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第36話:アマとプロ

「会社で製品って……いや、いやいやいや……それはおかしいですって、大樹さん」

「あ? 何がだよ」

「だって、こんなの俺が本当に趣味で作ってたレベルのものですし……流石に冗談ですよね?」


 あまりにも現実感のない提案に、またいつもの悪ふざけの類だと思うが――


「冗談でわざわざ手間暇かけてこんなもん作るわけねーだろ」


 圧倒的な正論で斬り伏せられてしまう。


 そう、さっきから画面に表示されている画像は、どう見ても冗談で作れるようなものじゃない。


 プロのデザイナーが時間をかけて作り込んだ代物だ。


 俺が適当にでっち上げた落描きが元だなんて、作った本人にしか分からない。


「いや、でも……冗談じゃなければ尚更おかしいっていうか……正気ですか?」


 あまりにも異常な状況に、思わず本音が漏れ出てしまう。


「正気も正気だよ。言ってきたのは、お前だろ? プロとしての意見が欲しいって」

「それは、そうですけど……感想の域を通り越しすぎてません?」

「そうか? これは商品として売れるゲームだから一緒に作ろうぜってのが俺の感想なんだよ」


 本格的におかしくなったとしか思えない言動に、開いた口が塞がらない。


「いや、でも俺みたいな素人が作ったゲームなんて……」

「誰が作ったかより面白いか面白くないかだろ。お前のゲームは面白い! そんだけだ!」


 その言葉に心臓がキュっと縮んだような感覚を覚える。


「そりゃもちろん作品としてはまだまだ荒削りも荒削りだけどな。ローグライトに古典CRPGの要素を盛り込んだベースは気に入ったけど、キャラも背景もほとんど仮置きで、レベルデザインに関してはめちゃくちゃだ。まあ、だからこそうちで完成させようぜって話だよ」

「でも、大樹さんのとこって小規模ですけど会社じゃないですか。他の人が納得――」

「してるぞ。全員な」

「えっ? それってどういう……?」

「だから、他の二人にも聞いたんだよ。お前らはこれどう思うってな」


 そう言いながら、改めてスライドショーが最初から流されていく。


「そしたら、『創作意欲が湧き上がってきた』とかなんとか言い出して……これが出てきたってわけだよ。まあ、俺も説得するためにはある程度のもんが必要になるとは思ってたから、ちょうど良かったんだけど……事後報告になったのは悪かったな」

