第25話:二日目の夜(前半)
「ど、どうかした……?」
「ん……なんか、素敵なお話だなーって……」
……と言いながら、自分の指を俺の指へと更に絡めてきた。
羞恥に悶えるように足をモゾモゾとさせ、ショートパンツから覗く白い内ももを擦り合わせている。
してる……間違いなく、発情してる……。
そうとしか言いようがない……。
確かに、さっきのキスシーンは『この後、めちゃくちゃS◯Xした』ってキャプションが表示されてもおかしくない場面ではあった。
でも、だからと言って普通はアニメの性描写にこうまで感化されないだろ……。
全属性に対する完全耐性を持っているかのように思えた彼女に、まさか『エロ耐性』だけが欠けていたなんて夢にも思わなかった……。
頭は冷静に思考しているが、身体は固まったまま動かない。
指が更に絡め取られ、デート中とは逆の手が繋がれた状態になる。
汗をかいているのか、あの時よりも少ししっとりとした感触。
その興奮が、高い体温と共に素肌を通して伝わってくる。
「そ、そうだね……いい話だね……」
画面上で前話のエンディングが終わり、次話が自動的に再生される。
「つ、次の話が始まるけど……」
「う、うん……観ないとだよね……」
彼女も自身の異変を察しているのか、慌て気味に視線を画面へと戻す。
けれど、指はまだ絡め取られたままだ。
それもただ握られているわけではなく、意識的か無意識的か指の腹で擦ったり、摘んだりしてくる。
これは一体、どんな心理状況を表しているんだ……。
助けて、Go◯gle先生!!
光から見えない位置でスマホを操作して、現代の全知に助けを求める。
Q.『女子 ボディタッチ 理由』
A.『女性から指を絡めたり握ったりしてくるのは、貴方にかなり強い好意や性的興味を抱いています』
それまじですか!? 先生!!
顔を画面の方に向けたまま、視線だけを動かして様子を確認する。
また同じタイミングで、光もこっちを向いていた。
「なんか……ちょっと暑いね」
「れ、冷房の温度を少し下げようか……?」
「……うん、お願い」
動揺を隠しきれない手付きでリモコンを取り、設定室温を下げる。
座り直して、再び画面へと向き直る。
心臓の音がうるさいくらいに高鳴っている。
今、ストーリーってどうなってたっけ……。
音声は右から左に抜け、映像もただ観ているだけで情報が全く処理できていない。
そうして再び、チャプター間のインターバルが訪れる。
「ひ、光は今のところどのキャラが好き……?」
この妙な湿り気のある空気を変えるために、凡庸な話題を振ってみる。
「ん~……やっぱり、ベレッタかな。ガサツっぽく見えて実は繊細で、恋愛的にも尽くすタイプっぽいのに報われなさそうなところが頑張れ~って応援したくなる感じ。黎也くんは?」
「俺は……同じくベレッタもいいけど、メインヒロインのルーティも負けず劣らず良いキャラだと思うかな」
向こうが乗ってきてくれたので、こっちも率直に答えるが――
「えっ? な、何……?」
何故か、ジトっと訝しげな視線を向けられる。
「……黎也くんのえっち」
続けて、ボソっと僅かな怒りを含んだような口調で言われた。
「い、いやいやいや……そういう意味じゃないから! いや、まあ確かにそういう造形のキャラでもあるけど、俺が気に入ったのはそこじゃないから!」
「じゃあ、どこが好きなの……?」
「え、えーっと……主人公の前だと年上のお姉さんぶってるけど、実はすごく臆病なのが全く隠しきれてないところっていうか……ほら、序盤のカーチェイスのシーンでもめちゃくちゃ汗かいてビビってたし」
「ふ~ん……本当かな~……」
「ほ、本当だって……」
弁明してみたが、依然として怪訝な目を向けられている。
変な空気を払拭しようとした結果、また別の良からぬ疑念を与えてしまった。
そうして、またしばらく二人で物語を見届け、ちょうど七話目が終わった頃――
「ふぁ……」
隣で、光が小さなあくびをする。
「眠くなってきた?」
「うん、少しだけど……」
時計を確認すると、時刻はちょうど二十三時を示していた。
「明日は練習あるから朝早いんだっけ?」
「うん、そろそろいつもの練習スケジュールに戻さないといけないから」
