第34話:風対火
ゲームが再び開始され、航空機から投下された二人が戦場へと降り立つ。
「じゃあ、今度はちょっと安全めに――」
「今、集中してるから少し静かにしてて」
「はい」
怖っ……。
言われた通りに黙り、二人のプレイを見守るだけにする。
その後も二戦目、三戦目と終わる度に――
「もう一回!!」
彼女はそう言って、日が暮れても再戦を求め続けた。
学校一の優等生である日野絢火のそんな姿はきっとスマホゲームのURよりも珍しい。
けれど、これはちょっと悪いタイプののめり込み方じゃないかと心配にもなる。
そして五戦目。
これまでとは打って変わって、彼女はゲームに順応した動きを見せ始めた。
どうして、急に……?
まさか、さっきまでずっと光の後ろに隠れてたのは行動を観察してた……!?
それが事実であるかのように、彼女の動きはますます良くなり――
「ぃよしっ!!」
遂に光のアシスト込みではあるが、初めてのキルを獲得した。
「絢火、ナイスー!」
「おー……すごい! こんなに早く初キルってやっぱり頭の良い人はゲームに慣れるのも早いなぁ」
軽く拍手しながら素直に感嘆の言葉を紡ぐ。
「このくらい大したことじゃないでしょ……まだ勝ったわけでもないんだし……」
と素っ気なく答えられるが、彼女は横顔でも分かるくらいに笑みを噛み殺していた。
『き、気持ちいい~~~!!』
という心の声が漏れ出ているようだ。
すっかりゲームの中毒性の虜になってしまっている。
それから戦闘エリアは更に収縮し、残りは4チームとなった。
ここまで来ると先に戦闘を仕掛けるのは大きな不利を背負うので、流石の光としてもあまりアグレッシブには動けない。
チームでポジションを確保して、他のチームの動きを待つことになる。
そうして戦場の縮小がまた開始されるが、そこである事実が露わになる。
残りチーム数が4チームから3チームへと減ったタイミングで表示された戦闘ログ。
そこに、あの『NoobMaster69』のキルログが表示されていた。
その事実に気づいたのか気づいていないのか、画面を凝視している日野さん。
もし二度目の屈辱を喫してしまえば、この部屋は間違いなく火の海に沈む。
頼むから勝ってくれと祈るが、幸運の女神は彼女らに微笑まなかった。
最後のエリア収縮は、『NoobMaster69』チームにとって圧倒的に有利な形となった。
「あ~……これは流石に難しいなぁ……」
その不運に、光も頭を抱えてしまっている。
けれど、背後から迫りくるダメージパルスは待ってくれない。
ギリギリのタイミングまで粘った末に、光を先頭に遮蔽から飛び出した。
圧倒的不利な状況にも拘わらず類まれなエイムとキャラコンで、手前のチームを相手にしながら更に有利ポジションにいるチームも抑え込む。
その後方から日野さんがライフルで援護射撃を行う。
流石は長年連れあった親友。
少し嫉妬を覚えるくらいに通じ合っている。
「あー……やられちゃったー!! 絢火、後は頑張って!!」
しかし、三人を道連れにしたところで光も遂にダウンしてしまう。
これで後は日野さんと、因縁の相手であるNoobMaster69だけ。
戦闘エリアはほぼ収束し切り、何もない平地で最後の戦いが開始される。
同条件の戦いとなれば、まだ初心者の日野さんが技術面で圧倒的に不利だ。
一本目の武器を撃ち尽くした時点で、残り体力の差が顕著に出てしまった。
このまま二本目に切り替えても、ほぼ確実に体力差で負けてしまう。
しかし、そこで俺は相手の不可解な行動に気がつく。
撃ちきった武器を持ち替えようとしている日野さんに対して、相手は既存武器のリロードを始めた。
そう、奴は圧倒的な有利ポジションに甘えた結果……この終盤において近距離戦では全く役に立たないスナイパーライフルを持ち続けてしまっていた。
貴重な武器スロットの半分を役に立たない武器で埋めてしまっている慢心。
