第29話:新スキル『恋人のキス』
今……今がその時なのか……?
唐突に訪れた機会に、心臓がバクバクと再び大きな鼓動を鳴らす。
「どうしてって言うと……なんか気がついたら身体が勝手に動いてたっていうか……」
「バイト中だったのに? 私のために?」
個人的には、あれの完成を以て自分の最大限の気持ちを伝えるつもりでいた。
けれど、向こうにここまでお膳立てされて誤魔化すのは流石に男が廃る。
一時しのぎの杖にばかり頼るような先延ばし野郎はもう卒業だ。
「それは、だって俺は……光が……」
「私が……?」
「光のことが、好――」
自分の想いを言葉にして、伝えようとした瞬間――
『邪魔、すんじゃねぇ! ぶっ殺――ドカーン!』
画面の中で、光の推しキャラだったベレッタが敵の巨体に踏み潰されて死んだ。
蠱惑的な雰囲気から一転して、まるでこの世の終わりのような表情でタブレットを見つめる光。
俺の一世一代の告白は、ベレッタの命と共に虚空へと消え去ってしまった。
呆然としている俺たちの前で、更には主人公も壮絶な最期を迎える。
そうして、物語は最終的にヒロインだけ生き残るという超絶ビターな結末となった。
いや、まあ悪党物で本編の前日譚だし、なんとなくそうなるとは思ってたさ。
けど、このタイミングはあんまりじゃないか……?
おかげで、せっかくのムードも全部台無しだ。
光も画面を凝視したまま、怒りか何か分からない感情に打ち震えている。
「さっきの敵の人……ゲームの本編にも出てくる……?」
「えっ? あ、ああ……うん、出てくるけど……」
「だったら、ベレッタの……みんなの仇を取らなきゃ……!」
光が腰を浮かして、OSインストールの完了したパソコンの方へと向かおうとする。
確かに、その感情は痛いくらいに理解できる。
俺も許されるなら今すぐ、あの全身サイボーグの暴れ筋肉ダルマをマンティスブレードでズタズタに切り裂いて、脳天にショットガンをぶち込みに行きたい。
でも――
「待って……!」
光の腕を掴んで、引き止める。
ここで機会を逃せば、俺は理由をつけてきっとまた引き伸ばす。
相応しい男にならないといけない。
ガン攻めに対抗するには、こっちもノーガードのガン攻めで行くしかない。
「さっきの話がまだ終わってないから……」
そう言うと、彼女はストンと腰をベッドに落とした。
もう一度、今度は落ち着いた様態で俺の顔をじっと見つめてくる。
「えっと……何から話そうか……まず、きっかけは一年の三学期にバイトの帰り道にテニスコートの側を通りかかったのが最初だったと思う。噂にだけは存在を聞いてた子がコート上にいて、それがすごく綺麗で……めちゃくちゃカッコよかったってのが俺が光を初めて意識した瞬間だった」
俺の言葉に、光は無言のまま耳を傾けてくれている。
「でも、前にも話したけど……その時は本当に、どこか自分が住んでるのとは別世界の存在みたいで……きっと今後、関わり合うこともない人だと勝手に思い込んでた。だから、あの日バスで話しかけられた時は本当に驚いたし……夢でも見てるんじゃないかとも思った。それでも二人で一緒に過ごす内に、こんな時に笑うんだ……とか俺と一緒で悩んだりもするんだ……とか色んな面を知っていく内に、どんどんある感情が膨らんでいったんだ……」
再び、手が重ねられる。
「だから、あの時……君のところに行ったのは、その感情が抑えきれなくなった結果っていうか……つまりは……」
勇気を分け与えるように、重ねられた手がギュっと強く握られる。
「……君が、好きだから助けたかった」
目一杯の勇気と想いを乗せて、消え入りそうな声で告げる。
「ちゃんと聞こえなかったから、もう一回言って……?」
……手厳しい。
「君が好きで……好きな子が辛い思いをしてるのを知って、居ても経っても(立っても)居られなくなったから俺はあの日、君のところに行ったってのがさっきの答え……」
