第24話:光vs水
「どういうところが……う~ん……そう聞かれると、いっぱいあるから難しいな~……」
「じゃあ、『ここが一番好き!』ってところは?」
「一番……それなら、一緒にいるのがすごく楽なところ……かな?」
光が少し自信なさげに言う。
これまで好きとは何度も言われてきたけど、その理由を改めて言語化されるとむず痒い。
「一緒にいるのが楽……?」
「はい、黎也くんと一緒にいると落ち着くっていうか……どんな自分でいてもいいんだって思えるとか……そういうところです」
「なるほど~……その気持ち、ちょっと分かるかも」
「えっ、本当ですか!?」
光が嬉しそうに声を張り上げる。
一方、俺は湧き上がる恥ずかしさの熱を抑えるように水を飲む。
「うん、私もね……昔、今の二人と同じくらいの年齢の時に色々とあったんだけど、黎也くんのそういうところにはすごく助けられたから」
「へぇ~……その時の話、教えてもらったりできますか?」
「あの……そろそろ止めとかない……? 他のお客さんもいるし……」
このままだと間違いなく、俺の感情は凌辱の限りを尽くされてしまう。
そんな危惧を覚えて会話に割り込むが、ガン無視される。
「えっとねぇ……例えば、私が塞ぎ込んでた時にいきなり部屋に入ってきたと思ったら、ゲーム機を差し出して、『これ、どうしても一人じゃできないから手伝って』って言ってきたり?」
「あはは! 何ですか、それ。可愛い~」
「いや、それ俺が小学生くらいの時の話だから……」
「おかしいでしょ? でも、そんなマイペースさ……ううん、黎也くんらしさにあの時はすごく救われたっていうか……そういうところだよね?」
「そうですそうです! そういうところです! 実は、私の時も同じようなことがあったんですけど――」
「二人とも……どうにかその辺で……」
何度も言葉を割り込ませてみるが、一向に止まる気配がない。
自分の感情の理解者が現れたことで、光の舌はどんどん滑らかになっていく。
「何々? それ、詳しく聞かせて?」
「えっと、私の時はテニスの練習中だったんですけど――」
そのまましばらくの間、二属性の波状攻撃で俺の情緒は弄ばれ続けた。
「へぇ~……そんなことがあったんだ……。あっ、あの時急に飛び出して行ったのって、そういうことだったんだ……!」
半ば黒歴史と化していた勢い任せの行動まで。
全てを洗いざらいに語り尽くされてしまった。
ここが羞恥の極北か……。
もういっそ殺してくれ。
「でも、あの時は本当にびっくりしたけど……あれがなかったら今の私はきっとなかったと思います。だから、黎也くんには本当に今もすごく感謝してるし……大好きなんです!」
今日一番のとびっきりの笑顔を浮かべて光が言う。
ゼロ付近まで擦り減らされていたはずのHPが、それだけで一気に満タンまで回復してしまうのは我ながら単純極まりない。
「だって、黎也くん」
「あ、ああ……うん……」
「嬉しい?」
「そりゃあ……もちろん……」
「だよね。こんな良い子に、ここまで想われるなんて黎也くんは幸せ者だ」
衣千流さんがどこか儚げな声で言う。
「ん~……甘酸っぱい青春をいっぱいお裾分けされちゃったせいで、胸がいっぱいになっちゃった。若いっていいな~」
「そんなことを言うほどに年を取ってるわけでもなくない……?」
椅子にもたれ掛かっている衣千流さんに、そう言っていると――
「水守さんは、恋人とかいないんですか?」
ずっとその隙を伺っていたのか、光が今度は本人に真っ向からその質問をぶつけた。
「えっ? 私……?」
まさか自分の話になると思っていなかったのか、衣千流さんが一瞬面食らったような反応を見せる。
「はい、もしかして……実は付き合ってる人とかいたりします?」
「い、いないけど……」
「好きな人もいないんですか?」
「それもいないかなぁ……」
兄のためなのか何なのかは分からないが、光が怒涛のラッシュ攻撃を繰り出す。
不意を打ったおかげか、向こうに反撃の隙を与えていない。
このまま『うちのお兄ちゃんとかどうですか?』までコンボを繋げるつもりだ。
「ほんのちょっとだけ気になってる人とかは!?」
「ん~……どうかなぁ……私、今はそういうことをあんまり考えられなくって……」
「じゃあ、どんな人がタイプなんですか!?」
今にも席から立ち上がりそうなくらいに興奮気味の光。
攻撃力が1.5倍くらいになるバフがかかってる感じだ。
「タイプ、かぁ……そういうのもほとんど考えたことがないから、よく分からないかな。恋愛には本当に昔から疎くって……」