対する日野さんは、この戦闘前にライフルをショットガンに持ち替えていた。
光なら必ず、この状況を実現してくれると信じて。
リロードと武器の持ち替え。
その所要時間の差によって、日野さんのショットガンが先に相手を撃ち抜いた。
画面にVICTORYの文字が大きく表示される。
「絢火、すご――」
「流石、日野さ――」
初めてコントローラーに触れた初心者が五戦目にしてゲームを勝利に導いた。
彼女の偉大な功績をここに記録しようと、賞賛の言葉を紡ごうとした瞬間――
「あっはっは!! ざまぁみろ!!」
日野さんが、画面に向かって吠えた。
「さっきは良くもやってくれたわね!! これでも喰らえ!!」
その勢いのままに、『NoobMaster69』の死骸にありったけの残弾を撃ち込んでいる。
「あー、気持ちいい!! 確かにこれは最高の息抜きね!!」
喜悦に顔を歪めて嗤う姿を見て、光と二人でドン引きする。
確かに、対戦ゲームは人の本性を露わにした。
日野絢火は、凄まじく根に持つタイプの負けず嫌いなのだという本性を。
「ほら、光! もう一回!!」
「う、うん……」
『……じゃあ、日野さんもちょっとやってみたら? 息抜きに』
ひょっとしたら俺の軽々しい一言が、彼女の人生を捻じ曲げてしまったのかもしれない。
*****
――期末試験後の週末、金曜日。
「ねぇ、黎也くん……今どき試験結果を全校生徒の前に張り出すって、著しい人権侵害だと思わない?」
学校全体に夏休みを目前とした解放感が漂いだしている中、試験結果の確認に向かっている途中で隣の悠真が言った。
「諦めて現実を受け入れろよ」
「黎也くんのその余裕は、もしかして自信ある感じなの?」
「まあ、そこそこかな」
「うわぁ……恋愛に続いて勉強でも僕を裏切るんだぁ……」
「なんだよ、それ……」
と返したが、実際に光との勉強会のおかげでもあるのは黙っておこう。
「おーっす。お前らも期末の結果見に行くとこか?」
「あっ、颯斗くん。そうだよ。黎也くんと一緒に見に行って、一緒に打ちひしがれようと思ってたのに裏切られたところ」
「だから、さっきからなんだよ……その当てつけは……」
そうして颯斗も合流して、目的地へと到着する。
丸テーブルと椅子が並んだ二階の談話スペース一帯に張り出された試験結果。
それを確認しようと、既に大勢の同級生たちが集まってきていた。
とりあえず俺達も端から順番に見て行こうとしたところで、今度は人だかりの中に光らの姿を見つける。
「あっ、黎也くんも見に来たの?」
「おっ、影山くんやん! おはよう!」
最初に目が合った光に続いて、隣にいた緒方さんにも挨拶される。
「おはよう」
「あれ? 黎也くんって茜と知り合いだったんだ」
「せやで、うちら友達やねん! なっ? 影山くん」
「あ、ああ……うん、そう。友達っていうか、ちょっと前に知り合って……」
別にやましいことはないはずなのに、何故だか言い淀んでしまう。
「ふーん……」
そのせいか、嫉妬を含んだ怪訝な視線を向けられてしまった。
「ひ、日野さんもおはよう……」
バツが悪くなって日野さんに挨拶して誤魔化そうとするが、今度は振り返った彼女の顔を見てギョッとしてしまう。
普段はザ・クールビューティな切れ長の目の下に、大きな隈が浮かんでいた。
「……おはよ」
表情通りのぼんやりとした声で挨拶が返ってくる。
何かあったのか聞くのも憚られる様子に絶句していると、隣から光に耳打ちされる。
「あの後、自分でゲーム機買って家でもアペやってたんだって」
「……まじで?」
「うん、夜遅くまでずっとやってるから寝不足みたい」
言われて日野さんの顔を改めて見ると、確かに俺が調子に乗って完徹で月曜日を迎えた時と同じような顔をしている。
あの日野絢火が対戦ゲームにドハマリしたという事実は、朝日光がゲーマーだと知った時と同等の衝撃があった。
