「明日、光が来る前にキリの良いところまで仕上げないと……」
カチカチと青軸スイッチの軽快な音を鳴らしながら入力しているのは、大樹さんからGOの出たイベント用のテキスト。
俺たちの作っているゲームはいわゆる『ローグライク』や『ローグライト』と呼ばれるジャンルであり、本来であればシナリオはさほど重要ではない。
しかし、本作はTRPGに端を発する古典RPGの要素を取り込んでおり、イベントにおけるテキストはプレイヤー体験に大きな影響を与える仕組みになっている。
元のタイトルから既に大きな変更がいくつも加えられてはいるが、一応は原案者としてシナリオや世界観に関わるテキスト関係の作業は俺に一任された。
「えっと、教団関連のイベントはどのキャラと関わりがあるんだったかな……」
自分用にまとめた設定シートを読みながら、パターンごとのテキストを埋めていく。
一つ一つの文章量は多くないが、選択肢やパーティメンバーの特性によるイベント内容の変化を含めればかなりの量になってくる。
それでも自分でやると決めた以上、泣き言は言っていられない。
朝起きてから食事以外の時間は趣味のゲームも控えめにして、作業へと打ち込んだ。
「ふぅ~……かなり進んだな。ちょっと休憩するか……」
集中して出来たおかげで、昼過ぎには目標も九割方達した。
あまり根を詰めすぎてもダメだし、少し休憩しよう。
とりあえずスマホをチェックするが、今日は珍しく光からメッセージは無い。
練習に集中してるんだろうかとヘッドセットを外して、昼食の準備に取り掛かろうとしたところで――
――ピロン。
会議アプリが通知音を鳴らし、誰かが俺の作業部屋へと入ってきた。
「よっ」
画面に奇妙な球体のキャラが表示されたのと同時に、機械音声っぽい女性の声がヘッドホンの内側に響く。
「スフィアさん。ども、こんにちは」
入ってきたのは、ユグドラシルゲームズのデザイナー『明石スフィア』さんだった。
「おう。ちょっと、話あんだけど今大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですけど」
「この前、お前が上げてくれた新キャラあるじゃんか。あいつのデザインを起こす前にちょっとお前からいくつか話を聞いておこうと思って」
「女パラディンのことですよね。いいですよ」
「おっけ。じゃあ、まず古典RPG的にはパラディンといえば“誓い”だけど――」
明石さんの質問に、手元の設定シートを参照して一つ一つ答えていく。
変な人ではあるけど質問の内容は的確で、デザイナーの人がどういう点を気にしながらキャラクターのイメージを作り上げていくのかすごく参考になった。
「なるほどね。誓いを破ると夢魔になるってのは面白ぇな」
「はい、まあこれは後から思いついて付け足した設定なんですけど」
「ふ~ん……で、最後にもう一つだけ」
「なんですか?」
「このキャラ、モチーフは光ちゃんだろ?」
最後にして核心を突かれた質問に、これまでペチャクチャと早口で喋ってた舌が止まる。
「……まさか、そんな公私混同しないですよ」
実際はしてしまっているわけだけど、ここはそう答えるしかなかった。
「別に公私混同なんて程のものでもないだろ。身近なものをモチーフにするなんて、よくあることだし」
画面の中で球体がポヨンポヨンと跳ねながら言う。
「スフィアさんの、そのアバターも何か参考にしてるんですか?」
「話を逸らそうとするな」
ちっ、バレたか……。
「正直に答えろ。これは光ちゃんなんだろ? 大樹には黙っといてやるから」
「……まあ、インスピレーションは大いに与えてもらいました」
どうせもうバレてるようなものなので、正直に答える。
「……じゃあ、この誓いを逆手に取られてメイド服を着せられるイベントってのも、現実の出来事が元ネタなのか? 光ちゃんにメイドのコスプレをさせたのか!?」
「そこまで答えないとダメですか……?」