一方、衣千流さんも初動では不意を突かれたものの、すぐに立て直して平常の鉄壁モードを構築しつつある。
まさに最強攻撃力の光vs最強防御力の水の総力決戦。
他方で俺はバトル漫画で主役級の戦いに全くついていけず、呆然としているモブの気分だ。
「好きな有名人とかは!? アイドルでも俳優でもスポーツ選手でも!」
「う~ん……昔からそういうのにも、あんまり興味を持てないのよねぇ~……」
「SNSとかテレビで見かけて、この人いいなぁ……ってほんの少しでも思ったこととかないんですか!?」
「SNSはやってないし、テレビもほとんど見ないから……あっ、でも一人だけ最近気になってる人はいるかも」
「だ、誰ですか!?」
「朝日光ちゃん。テニスがとっても上手で、ファッションモデルとしても大人気だって本当にすごくて尊敬しちゃうよね」
その見事な躱され様に、流石の光も『むぅ……』っと唸るしか出来なかった。
「店長~! ご新規さんの注文入りましたよ~!」
入り口側のテーブル席で、来客の対応をしている川瀬さんの呼び声が聞こえる。
「は~い! 今戻りま~す! それじゃ、私は仕事に戻らないと。光ちゃん、今日はありがとう。よかったらまたいつでも来てね」
椅子を元の位置に戻し、機嫌良さそうに厨房へと戻っていく衣千流さん。
その去り際に、光が『手強いなぁ……』と漏らしていたのが強く印象に残った。
*****
夕食を終え、家に帰った俺たちはいつも通りゲーム……ではなく、ベッドに並んで座ってあるものを観ていた。
「おぉ……すっごいカーアクション……!」
光が歓声を上げて見つめる画面に流れているのは、数年前に発売されたサイバーでパンクな超大作ゲームを原案としたアニメーション作品。
公開されたのは少し前で、いつか観ようと思いつつも機会を逃し続けてきた。
なので今晩は外出疲れもあるし、ちょうど良いタイミングだと二人でこれを観て過ごすことにした。
「なんていうか独特の外連味があるよね」
ジャンルとしては、サイバーパンクノワールアクションとでも言うのだろうか。
画面の中ではサイバーでパンクな夜の街で、主人公が属するギャング団のメンバーたちが派手なアクションを繰り広げている。
「ひゃ~……すっごい面白いね、これ……」
チャプター間のインターバル。
呼吸するのも忘れていたのか、大きな息を吐き出しながら光が言う。
「だね。原作の空気感を再現しながらもちゃんと日本のアニメに仕上がってるっていうか……とにかく、かなりクオリティは高い」
アニメはあまり観る方ではないが、すごく出来が良いのは分かる。
世界中で人気を博し、原作ゲームに第二次ブームを巻き起こしたのも納得だ。
「そっか、これゲームが原作なんだよね。終わったらやってみよーっと」
「うん、ゲームの方も出来がよくて面白いから絶対にやった方がいい。初期はバグとかで色々あって評価が下がったりもしたけど、作り込みは本当にすごいし」
「へぇ~……なら、名誉ある私のパソコンで遊ぶ最初のゲームにしてあげようじゃないか」
何故か尊大な口調の光。
原作からしてグロテスクな描写も多いので少し心配していたが、気に入ってくれたようで一安心する。
ただ、それでもまだ一点だけ問題もあった。
グロだけじゃなくて、エロい描写も結構あるなぁ……。
まずメインヒロインがやたらとエロくて、それを強調する場面も多い。
他にも性的なナニかを示唆する場面が多々あるし、何なら直接的な裸の描写もある。
そこまでドギツイわけではないが、女子と二人で観るのは結構気まずい……。
家族の団らん中に、テレビで美少女系スマホゲームのCMが流れたような気分だ。
チラっと隣の様子を確認してみると、光はエログロ描写を特段気にする素振りも見せずに画面にかじりついている。
最近の女性向けの漫画とかドラマも結構際どい描写が多いって聞くし、このくらいはどうってこともないのかもしれない。
俺だけが気にし過ぎだったか……と判断して、再び画面に集中する。
物語が進み、一人前の男に成長した主人公がヒロインと結ばれるシーンが訪れる。
夜の月を背景に、二人が熱い口づけを交わす映像が画面に映し出された時だった。
……ん?
ベッドに置いていた手――その指先に何かが当たる感触を覚えた。
最初は先端にだけ触れていたそれが少しずつ……そして、熱っぽく指に絡まってくる。
画面上には、目が離せないはずの重要なシーン。
でも、どうしても気になって隣を見ると――
「ひ、光……?」
さっきまで画面に集中していたはずの光が、熱っぽい視線を俺に向けていた。
まるで湯上がりのように頬を上気させ、悩ましげな吐息を吐き出している。
は、発情してる……?





