第52話:夏祭り その3
「う~ん……どういうのがいいかなぁ~……」
「この色なんかどう? 少し明るめだけど、光ちゃんと並ぶと良い感じに映えそうじゃない?」
「確かに……でも、こっちのシックな色合いの方が黎也くんに合ってる気も……」
浴衣をレンタルするためにやってきた着物屋で、並んだ浴衣を楽しそうに吟味している女性陣。
対して、ファッションに無頓着な俺たち男性陣はそれを傍から眺めてるだけ。
「わりぃな……黎也……。この埋め合わせは、また今度させてもらうから……」
今からどう玩具にされるんだろうかと待っていると、大樹さんが謝ってきた。
「埋め合わせなんて要らないですよ。大勢いた方が楽しいってのは嘘じゃないですし」
「おう……すまん……」
「だから、謝ってもらわなくても大丈夫ですって。それより、俺は大樹さんが自分から衣千流さんを誘ったのに驚いてますよ」
「正直、最初はやっちまったと思ったけどな……断られたら気まずいなんてもんじゃねーし……」
「ちなみに誘った時はどんな反応でした?」
今の二人の関係値がどの程度なのか、少し探りを入れてみる。
「ん……まあ、最初は普通にちょっと悩む素振りを見せてたから『無理なら大丈夫っすよ』って言ったら『せっかくだし、行こうかな』って感じで……」
「なるほど……」
これまでバイト中に、衣千流さんが男性から誘われてる場面は何度か目撃している。
その際の対応としては、二言目には断るのがほとんどだった。
それも申し訳無さそうにしつつも、絶対に無理であることを相手に悟らせるような断り方。
服の負い目があるにせよ、最初から考える素振りを見せてるのはかなり珍しい。
しかも、最終的にはOKして、伯父さんの浴衣を貸している。
「大樹さんのこと、本当に結構良く思ってくれてるかもしれないですね」
それらの情報を統合して、浮かんだ言葉を率直に告げた。
「よ、良くって……お、俺は別に水守さんのことが、す……好きとかそういうわけじゃねーから……ん、んなこと言われてもな……」
「未だにそのラインで争ってるつもりなのは大樹さんだけですよ」
くっつけようとしている妹に対して、まだ一人だけ遥か後方で足踏みしている。
でも、こういうところが放っておけないと衣千流さんは思うタイプかもしれない。
「ん、んなことより今はお前が上げてた新キャラのアイディア、悪くなかったぞ」
気恥ずかしくなったのか、露骨に話題を捻じ曲げられる。
「新キャラって、この前のイベント案と一緒に出したやつですか?」
「そうそう、光輝の誓いを立てた女パラディンだったか。スフィアのやつも気に入ってたみたいだし、早速設定画も描くって言ってたぞ」
「あ、ああ……そ、そうなんですか……」
「なんだよ、その薄い反応はアイディアが通ったんだから喜べよ」
「いや、喜んでますよ……普通に……」
大樹さんはこう見えてゲーム作りに関しては妥協を許さずに、前に作ったイベント群もかなりダメ出しを食らって半分も通らなかった。
だから、新キャラなんて大きなアイディアが通ったのは確かに嬉しい。
嬉しいけど……。
「特にあの誓いを逆手に取られて、メイド服を着させられるイベントがいいな」
あれ、貴方の妹がモチーフです……とは流石に言えなかった。
「仮のテキストもかなり気合が入ってたし、もうちょいイベントラインを長くしても面白そうだよな。ちょっと考えといてくれよ」
「は、はい……考えときます……」
俺のイマイチ煮えきらない態度に大樹さんが首を傾げていると――
「黎也くーん! ちょっとこれ着てみてー!」
浴衣の吟味を終えた光が呼んできたので、逃げるようにそっちへと向かう。
「これ着てみて! 後、これとこれと……これも!」
「四着も……?」
「やっぱり実際に着てもらわないとどれが似合うか分からなくって……」
「まあ、いいけど……」
怒涛の勢いで手渡された浴衣を手に取って、試着室の中に入ろうとするが……
「……なんで光も入ろうとしてんの?」
「もちろん、着付けのために」