しかも、それで成績が大幅に下落していたらいよいよ勧めた俺の責任問題だ。
……と考えたが、それは大きな杞憂だった。
掲示された試験の結果を左端から順番に見ていくと――
まず最初の現国の一位に、『日野絢火』の名前が燦然と輝いていた。
更に続けて、『古文/漢文』『英語』『世界史』『公民』『化学』『生物』『情報』でも一位。
「流石は日野さんだなぁ……」
「どうも。まあ、今回はちょっと出来過ぎって気もするけど」
そんな異次元の成績にも拘わらず、本人は何ら気取った素振りも見せていない。
ゲームのせいで勉強の身が入らないのは甘えだ、と説教されてるような心地になる。
「あ~……やっぱり絢火には勝てないなぁ~……」
「いやいや……光もほとんど一桁上位で英語は同率一位だし十分すごいって……」
「むぅ……そういう黎也くんはどうだった?」
「まあ、そこそこ良かったよ……俺基準でだけど」
今のところ確認した教科は全部平均以上で、三桁順位はゼロ。
特に気合を入れた英語に関しては、30位台と自己最高順位を記録した。
それでも、一緒に勉強した二人の戦いがハイレベルすぎて喜ぶに喜びづらい。
「つまり、勉強会の成果は出たってこと?」
「おかげさまで」
「……じゃあ、明日からはまたちゃんと二人きりでイチャイチャ恋人できるね」
少し頬を赤く染めながら、コソっと周囲には聞こえないように耳元で囁かれる。
……女子ってすごいな。
たったそれだけで学校なのを忘れて、変なスイッチが入りかけてしまった。
「うわぁ……帰ったら卒塔婆で叩かれる~……」
「補習はギリギリ回避やー!! やったー!!」
他方では悠真と緒方さんも自分の成績を確認して、各々の所感を反応に変えている。
「……まあ、それは最後の数学の結果次第なところはあるかも」
「数学が一番苦手なんだっけ?」
「うん、これの結果が良かったら……心置きなくできるんじゃないかな」
そうして人だかりが消えた隙を見て、最後に数学の結果を確認しにいく。
個人的に一番苦手な教科。
これが二桁順位を達成してこそ、真に勉強の成果が出たと言える。
意を決して、祈るような気持ちで一番下から順番に確認していく。
平均点のラインを越え、三桁順位のラインを越え、70位台で自分の名前を見つけた。
安堵の感情から一拍遅れて、喜びが湧き出してくる。
これも二人のおかげだと、感謝の言葉を告げるために振り返るが――
「……あれ? どうかした?」
日野さんが、信じられないものを見るような目で張り紙の最上部を見上げていた。
一体、何を見ているのかとその視線を先を追うと――
『数学Ⅱ・B 1位 風間颯斗 2位 日野絢火』
目を疑いたくなるような文字がそこに並んでいた。
「え? は、颯斗が一位って……印刷ミス?」
「ミスじゃねーよ。何気に失礼だな……お前……」
そこにあるはずのない元・落ちこぼれ仲間の名前に狼狽えていると、隣から当人に言われる。
「い、いやでもお前が一位って……そんな頭良かったっけ……?」
俺ら三人の中では一番良かった記憶はあるが、それでもほんの微差でしかなかった。
それが急に数学で学年一位なんて驚くほかない。
しかも、よく見れば他の教科でも結構な上位に付けている。
「別に、ちょっと本気出せばこんなもんだよ。そこまで驚くほどのことでもねーだろ」
「いや、流石に驚くだろ……だって、日野さんよりも上って……」
「上つってもまだ一教科だけで、そんな威張れることでもねーよ。それも文系志望のやつに数学で勝っただけのことだろ。今はまだ、な……」
言葉とは裏腹に、特定個人に対する挑発をふんだんに感じさせる口調。
これは流石にやばいだろと思って彼女の方を見ると……。
案の定、日野絢火がその名の通り、瞳の中でメラメラと負けず嫌いの炎を燃やしていた。
まるで強風に煽られて、大火がその勢いを更に増すかのように。