「へぇ~……そうなんだぁ……! 黎也くんって私のこと、そんなに好きだったんだぁ……!」
しんみりした空気から一転して、ニヤニヤと嘲るような笑みを浮かべながら言われる。
「どうやらそうだったみたい。もしかして、気づいてなかった……?」
「う~ん、どうだろう……でも、なんとなくそんな気はしてたかなぁ……」
ここぞとばかりに、茶番を交えてからかってくる。
「ちなみに、私の気持ちには気づいてた?」
「それは流石に気づいてたかな」
「なんで?」
「もう何回も言われてたし」
「ふ~ん……じゃあ、今から同じ回数だけ言ってもらわないと割に合わないね」
「……そういう話?」
「そういう話! ほら、言って?」
参った。
攻めたつもりなのに、やっぱり全く勝てそうにない。
いつも気がつけば守勢に回っている。
「好き」
彼女の顔を見つめながら、降参の言葉を発する
「もっと」
「好き好き好き」
「まだまだ全然足りない」
「影山黎也は朝日光がどうしようもないくらいに好きで好きで大好きで、図々しくも彼氏彼女の関係になりたいと思ってます」
ヤケクソになって、もうこれ以上にない言葉を告げる。
顔が火傷しそうなくらいに熱いのが、羞恥か興奮のどちらに拠るものなのかも分からない。
ただ、言葉にする価値は確かにあったとは強く実感している。
「うん! 私も、影山黎也くんのことが大好きです!」
破顔した光が身体を全て預けて、言葉と行動の両方で返事をくれる。
「それはすごく嬉しいんだけど……ベレッタの仇、取らなくていいの?」
照れ隠しに、OSのインストールが完了したパソコンを見ながら言う。
「ん~……それは黎也くんが帰ってからでもできるし。それより私たち、これで恋人同士なんだよね?」
「光に異論がないなら、俺はそうだと思ってるけど……」
「じゃあ、恋人同士だ」
思ってた以上にあっさりと、俺たちは晴れて正式な恋人同士になった。
「でも、これまでとあんまり変わんないような気もするけどね」
「そうかな?」
「だって、何か変わるようなことある……?」
もう散々キスとかされてきたし、一晩も二晩も同じ部屋で過ごしている。
改めて言葉にする大事さはあったけど、関係自体はさほど変わらないように思う。
……ってのは俺の認識不足だったと、直後に思い知らされる。
「そこは、ほら……恋人同士じゃないとできないことが解禁されちゃったり……とか……」
その上目遣いと甘い響きを含んだ言葉に、心臓がドクンと跳ねる。
「こ、恋人同士じゃないとできないことって……?」
「恥ずかしいから私の口からは、あんまり言いたくないんだけど……」
顔を真っ赤にしながら、光が目線を逸らす。
「でも、俺はまだ見当がついてないし……」
「うぅ~……ほら、例えば……唇と唇のチューとか……」
「なるほど……確かにそれはまだしてなかった……そっか、これで解禁されたんだ……」
「うん、とうとう解禁されちゃった……」
まるで、新スキルが解放されたような言い方。
しばらく、冷却水の循環音が微かに聞こえるだけの無音の時間が続く。
けれど、その間にも互いの間にある情欲の熱は高まっていくのを感じていた。
「じゃ、じゃあ……してみる……? せっかくだし、記念に……的な……」
意を決して俺からそう尋ねると、彼女は小さく頷いた。
左手に持っていたタブレットを置いて、しっかりと真正面から向かい合う。
光が顎を少し持ち上げて、目を閉じる。
……とは言ったものの、どうすればいいんだろう。
頭の中で、これまで触れてきた数多のフィクションにおけるキスシーンを思い出す。
顔を近づけて……そう、鼻が当たらないように少し傾けるんだ……。
やばっ、今度は鼻息が荒くなってる……キモいとか思われたくない……。
勢いつけすぎて、歯がぶつかるってのもありがちな失敗だよな……。
そんな様々な雑念が頭に浮かんでいたが――
「ん……」
目を閉じて互いの唇が触れ合った瞬間に、全てが吹き飛んだ。
