第37話:顔合わせ
大樹さんの申し出を受けてから二日後の火曜日。
前日に言われた通りの開発環境を整えて、いよいよ他のメンバーの人たちと顔合わせをすることになった。
パソコンの前に座り、指定されたアプリを開いたまま、約束の時間が訪れるのを待つ。
言うまでもなく、俺は陰の者だ。
彼女が出来て交友関係が少しは広がったものの、その本質は変わらない。
初対面の人と話すのはいつだって緊張するし、今から一緒に仕事をするとなれば尚更だ。
しかも、大樹さんの知り合いとなれば一体どんな人達なのか半ば恐怖を覚える。
そうして、初デートで気合を入れて早く来すぎたようなソワソワとした気持ちで待つこと三十分……遂にその時が訪れた。
「どうもー、こんばんはー」
「うーっす……」
会議が開始され、次々と人が入室してくる。
一人はカメラを付けていて結構年上な感じの恰幅の良い男性で、もう一人は何故か性別不詳な謎の球体キャラの絵をVtuberみたいに動かして機械っぽい女性声を発している。
そのいきなりの強烈な人物の登場に持ち前のコミュ障も合わさって狼狽えていると、大樹さんが口を開いた。
「よしっ、全員集まったな。今日は新入りがいるってことで、まずはそいつの紹介から……ってことで黎也、適当に自己紹介してくれ」
軽く振られたその言葉に、心臓がドクンと大きく跳ねる。
「は、はじめまして!! か、影山黎也と申します!! 好きなゲームはディバイン原罪2とルールレスダンジョンです!! 若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします!!」
少し噛みながらも、なんとか手堅く自己紹介を終える。
「はい、拍手~」
大樹さんの言葉に続いて、ヘッドホンの向こうから小さな二重の拍手が聞こえる。
「前にも話した通り、新作はこいつが作ってたゲームをベースに肉付けしていく感じになるんでよろしく」
「すいません……恐縮です……」
改めてその事実が告げられると、また申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。
「で、次は二人の紹介だな。えー……まず、その変なアバターを使ってんのがうちのメインデザイナーっていうか……グラフィック関連の諸々の仕事をしてる明石スフィアな」
「明石スフィア、二十歳。紹介された通り、絵を描くのが仕事で他のことは何もしない……てか、できないからよろしく」
ボイスチェンジャー風の女性声で、ややそっけない態度の自己紹介がされる。
「こ、こちらこそよろしくお願いします。明石……スフィアさん……ペンネームですか?」
「いや、本名だけど」
不用意な一言に、死ぬほど気まずい空気が流れる。
「す、すいません……」
「別に、よく言われることだから気にしないっての。うちの一族は代々こんな変な名前なんだよ。ちなみに好きなゲームはニア・ザ・オートマトン……つまり、B.B.の尻! 嫌いなものは天才……つまり、朝日大樹! いつか俺の絵でぶっ殺してやろうと思ってる、以上!!」
そんな大樹さんの知り合いらしさ全開の自己紹介に、早くも圧倒されてしまった。
正直言ってかなり変な人だと思ってしまったが、芸術畑の人はこんなもんなのかもしれないと自分を無理に納得させる。
「こういうやつだから、お前も適当なあしらい方を早めに覚えとけよ」
「てか、大樹! お前の思惑に乗っかってやったんだからそっちも約束はちゃんと守れよ!?」
「あ? 約束って、なんかしてたか?」
「しただろ! こいつを説得するための絵を描けば、光ちゃんと会わせてくれるって!」
あの絵、妹を出しにして描かせてたのか……。
「あー……そういえばそんな話してたか」
「してたか、じゃねーぞ! 俺がどんだけ楽しみにしてたと思ってんだよ! そのために寿命をすり減らして寝ずに仕上げたんだぞ! 早く会わせろ! 今すぐ会わせろ!! もう第一印象で好感度をマックスまで上げてトゥルーエンドに直行するために、似顔絵も用意してあるんだよ!!」
「別に会わせるくらいはいいけど……あいつ今、彼氏持ちだぞ?」
「……は?」
会議画面の中で、謎の球体キャラが目と口を開けて呆然とする。
「しかもベタ惚れで、毎日毎日聞いてもねーのに惚気話してくるレベルの」