「そ、それは別にいいんですけど……ちょっと、もう一回しっかり見せてもらってもいいですか?」

「おう、ほらよ」


 手が退けられ、マウスの操作権が渡される。


 カチッカチッとクリックして、今度は自分の手で画像を最初から見ていく。


 ページを送る毎に、得も言われぬ不思議な感情が心の奥から湧き上がってくる。


 自分の作ったキャラクターと世界観が、プロの手にかかればこんな風になるんだと。


 嬉しさだか恥ずかしさだか分からない高揚感が……。


「前作の時から思ってましたけど、すごく上手くてキャッチーな絵を描く人ですよね……。いや、プロなんだから当然なんですけど……」

「ん~……でも、これはまだ俺がリテイクも修正もしてないから個人的な趣味の要素が出まくりだけどな」


 ……確かに、言われて見れば女性キャラの太ももがやたら太い。


 後、何人かには元のデザインにはなかったはずのメガネも足されている。


 でも、それを置いても現段階ですごく魅力的に仕上がっているのは間違いない。


 これだけをイラスト集として売り出しても金が取れる出来だ。


「ちなみにこれ、いつから作ってたんだ?」

「えっと……中学二年くらいからですね。ほとんど手探りで……少しずつ……」

「へぇ、中二から……他にも何か作ってねーのか?」

「なくはないですけど……人前に出せるようなレベルのものは特に……」

「あっ、そう……で? どうすんだ? やるのか、やらないのか」

「それは……」


 改めて行われた意思確認に言葉が詰まる。


 現在、世界では大手のパブリッシャーを通す必要のない販売網が増えたことでインディーゲーム業界は過去に類を見ない程に盛り上がっている。


 個人や小規模制作で生計を立てている人たちも大勢存在している。


 大樹さんに感想を求めたのは、確かに自分もその道を考えたからに他ならない。


 光の後を追うために、可能性は少しでも模索しておきたかったから。


 けれど、これは事前に考えたあらゆる想定を遥かに飛び越えている。


 例えるなら草野球をやっていたら、いきなりドラフトにかけられたような感じだ。


「一旦、持ち帰って考えさせてもらってもいいですか……?」


 だから、まだその場で首を縦に振ることはできなかった。


 大樹さんも俺がすぐに判断できるとは思っていなかったのか、返答は急かさないと言ってくれた。



 *****



 家に帰ると同時に、気疲れが一気に襲ってきてベッドに倒れ込んだ。


「まじかぁ……」


 今日、大樹さんから告げられた言葉を改めて思い返す。


『お前の作ったこのゲームを、うちの会社で製品として完成させようぜって話だよ』


 プロのクリエイターになって、今度は自分が世にゲームを送り出す。


 ゲーマーなら誰だって、一度は考えたことのある夢のはずだ。


 ご多分に漏れず夢想して、俺が初めてゲームを作ったのは中学一年の時だった。


 教本とネットの情報を頼りに作った何の特徴もないパズルゲーム。


 何の面白みもなければ、特別つまらないわけでもない。


 もちろん、そんなものは公開もせずにハードディスクの寿命と共に消え去った。


 それからも何個か新しいものを作っては、公開せずに消してを繰り返した。


 俺には世界に作品を送り出して、それを批評される覚悟がなかったからだ。


「それがいきなり……会社の製品としてって……」


 金を取る製品として出せば当然、大勢からの批評は避けられない。


 しかも、大樹さんの言ってたようにまず夏休みはほとんど捧げることになる。


 一年半後の受験のために夏期講習を受けようとしてたのも無理になるし、バイトのシフトも大幅に減らす必要が出て、衣千流さんにも迷惑をかけてしまう。


 夢想である間は問題のなかった事が、現実の重荷としてのしかかってくる。


 考えるだけで気持ちがズンと重くなってきた。


「そういえば、これ何なんだろう……」


 気を紛らわせるために別のことを考えようとすると、帰宅の間際に大樹さんから渡された物を思い出した。


 その大容量のUSBフラッシュメモリをポケットの中から取り出す。


「中を見れば分かるって言ってたけど……」


 ベッドから起き上がり、パソコンのUSBポートに挿して椅子に座る。


 画面に表示されたウィンドウには、名前のついた複数のフォルダが並んでいた。


 その中の一つにあった『ルールレスダンジョン』の名前を見て、その全てがこれまでに大樹さんが作ってきたゲームなんだとすぐに分かった。


「なるほど、自分の過去作を参考にして考えろってことか……」


 試しにカーソルの一番近くにあった『マグマダイバー』のフォルダを開いて、ゲームをインストールしてみる。


 ――――――


 ――――


 ――


「……はっ!? もうこんな時間!?」


 気がつくと、時間を忘れて三時間も熱中してしまっていた。


「けど、めちゃくちゃ面白いな……これ……」


 マグマの中に潜って鉱物を集めて、ダイブスーツや施設を強化し、敵の襲撃から拠点を防衛する。


 言葉にしてみればシンプルな要素の繰り返しではあるけれど、とにかく中毒性が高い。


「長く潜れば潜るだけ得られる報酬は増えるけど危険も増える。そのリスクとリワードのバランスが絶妙っていうか……危険を冒して攻めたダイブが成功した時の気持ちよさが半端ないな……」