「別に男物の浴衣ならそんな複雑なもんでもないでしょ……ほら、簡単なやり方も貼ってあるし」
試着室の中に、浴衣の着方が写真付きで解説された紙が貼られている。
「ダメ! せっかくなんだから本格的にやらないと!」
「じゃあ、最後の帯を締めるところだけ手伝って――」
「本格的なんだから徹頭徹尾、全部ちゃんとやるの!」
衣千流さんと店員さんが笑っている横で、俺に首を縦に振る以外の何が出来ただろうか。
結局二人で試着室へと入り、浴衣を着せてもらうことに。
「じゃ、服脱いで」
「はい……」
目の前で脱ぐのには抵抗があったけれど、男の俺が恥ずかしがるのも何か違うかと言われたとおりに上に着ていた服を脱ぐ。
肌着姿になった俺を見て、光の鼻が一瞬だけプクッと膨らんだような気がした。
「脱ぎました」
「ズボンも」
「上に着てから後で脱げば――」
「ズボンも」
「はい……」
言われたままに、ズボンも脱がざるを得なかった。
上は薄手のシャツが一枚で、下はトランクスだけになる。
何度も一晩を過ごした関係ではあるけれど、当然こんなあられもない姿を見せたのは始めてのことだ。
まさか脱がすよりも先に脱がされる立場になるなんて……。
「じゃあ、まずは上を羽織ってもらって……」
しかし、妙な気分でいるのは俺だけなのか――
「左を前にして、背中心が身体の中心線からズレないように……」
光は淡々としたもので、慣れた手付きで手際よく浴衣を着せられていく。
「で、腰紐を巻いて結んで……最後は帯をこうして、ぐるっと回して……出来た!!」
そうして、あっという間に一着目の着付けが完了した。
「じゃじゃ~ん! どうですか!?」
試着室のカーテンが開かれ、外の二人にもお披露目される。
「わ~! すごい似合ってる!」
「ですよね! やっぱり、黎也くんにはこういう落ち着いた色が合ってますよね!」
「そ、そう……? 自分じゃ全然分かんないけど……」
服装に関して褒められ慣れてないからか、なんだか照れくさい。
「うん、すごく似合ってる。ちょっと後ろも見せてみて?」
「後ろ……こう?」
衣千流さんに言われるがままに、身体を180度回転させる。
「帯の締め方も粋ですごくいい。光ちゃん、前にやったことあるの?」
「いえ、初めてですけど黎也くんを少しでもかっこよくしようと思ったら何か出来ちゃいました!」
そんなとこでも才能発揮するんだな……。
「じゃあ、次! 二着目も着てみて! これはちょっと明るめの色だけど――」
その後も色んな浴衣を試着させられ、最終的には六種類とほとんど一人ファッションショー状態になった。
「……で、どれが良かった?」
最後の浴衣をお披露目した後に、感想を尋ねられる。
「いや、正直言って俺にはさっぱり……」
審美眼のない俺からすれば正直どれも同じようなもので、その良し悪しなんて更に分からない。
「水守さんはどうですか?」
「う~ん、私としてはやっぱり最初のが一番良かったかなぁ~……」
「一番目かぁ……確かに、私的にも一番グっときたやつかも! じゃあ、それにしよっと!」
俺のことなのに、何故か光が最終決定権を発動して、試着室に引っ張り込まれる。
もう成されるがままの着せ替え人形状態だ。
ただ都合七度目となる着替えも、これで終わりかと思うと少し気が楽になった。
そんな心地の中で着付けが終わるのを待っていると――
「……ん?」
仕上げに襟元を整えていた光の手がピタっと止まった。
「どうかした?」
改めて呼びかけてみるも返答がなく、じっと俺の顔を見たまま固まっている。
「光……?」
「黎也くん……」
名前を呼ぶと、向こうも俺の名前を呼んだ……というよりも譫言のように呟いた。
心做しか、頬が上気し、呼吸が荒くなっているような気がする。
「ごめん……」
「な、何が……?」
突然の謝罪に、ただただ困惑したのも束の間――
「私、もう流石に我慢できない……!」
そう言うと光は、俺の両手を掴んでドンと壁に身体ごと押し付けてきた。