「当たり前だろ。お前が現実の光ちゃんからインスピレーションを得たように、俺もお前の体験談からインスピレーションを得て創作に活かすんだから」
そう強弁されると、一理あるように思えてきた。
「コスプレって程のもんじゃないですけど、着てはもらいましたね……」
「ちっ……まじで着せてんのかよ。写真は?」
「あるにはありますけど、流石に本人の許可無しには見せられないですよ」
流石に守るべき一線は死守する。
俺のスマホに眠っている数百枚にも及ぶメイド朝日光の写真。
あれは門外不出の財産だ。
「人類の資産を独占するのか?」
「人類のって……大げさすぎません?」
「大げさじゃねーよ! 朝日光は人類の至宝! 本来なら皆がその恵みを少しずつ分け合うはずの存在だったのに……独占しやがって!! 少しは分けろよ~!! 分けろ分けろ分けろ~!!」
子どものように駄々を捏ね始めたスフィアさん。
画面の中ではアバターが、モンスターをストライクする某スマホゲームみたいに暴れまわってる。
「分かった! 分かりました! 本人に事情を話して、許可が出たら見せますから……」
「分かればいいんだよ」
すん……と、アバターも一気に大人しくなる。
クリエイターとしては尊敬できるけど、人間としてはかなり際どいな……。
「じゃあ、ついでに聞くけど……サキュバス化するのも本人の特性なのか?」
「……は?」
「あの光ちゃんが、実はお前と二人きりの時はすっげー大胆になったりすんの……?」
「そんなの、答えられるわけないじゃないですか……」
「作品をより良いものにするために、ゲームの看板に成り得るキャラを掘り下げるのは大事だろ」
「……大胆っていうか、二人きりだとめちゃくちゃ甘えてはきますね」
作品を盾にされては、答える以外の選択肢はなかった。
「あ、甘え……ど、どんな風に……?」
「どんな風にって……そこまで必要ですか?」
「大丈夫。今のあた……俺は全ての負の感情を創作意欲へと変換させるモードに入ってるから心置きなく惚気けろ」
「普通に……密着してきたり……」
「ひ、光ちゃんと密着……!? に、匂いとか柔らかさとか堪能してるってコト……!? ほ、他には……!?」
画面上でアバターまで鼻息を荒くし、頬を朱色に染めている。
そんなところまで認識するのすごいな……。
「その状態で身体を触ってきたり……逆に触って欲しいって言ってきたり……。後、ご飯の時なんかは食べさせて欲しいってよく言われます……」
「た、食べさせって……いわゆる『あ~ん』……ってやつ?」
「まあ、俗に言うそれですね。食べさせてくれないと食べないって駄々を捏ねたり」
「へ、へぇ……意外に子供っぽいんだな……」
「そうなんですよね。外向きには天真爛漫だけどしっかり者のイメージを発信してるんですけど、実はかなり甘えん坊でいたずら好きな子供っぽいところもあるんですよ」
そこが可愛いんですけど……って言葉は何とか飲み込みつつも、一度口火を切ってしまうとその魅力語りが止まらなくなってしまう。
「じゃ、じゃあさ……やっぱり、その……き、キスとかも好きだったりすんの……?」
「そうですね。かなりのキス魔です」
「き、キス魔……!?」
「一度スイッチが入ったら最低十回はしないと満足しないんで」
「さ、最低十回……!? つまり、最高は二百五十六回か……!?」
アバターがグルグルと目を回して、そのままグニャっとへたり込む。
その後もリクエスト通りに光の魅力を語り続け――
「あ、あんがと……も、もう十分……お腹いっぱい……」
最終的にはスフィアさんの方がギブアップを宣言して、俺の勝利に終わった。
ちょっと語りすぎた気がしないでもないけど……まあ、いいか。
「ところで、今後は俺から逆に聞きたいことがあるんですか?」
「ん? 何を?」
「スフィアさんと大樹さんって、昔からの知り合いなんですよね?」
「昔って言っても中学の時だけどな。俺は頭悪いから高校は別だし」