「はぁああああ!?!? んだよそれ!! どこ情報だよ!! この前は恋人はいねーって言ってたじゃねーか!! あたしのアイドルを汚したのはどこのどいつだ!? センテンススプリングしてやろうか!?」
「そこの影山黎也」
またメインタンクが俺に全てのヘイトを押し付けてきた件について……。
「……は? まじ? お前、朝日光と付き合ってんの?」
「はい、まあ……付き合ってます……」
「ちなみに親公認で毎週そいつの部屋に泊まってんぞ」
なんで大樹さんはこうイチイチ余計なことを言うかな。
「あの……何か、すいません……」
「あ゛あ゛あ゛あああああああああああぁぁッ!!」
謝った直後に、画面の中で球体の化け物が大暴れし始めた。
「よし来たぁッ!!! 創作意欲がガンッガン湧き上がってきたぁッ!! やっぱ、負の感情が一番の原動力だわ!! 滅びろ世界!! いや、俺の絵で滅ぼして――」
「じゃあ、次はやっさんの番だな」
ネット回線越しに本気の殺意を感じたところで、大樹さんが明石さんを強制的にミュートして次の人の紹介に移る。
「はじめまして、横谷泰郎です。年齢は35歳で君とは倍以上離れてるけど、どうぞ気兼ねなく接してください」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
打って変わって、年配の方の穏やかな挨拶にホッとする。
年齢は離れてるけど、先の明石さんよりは大分やりやすそうだ。
合計三人も変な人がいたら間違いなく精神が保たなかったから助かった。
「やっさんは主にプログラミング関連の事と、後はUI/UXデザインなんかも担当してる。ちなみにうちに入る前は某外資系の大手開発でプログラマーをやってた大先輩だぞ」
「え? 外資の大手って……それはすごいですね……」
「そんな、僕なんて全然大したことないよ」
「いやいや、すごいですよ……でも、どうしてまたインディー系の方に?」
純粋な疑問が浮かんだので尋ねると――
「それは、やっさんは大樹の熱烈な信奉者だからだよ」
本人に変わって、ミュートが解除されていた明石さんが答えてくれた。
「いやいや、信奉者って別にそこまでは……もちろん、大樹くんはすごいと思ってるけどね」
「はい、それは俺も思います。この前、大樹さんが昔作ったゲームを一通りやらせてもらったんですけど……どれも本当に面白くて尊敬しなおしました」
一部クソゲーがあったことは、もしかしたら知らないかもしれないので黙っておく。
「うんうん、僕が初めてやったのは『マグマダイバー』だったんだけどあれはゲームデザイン的にやりたいことと、レベルデザインが本当に絶妙なバランスで共存しててね。それでこんな完成度の高いゲームを個人で作る人が……それも高校生だなんて、最初はすごく驚いたよ。そこから数年くらいはずっとSNSでも動向をチェックさせてもらってたんだけど、ちょうど大樹くんが大学に入った時くらいだったかな。彼の個人スタジオがプログラマー募集の告知を出したのを見て、なんか気がついたら会社に辞表を出してたんだよね。そこには大樹くんと一緒にゲームが作りたいって気持ち以外にも、多分大きな会社は安定してるけどその分だけ作りたいものが作れないジレンマみたいなものをずっと抱えてたのもあったんだろうね。でも、当時は後先考えずにやっちゃったなーとか思ってたけど、一作目の『ルールレスダンジョン』が大成功して、あの選択は全く間違いじゃなかったと確信したよね。あんなに前から注目してた自分の目に狂いはなかったっていうか……大樹くんはきっと、ゲームの歴史に名を残すようなクリエイターになるんだってね。だから、僕が信奉者っていうよりかは人類が大樹くんを認めざるをえない世の中が近い将来、必然的に訪れ――」
俺への自己紹介だということも忘れて、如何に大樹さんがすごいかを延々と語り始めた。
そんな横谷さんに対して、大樹さんと明石さんの二人は『いつものが始まった』みたいな感じで口を閉ざしている。
前言撤回。
やっぱり変な人が三人だった。
「……というわけでね! これから頑張って、一緒に面白いゲームを作っていこう!」
そうして、しばらく黙って聞き続けたところでようやくその独演会が終わった。
「は、はい……こちらこそ、よろしくお願いします……」
「さーて、挨拶が終わったら次は楽しい楽しい開発の話だぞ~」
大樹さんがそう言って、画面に何点かの資料が表示される。