温かい、柔らかい、ちょっと震えてる。
一秒にも満たないほんの一瞬の、僅か1ミリほど沈んだだけの微かな接触。
だけど光の存在を、これまでで一番直接的に強く感じている。
まるで世界が、俺と彼女の二人だけになったようだとさえ感じた。
身体を離して、目を開ける。
「これ、やばいかも……」
「うん、めちゃくちゃやばい……」
まだその熱を確かに感じながら見つめ合い、互いに朦朧とした感想を呟く。
羞恥、幸福、興奮、愛情。
理性と本能。
様々な感情が、胸の内で張り裂けそうなくらいに膨れ上がっている。
恋人Lv1は、友達Lv99よりも遥かに甘美で、刺激的だった。
「そ、そういえば家族の人は……いつ帰ってくるの?」
凄まじいまでの気恥ずかしさに耐えきれず、つい話を逸してしまうが――
「お母さんは……普段通りなら、まだ二時間くらいは帰ってこないと思う……」
返ってきた答えは、さらなる熱を生み出してしまった。
「そっか……まだ二時間も……」
これまでも何度も二人きりで長い時間を過ごしてはいた。
けれど、今のこの気分でいるのは一分だってまずい。
「じゃあ、もう一回……する? 恋人のキス……」
光がまた、恥ずかしそうにしながらも強く求めてくる。
やばいと思いつつも、その甘美な誘惑に逆らえるわけもなく首肯してしまう。
俺を受け入れるために、光がまた目を瞑る。
服の上から腰と肩に手を添えて、顔を近づける。
二度目の接触。
一度目よりも少し深く、より長く。
身体を離し、また熱のこもった視線を交わす。
「私、今……これまでの人生で一番幸せかも……」
「俺も……」
応えて、すぐに今度はどちらからともなく唇を重ねる。
一度目より二度目、二度目より三度目。
回数を重ねる度に、より強い多幸感に満たされていく。
もっと、もっと光を感じたい。
理性で感情が抑えきれなくなり、腰に回していた手が自然と服の内側へと伸びる。
「ふぇっ……!?」
指先が肌に触れると、光が声を上げて身体をピクっと震わせた。
「ご、ごめん……!」
「だ、大丈夫……! ちょっと、くすぐったかっただけ……私、すごいくすぐったがりだから……」
「そ、そうなんだ……」
「うん、だから気にしないで……もっと触って、いいよ……?」
耳まで真っ赤にしながら発せられたその言葉に、かろうじて繋がっていた理性の糸が切れた。
「んっ……」
更にキスを重ねながら、触れる面積を少しずつ増やしていく。
指先から指、手のひらと順番に。
光の肌は、まるで触れた先から自分が溶け込んでいくかのように熱くて柔らかい。
「くすぐったくない……?」
「うん、平気……むしろ、黎也くんに触られると……なんだかぽかぽかする……」
言葉通り、緊張して強張っていた身体から徐々に力が抜けて言っているのが分かる。
「でも、まだほんのちょっとだけ怖いから……もう一回チューして……?」
「うん……いくらでも」
要望に応えて、もう一度口づけする。
数秒の接触と、一瞬の別れを何度も繰り返す。
「んっ……っちゅ……」
互いに昂ぶって、溶けそうなくらいの熱を何度も交換する。
もう、止められそうにないと考えた直後――
「――っ!?」
窓の外から車の駆動音が響き、光の身体がビクっと震えた。
直後、彼女は俺たちの間で行われていた種々の行為を即座に中断して、ベッドから立ち上がる。
そのまま走るような勢いで窓のところまで行き、ガラス越しに外を確認し始めた。
「ど、どうかした……?」
互いを遮るものは何もなかったはずのムードの中に、突如として生まれた緊迫感。
窓から階下を見下ろす背中に向かって問いかけると、彼女は振り返り――
「ごめん、黎也くん……お母さん、帰ってきちゃった……」
今までに見たこともない気まずそうな顔をしながら、そう言った。
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