その名前を出した途端に、ダウンしていたアバターがむくっと起き上がった。
「へぇ~……なのに何年も経ってからスタジオに誘ったってことは、よほどスフィアさんの絵の才能に惚れ込んだんですね」
「よ、よせやい……褒めたって才能以外は何も出ないぞ……」
身体をグネグネと拗らせながら照れている。
何か、少しだけかわいく見えてきたかも。
「で、本題は別なんですけど……大樹さんってやっぱりモテてました?」
「なんだよ。その質問は……もしかして、光ちゃんだけじゃ飽き足らず大樹にまで食指を伸ばそうとしてるのか……!?」
「そんなわけないじゃないですか……。ただ、本人はそういう話をあんまりしないんで実のところはどうだったのか気になっただけですよ」
「あっそ……ん~、まあかなりモテてたんじゃね。俺はそんなに詳しく知らないけど、あのルックスでスポーツも出来て頭も良いしな」
「まあ、そうですよね」
普段は大樹さんの憎まれ口ばかり叩いているけれど、褒めるところは素直に褒めるんだなと少し驚く。
「でも、知っての通りで中身は変わり者だからな。表面のステータスに釣られてやってきた女もそれを知ったらすぐに引いてたし、本人も当時は特に恋愛に興味のある素振りもなかったから特定の誰かと付き合ったみたいな話は聞いたことねーな。だから、まともな恋愛経験はラ◯プラスくらいしかないんじゃね」
「それも大体予想通りですね。ラブプ◯スは恋愛経験に含まれないと思いますけど」
概ね予想していた通りの答えに、特に驚きはしなかった。
多少でも恋愛経験があれば、衣千流さんの前であんなにテンパらないだろうし。
ただ今度のデートに備えて、何か良さげな情報でも見つからないかと思った当ては外れてしまった。
こうなると後は光のプロデュース次第かと考えていると――
――ピロン。
再び会議アプリの通知音が鳴り、今度は横谷さんが入ってきた。
「もしかして今、大樹くんの話してた?」
ひょっとしたらこの人が一番やばい人なのかもしれない。
そうして、三人で雑談をしている間に時刻は十四時になろうとしていた。
「ふぅ……流石に腹減ったな……」
会議通話を終え、今度こそとヘッドホンを外して椅子から立ち上がる。
時間も遅くなったし、今日はもう冷食を温めるだけでいいかと冷蔵庫へと向かおうとするが――
――ピロン。
今度はスマホが通知音を鳴らした。
さっきから何回も間が悪いなと思いつつも、光からかもしれないとスマホを手に取って確認する。
「光のお母さんからだ……」
通知の内容を見ると、光のお母さんからのメッセージだった。
一体、俺に何の用だろうかと少しの緊張感を持って確認してみると……
『テレビ点けて、TVSのグッドアフタヌーンって番組』
ただ、事務的にそれだけの文章が表示された。
「テレビ……? グッドアフタヌーンってワイドショーだよな……」
何だろうと訝しみながらも机の上からリモコンを取って、テレビを点けて指示されたチャンネルへと合わせる。
点灯した画面上で、普段は馴染みのない平日昼間のワイドショーが流れ始めた。
テレビではお馴染みの芸能人やアナウンサーたちが並んで、日々のニュースにあれやこれやと口を出している。
『続いては、本日のバズ動画調査隊です!!』
数分も経たない内にニュースの時間が終わり、次のコーナーが始まる。
どうやら、その日のSNSでバズっている動画を深堀りするコーナーのようだ。
『今日のバズ動画は……<千年に一人の美少女のガチ恋距離!>です』
これが一体何なんだ……と思った数秒後に、近年稀に見る衝撃が襲いかかってきた。
『笑顔? 笑顔の私が一番かわいい?』
画面上で流れ始めたのは、スマホカメラで撮った縦長の映像。
その中央には、確かに千年に一人の美少女……つまりは朝日光がガチ恋距離で映っていた。
『じゃあ、そんな君のために最高の笑顔で……イェーイ! ピース!」
俺が撮った動画が、全国ネットのテレビ番組で流れてる件について。





