第40話:ご奉仕
「どう? 気持ちいい?」
「うん……そこ……めっちゃいい……」
「じゃあ、こういうのは……どう?」
「うっ……あっ……それ、やばっ……」
ベッドの上で、光の攻め手をひたすら受け続ける。
良い場所を的確に刺激される度に、蕩けるような熱い快楽が全身を巡る。
「んふふ~……気持ち良すぎて声出ちゃうでしょ?」
「だって、光が……上手すぎ……うあっ……」
「すっごい溜まってるもんね? こことかもいいでしょ?」
「そ、それもめちゃくちゃ気持ちよくて……まじで最高……」
言葉だけ聞けばいかがわしい行為をしているようだけど、卑猥は一切ない。
ベッドにうつ伏せになった俺に上に、メイド服の光が跨っているだけ。
その状態で手を使って肩や背中、腰を圧迫しているだけ。
健全な普通のマッサージだ。
卑猥は一切ない。
「よっ……と、見様見真似だけど結構できてるでしょ?」
自慢気に言いながら、腰部にグっと体重がかけられる。
「うっ……まじでプロレベル……てか、普段はプロからされてる側だもんなぁ……」
「うん、専属のトレーナーさんが付いてて練習の後に……あっ、もちろん女の人だからね」
慌てて情報を付け足す光に、思わず笑いが溢れる。
「む~……笑わないでよぉ……」
「ごめんごめん」
「でも、もし男の人だったら嫉妬してた……?」
言われて、その状況をほんの少しだけ想像してみた。
「……脳が壊れそうになったから引き続き女性でお願いします」
「何それ」
頭の後ろからクスクスと笑い声が響いてくる。
「さーて、それじゃあ次は脚の方にいきますね」
そう言って、光が身体の向きを180度展開させた。
両ふくらはぎに手が当てられ、ギュッと適度な強さで揉まれる。
溜まりに溜まった疲労物質が、身体の末端から流れ出ていくような気持ちよさ。
その蕩けるような恍惚が、俺の意識を急速に刈り取っていく。
「気持ち良すぎて寝そう……」
「寝てもいいけど、そしたらイタズラしちゃうよ?」
「イタズラの内容に依るかな」
「顔にサンダー・コーエン風のメイクを施します」
「それは割と本気で嫌なやつだなぁ……」
そんな話をしている間にも施術は進み、光の手が遂に太ももへと到達する。
これまで触れられてきた部位で、最もセンシティブに近い部分。
「むにむに~……こっちも触ってて気持ちよくなってきたかも」
そんな場所でもしっかりと、大胆且つ丁寧にやってくれる。
裏側だけでなく、ベッドとの隙間に手を差し入れて、鼠径部に近い場所まで。
変なことを意識しないように、意識しないように……と頭の中で念仏を唱えるように繰り返すが……。
……まずい。
ベッドと下腹部の間に危険信号が灯り始めた。
さっきまではなかったヤバめの圧迫感が生まれている。
とはいえ、うつ伏せなのでバレはしないだろうと高をくくっていたが――
「じゃあ、次は仰向けになって」
そうするのが当然と言うように、彼女が俺へと死の宣告を告げてきた。
「えっ、ちょ……仰向けはちょっと待って……」
「ほら、ごろ~んって」
無邪気に俺の身体をひっくり返そうとしてくる光。
俺が石化の状態異常にかかっているのなんて、お構いなしだ。
「い、今はちょっと……動くとまずいから……」
「なんで? 仰向けになるだけでしょ?」
「なんでと言われれば、その……説明し難くて……今、メデューサと向かい合ったら完全に石化しちゃうっていうか……」
話で引き伸ばしている間に何とか石化の状態異常を解除しようと試みるが、意識すればするほど逆にそれも難しくなる。
「そんな訳の分からないことを言うなら……私も好きに触っちゃうよ?」
「十分……いや、五分待って……!」
「だめ~! 待たな~い!」
背後からガバっと覆い被さられて、ベッドと身体の隙間に手を突っ込まれた。
「ちょまっ! そ、それはまじでやばいって……! うあっ……」
そのまま上半身のありとあらゆるところを、服の上から弄られていく。
「なに~? そんなにくすぐったいの?」
「いや、そうじゃなくて……! まじで一旦、ストップ……!」
「や~だよ~! こちょこちょ~!」
本人はくすぐっているつもりなんだろうけれど、それどころじゃない。
事前のマッサージで血行が促進されて、全身が普段よりも敏感になっている。
反応してはいけないと思えば思うほどに、より鋭敏に捉えてしまう。
「どうだ~! 参ったか~!?」
「参った! 参ったから!」
「負けを認める?」
「み、認める! 降参……降参!」
MMAのようにタップでギブアップを宣言したところで、ようやく攻め手が止まる。
「いぇ~い! 私の勝ち~!」
メイドの服のまま、両手を高々と上げて勝利を宣言する光。
ぜぇぜぇと呼吸を整えながら、勝ち負けとかそんな話だったかこれ……と心の中でツッコむ。
ただ、なんとか尊厳だけは守りきった。
これが試合には負けたけど勝負には勝ったってやつか……。
「さ~て、それじゃあ今回は何をしてもらおっかな~……」
結果に安堵していると、頭上から不穏な言葉が聞こえてきた。
「何をしてもらおうって、何……?」
「もちろん、私が勝ち取った何でもしてもらえる権利のこと」
「そのルール……まだ継続してたんだ……」
「そりゃあ、生涯有効に決まってるよね」
「生涯って……」
ツッコミながらも、まるで生涯一緒にいると宣言されたようで気が浮つく。
しかし、すぐに反論できなかったせいで向こうの権利獲得は認めてしまった。
「ん~……今回はどうしよっかな~……」
背中に跨ったまま、光が何かを思案する声が聞こえる。
今回は何をやらされるのか。
不安と期待が半々入り混じった気持ちで待っていると――
「よし、決めた!」
そう言ってベッドから降りた光がテーブルの上に手を伸ばした。
「この本は私が処分させてもらいます」
二冊の分厚い単行本を手にした光が笑顔で言う。
ただ、目だけが全く笑ってなくて怖い。
もしかしたら、マッサージの時から全てこのための布石だったのかもしれない。
「……やっぱ、怒ってたんじゃないの?」
「ううん、怒ってないよ?」
「いや、怒っ――」
「ないよ」
有無を言わさぬ否定が即座に被せられた。
言葉の裏に有る凄まじい圧力に、蛇に睨まれた蛙のような心地になる。
「じゃあ、俺からの条件も一つ飲んでもらえるなら……」
けれど、俺もお宝を手放す以上はタダでは引き下がれない。
「……何?」
「また今度、別の衣装も着て欲しい……」
ジトっと目を細めてきた彼女に対して、煩悩丸出しな交換条件を持ちかけた。
しばしの無言の後、光は大きなため息を吐き出し――
「……ばか」
と、再びYESの意思表示をしてくれた。
こうして、金曜日の一夜における俺たちの戦いは互いの勝利を以て幕を閉じた。
この出来事から大いなるインスピレーションを得た『謎のメイド襲撃イベント』が、後にリリースされるゲームで大好評を博すことになるのは……また別の話。