 最新作の『ルールレスダンジョン』に、負けずとも劣らない完成度の高さに感服する。


 しかも、タイトルに表示されている年度から判断すると作ったのは高校生の時だ。


 俺と変わらない年齢でこんなゲームを作るなんて、やっぱりすごい人だと再確認した。


 自分が作ったゲームを公開する度胸すら持てない俺とは全く違う。


 そう考えながら、今度は別のタイトルを起動させる。


 次の作品も、次の次の作品も面白かったが――


「これも面白かったけど……前の二つと比べたらちょっとダメなところもあったかな……」


 四つ目の作品に関しては、その完璧と思われた才能に少しだけ陰りが見えた。


 制作年を見ると、『マグマダイバー』の一年前に作ったタイトルらしい。


 流石の大樹さんも、作るゲームが全て完璧というわけにはいかないようだ。


 少し救われたような気持ちにもなりながら、また別の作品をインストールする。


「ん……? これは、割とダメ寄りだな……」


 更にその一年前に作られた作品は、正直言ってクソゲーに片足を突っ込んでいた。


 当時の流行りの要素を大鍋にぶち込んで、強火で一気に煮詰まらせたような出来。


 雑多に詰め込みすぎたせいで、何が売りなのか逆にわからなくなっている。


 遊べなくはないが、金を払って買ってしまえば若干後悔するレベルだ。


 猿も木から落ちる。河童の川流れ。


 まあこういうこともあるだろうと思って、最後の一作に手を出すが――


「な、なんだこれ……」


 あまりにも雑多でまとまりがなく、デザイン性の欠片もないタイトル画面に喫驚する。


 制作年は大樹さんが中学生の頃で、今日渡されたゲームの中で一番古い物らしい。


 ただ、見た目は悪くても中身は面白いかもしれないとプレイしてみるが……。


「ぷっ……あっはっは……!」


 中身に関しても、笑ってしまうレベルのクソゲーだった。


 横スクロールのアクションだが操作性が非常に悪くて敵の当たり判定がやたらとデカいと、動かしていて苦痛しかない。


 加えて壊滅的に視認性も悪く、小学生が作ったスゴロク並に初見殺しの仕掛けも満載。


 売りになるような難しさではなく、ただ制作者のエゴだけが前面に出てしまっている。


 アセットフリップのクソゲーよりは作り手の情熱を感じる分だけマシな程度で、とてもじゃないが商品として売り出すのは難しい。


「これなら俺が初めて作ったゲームと大差ないな……」


 欠片程の悔しさもないGAME OVERの画面を見ながら、また笑ってしまう。


 あれだけすごく思えた大樹さんも最初からすごかったわけじゃないらしい。


 当時の彼がこれをどういう形で公開したのかは知らないけれど、碌な評価は貰えなかっただろうことは分かる。


 でも、それにめげずに作り続けたからこそ、今がある。


 じゃあ、俺と大樹さんの差ってのはつまり……。


 これを渡された意図を理解しかけたところで、スマホが通知音を鳴らす。


『練習終わったよー! そっちは何してた?』


 開いて確認すると、練習を終えた光からのメッセージが届いていた。


『超ド級のクソゲーで爆笑してたところ』

『えー、いいなー……私もやりたーい!』

『どうだろう。これは流石にやらせてもらえないんじゃないかな』

『?? どういうこと?』


 当然のように意図は伝わらず、ただただ困惑だけが返ってくる。


 流石の大樹さんでもこれを世界には晒せても、妹には見せられないだろう。


『気にしないで。それより一つ、光に聞きたいことがあるんだけど』

『何?』

『光は、なんでテニスのプロになろうと思った?』


 送信してから、考える間もなく返信が戻って来る。


『もちろん、それが一番楽しそうだったから!!』


 そんな最高に光らしい答えに、思わず苦笑してしまう。


 どうやら世の中には、失敗する覚悟が出来る人間と覚悟が出来ない人間。


 加えて、覚悟なんて全く必要のない人間の三種類がいるらしい。


『ありがとう。めちゃくちゃ参考になった』


 感謝の返事を送って、会話相手のタブを切り替える。


 三つ目にはなれないかもしれないけど、せめてもう一つの方にはなりたい。


 確かな覚悟を胸に、メッセージを入力していく。


『俺も是非、大樹さんたちと一緒にやりたいです』

ご報告です。

本作、『光属性美少女の朝日さんが何故か週末は俺の部屋に入り浸るようになった件について』の書籍化が決定しました!!(ワーパチパチ


カクヨムコンの最終選考中ですが、他社さんより打診が有り、そちらをお受けした形になります。

レーベルや担当イラストレーター様については今後、順次発表していく予定なので是非、作者のX(https://twitter.com/undonsuki)や近況ノート(https://kakuyomu.jp/users/murabitob)の方をチェックできるようにしといてもらえれば幸いです。


連載開始から五ヶ月、書籍化という結果が得られたのもここまで応援していただいた皆様のおかげだと思っています。

これから出版に向けての改稿・加筆作業もありますが、定期更新の方も頑張っていく予定なので、是非引き続きのご愛顧をよろしくお願いします!!


そして、発売の際は買ってください!!!

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書籍第一巻は10月13日発売!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 書籍化おめでとうございます!(すると確信してましたが!) 影山くんの決意と共にこれからも応援します! [一言] もちろん書籍も紙で必ず購入します。
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