「まあ開発つってもベースになるゲームはあるからな。完璧とは言い難いけど、骨子はしっかりしてるからゼロから作るよりも手間はかからない。だから今回は、そのガワを整えるのと、いくつか新しく肉付けするのが主な作業になるわけだけど……」
「つまり、ガワのほとんどを描く俺の作業量がダントツで一番多いってことだな」
大樹さんの言葉に、明石さんが不満げに言葉を重ねた。
「馬鹿言うなっての。お前が上げてきたもんの半分以上は、どうせ俺が修正することになるんだから俺が一番多いに決まってんだろ」
そこにまた大樹さんがすかさず言い返す。
「修正って、俺が生み出した完璧な作品をお前が勝手に弄くり回してるだけだろ!」
「そうしねぇと使いもんになんねーんだよ! まずこれ以上、太ももを太くすんなって何回言えば分かんだ!」
「うるせぇ! 今は世間が極太な太ももと長い乳を求めてるんだよ!! てか、そもそも俺は尻をデカくしてるんであって太ももはその副産物にすぎないっての!!」
「なんでもいいから加減しろっての! ホットパンツがパツパツでうっ血しそうになってんじゃねーか! 後、眼鏡も勝手に足すな! なんで女キャラの半分が眼鏡っ子になってんだよ!」
「眼鏡キャラが一人いたらハーフリムにして二人に分譲してもいいルールがあるんだよ! モノクルなら四人! 常識だろ!」
「そんな訳の分からん常識はねーよ!! いいから外せ!!」
「絶対に嫌だ! なんなら外せないようにレイヤー統合しといてやる!」
そんな二人の言い争いを、今度は横谷さんが『いつものが始まった』みたいに笑って見守っている。
俺も昨今の太もも事情には待ったをかけたい側だけれど、ここは見が正解らしい。
二人の言い争いは延々と二十分近く続き、果ては何故かビ◯ンカ派かフ□ーラ派かの論争にまで発展していた。
最終的に大樹さんから渡されたタスクのリストを確認したところで明石さんが、『ばーかばーか!』と吐き捨てて一足先に会議から抜けていった。
「大樹さんと明石さんって結構前からの知り合いなんですか?」
「なんだよ、急に。そう見えたか?」
「まあ、喧嘩するほど仲が良いっていうか……昔からの悪友的な雰囲気が……」
創作論を、あそこまで遠慮なくぶつけ合える相手なんてそういないと思う。
「ん、まあ……実際、小中からの付き合いではあるな。性格はかなり難アリだけど、絵はうめーから誘ったんだけど……やっぱ、失敗だったか……?」
苦笑しながら頭を掻いている大樹さん。
つまり、仲が良いということらしい。
「んで、次はやっさんだけど……」
「僕はとりあえずコードの最適化が中心になるのかな?」
「おお、そうそう。他人の書いたコードを読むのがまず大変だと思うけど頼むわ」
「そこは大丈夫。元の人……影山くんが結構綺麗に書いてくれてるからそんなに手間じゃないと思う」
「すいません。よろしくお願いします……」
俺がそう言うと、横谷さんは大丈夫大丈夫と言って作業のために会議を抜けていった。
そうして、会議部屋には俺と大樹さんの二人だけが残された。
「さて、後は黎也か……」
「お手柔らかにお願いします……」
「まあ、そうビビんなって取って食おうとしてるわけじゃねーんだから」
いえ、個人的にはそのくらいの気分ですと内心で思う。
「まず、お前的にこのゲームで一番の売りはどこだと思って作ってた?」
「どこって言うと……やっぱり、自キャラの個性に合わせてランダム発生するイベントの内容が変わる『運命』のシステムじゃないですか?」
「そう。そのシステムによって何度周回しても毎回新鮮さが味わえるランダム性の高さと、それ故に生じるプレイヤー個々の体験……ナラティブを売りにしたゲームってわけだ。つまり、それを作る上で一番大事なのは……?」
「ランダムイベントの数と分岐ですか……?」
俺の答えに、大樹さんはニヤっと笑って正解だと示した。
「……ってわけで、お前の仕事はとにかく面白いイベントの内容を考えることだ!」
ビシっと画面越しに指を差されて言われる。
「……はい!」
明確な指示を出されて、ようやく本当に開発が始まったんだという実感が湧いてきた。
「数は……そうだなぁ……」
顎に手を当てて、深く思案している大樹さん。
その姿を見ながら、とりあえず最初だし十個くらいかなと考えた俺が甘すぎた。
「とりあえず、来週のミーティングまでに百個な」
ばーかばーか。