「じゃあ、続きは今度にしてそろそろ寝る準備しようか」
「そうする~……」
と言って、光がベッドにボフっと背中から倒れ込む。
「今日もシャワーだけにする? 湯船に浸かりたいなら沸かしてくるけど」
「ん~……今日はお風呂入りたい気分かも」
「じゃあ、準備して――」
寝転がった彼女を横目に、立ち上がろうとするが――
「うおっ……な、何?」
グイっと手を引かれて、同じような形でベッドに引き倒された。
二人で横たわり、顔を向かい合わせる形になる。
「その前に、ちょっとだけエネルギー補給させてもらおうかなって」
「エネルギー補給……いる? 有り余ってるように見えるけど」
「いるいる。黎也くんからしか取れない栄養素があるんだもん」
と言いながら、今度は両手で手を弄られる。
揉まれたり、摘まれたり、擦られたり、引っ張られたり。
何を言っても止めないのは知っているので、されるがままに堪能させてあげる。
「黎也くんの手、結構大きいよね」
「そう?」
「うん、ほら私よりも全然おっきい」
手のひらをピタっと隙間なく合わせられる。
こうしてみると、当たり前だが俺の方が一回りは大きい。
「そりゃまあ、女子と比べたら」
「なんかずるい……」
むすっと拗ねるような口調で言われる。
「ずるいって……女子的には小さい方がいいんじゃないの?」
「なんで?」
「その……小さい方がかわいいから?」
そう答えると、瞬く間に表情が笑顔へと切り替わる。
「えへへ……私の手、かわいい?」
「ん……まあ、かわいいんじゃないかな……」
「具体的に、どういうところが?」
何か彼女のツボを刺激してしまったのか、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
「小さくて……柔らかくて……肌が白いところ……?」
「それだけ?」
「後は……指が細くて、全体的にすべすべしてるところとかも……?」
「ふ~ん……手、握ってる時にそんなこと考えてたんだぁ……やらし~……」
今度は口角を上げて、にま~っとした笑みに変わる。
「さっきからどうにかして俺のことをそういう奴にしようとしてない……?」
「そう? でも、もしそうだとしても大丈夫だよ。私はどんな黎也くんでも大好きだから」
「何それ……でもまあ、俺に限らず男なら誰でも考えるでしょ」
ゼロ距離からの『好き攻撃』に、観念して素直に答えた。
「そうなの?」
「一般的にはそうじゃないかな。仏門の悟りでも開いてない限りは」
「ふ~ん……じゃあ、今は私の顔を見ながらどんなこと考えてた?」
「光は表情がコロコロと変わって面白いなーって考えてた」
「他には?」
「顔が同じ生き物とは思えないくらいに小さすぎる」
「それは、かわいいってこと?」
「ん……まあ……一般的には……」
「他にもまだある?」
「他は……目が丸々と大きくて……それもいいなって」
「手と顔は小さい方がかわいいのに、目は大きい方がかわいいんだ」
そう言って、光がくすくすと笑う。
一体、これは何なんだろう。
そう思いながらも、ついつい無為な話を延々と繰り広げてしまう。
この時間が永遠に続けばいいのに、とさえ思う。
もしかしたら、これが『好き』だということなのかもしれない。
「じゃあさ、今度は私が今何考えてるか分かる?」
一転して、攻守を入れ替えてくる。
いや、カウンターの構えを取ったというべきだろうか。
「ん~……肩まで湯船にゆったりと浸かりたい」
「ぶー、不正解」
口先を尖らせて、不満そうに言われる。
「明日の練習めんどくさいなぁ」
「ぶぶー、むしろ久しぶりの本格的な練習だから超楽しみ」
「迫る期末テストが不安でしかたない」
「それは黎也くんの方じゃない?」
「バレたか……じゃあ、なんだろう……」
何してるんだろうと思いつつも、真剣に考えていると……。
眼前で、光がわざとらしく人差し指で自分の唇をなぞった。
『なんか嬉しさが爆発して……つい、しちゃった……』
その仕草に、あの時の言葉と感触が蘇る。
「……もう一回、キスしたい……とか?」
その回答に対する正誤の言葉はなく、代わりに彼女は恥ずかしそうに小さく頷いた。





