第20話:初めては突然に
店名の通りに宇宙をイメージしているのか、真っ黒な外壁にギラギラと輝く電飾が無数に散りばめられている。
「わぁ……なんかすごそうだね。超銀河占いだって……」
「あ、あぁ……うん……宇宙の波動をヒシヒシと感じるっていうか……」
胡散臭いこと極まりないっていうか……。
選択肢を誤ってしまった感をヒシヒシと感じてしまう。
「……とりあえず、並ぼうか」
「そ、そうだね……」
流石の光も若干引き気味になっているが、ここまで来てしまった以上は仕方ない。
意を決して、二人で列の最後尾へと並ぶ。
「ところで、黎也くんは何を占ってもらう予定?」
「何を……そう言われると、全く考えてなかったかも……。今度の期末テストでどんな問題が出るか、とか?」
「それは占いで聞くんじゃなくて、ちゃんと予習しなきゃダメなところでしょ」
「そういう光は? 何を占ってもらう予定?」
「ん~……私はやっぱりテニスのことかな~。ウィンブルドンで優勝するにはどうしたらいいのかとか?」
「それも占いに頼るより練習を頑張った方がいいやつなんじゃない?」
「も~……そんなこと言ったら全部そういうことになっちゃうじゃん」
声を上げて笑われるが、占いとは詰まる所そういうものなんだろう。
自分の悩みに対して前向きな言葉を聞き、実現に向けて努力するための指針。
そうして話している間に少しずつ列が進み……
「次の方、中へお入りください」
ついに俺たちの順番が訪れた。
「はーい! 失礼しまーす!」
一足先に光が入り口のカーテンの向こう側へと入っていく。
俺もその後に続くようにカーテンをくぐる。
通された小部屋は宇宙を模しているのか、やたらと薄暗い。
壁面や天井に、星屑のような光だけが僅かに明転している。
中央には横に長いテーブルがあり、手前に置かれた椅子を挟んで向こう側に人が座っていた。
やたらと仰々しい服装に、奇妙な紋様の入った面布を被っている。
……どう見ても怪しいカルト関係の人間にしか見えない。
「どうぞ、お座りください」
布の下から囁くような声が響く。
年齢までは分からないが、どうやら女性らしい。
「よろしくおねがいしまーす!」
疑う素振りもなく、むしろ楽しげに光が椅子に座る。
「……します」
彼女に続いて座ると、テーブルの上には多数のカードが並べられているのが分かった。
「本日は、どのようなご相談で?」
再び、囁くような……けれど、どこか身体の芯に響くような声がする。
「えーっと、将来のことを占ってもらいにきました!」
「なるほど……将来、ですか……」
「はい! 実は私、テニスをやっているんですけど、この先プロになって上手くやっていけるかどうかを教えてください!」
この異様な雰囲気にも、光は全く物怖じしていない。
「分かりました……では、早速占ってみましょう……。大宇宙の中心に座すブラフマー神よ……うんたらかんたら……」
何やら大仰な呪文を唱えながら、テーブル上のカードが並べ替えられていく。
「この者の未来を、行く末を示し給え!!」
最後に声を張り上げると同時に、三枚のカードが捲られた。
「……出ました」
「これ、太陽ですか?」
表を向けられたカードには、それぞれ太陽のような天体が描かれている。
「いえ、左から順番にベテルギウス……WOH G64……そして、現在観測可能な宇宙で最も大きな恒星であるスティーブンソン2-18です」
随分マニアックなチョイスだなぁ……。
「へぇ~……それで、これはどういう意味なんですか?」
「非常に巨大な恒星がそれぞれ全て正位置……つまり、貴方の将来は途方もなく大きな希望に満ちているということを示しています。テニスに関しても、順風満帆に良いキャリアを築いていけることでしょう」
「本当ですか!?」
「はい……正直言って、これだけの運命力を持つ方は私の人生においても初めてお見受けしたかもしれません」
布で覆われた顔の下から、本当に驚いているような口調の声が漏れている。
ただ、俺を含めた朝日光を知る人間からすればそう驚くようなことでもない。
大げさでもなく、彼女がそんな星の下に生まれた者だと誰だって知っている。
「このまま順調に進めば、初の外国籍女性アメリカ大統領も可……と出ています」
それは流石に大げさだろ。
「ちなみに本日のラッキーライテム(アイテム)はドーナツです」
急に朝の情報番組の占いコーナーレベルになってきたな。
「だってさ。私、すごくない?」
「すごいね。将来はなっちゃう? アメリカ大統領」
「ん~……大統領は別にいいかなぁ~……」
そりゃそうだ。
「では、次……貴方は何を占われますか?」
心の中で色々なツッコミを入れてると、今度は俺の順番が回ってきた。
「えーっと……俺はですね……」
まだ胡散臭いとは思っているが、光については多少大げさなれど的中させている。
もしかしたら本物なんじゃないかと思うと、何を聞けばいいのか怖くなってきた。
生粋のネガティブ思考が悪い結果が出た時のことばかりを考えてしまう。
「その……なんでもいいんですか……?」
けれど、その感情の克服こそが今の俺に最も必要なのはもう分かっている。
「はい、何なりとお聞きください。ブラフマー神は全てを見通します」
「じゃあ、俺たち二人について占ってもらえませんか……?」
「二人の……?」
「はい、俺たちの今後のことっていうか……相性っていうか……」
勇気を出して言葉にすると、隣で光も少し驚いたような反応を見せた。
「承りました。大宇宙の中心に座すブラフマー神よ……うんたらかんたら……」
再び光の時と同じように呪文が唱えられていく。
所詮はただの占いで、大事に考えすぎる必要はない。
良い結果が出ればただ喜べばいいし、もし悪い結果が出てもそんなのは気にしなければいいだけのこと。
……とは思いながらも、流石に緊張してしまう。
隣では光も少なからず同じ気持ちなのか、俺の服の裾をギュっと掴んでいる。
「この者たちの未来を、行く末を示し給え!!」
また三枚のカードが捲くられ、それが示す内容について語られていく。
「まず……中央に正位置の太陽。これは非常に良い未来を暗示しています」
「良い未来……」
その言葉に、全身から力が抜けたような安堵感に包まれた。
同じように光も安心したのか、服の裾を掴んでいた指の力が緩まる。
「同じく太陽系に連なる地球も正位置で出ているのは、男女としての相性の良さを示しています。精神的にも、肉体的にも良きパートナーとなれるでしょう」
「に、肉体的……」
際どい言葉に少し狼狽えつつも、悪い結果ではなさそうなので一先ずほっとするが――
「……ですが、憂慮すべき点もございます」
そんな安堵に待ったをかけるように、占い師が言葉を重ねる。
「憂慮すべき点……ですか?」
「はい、この逆位置のダイソン球はそこに至るまでの道程の困難を表しています。それがどのようなものかは分かりませんが、良い未来を掴むためには……どうやら幾ばくかの障害を越えなければならないようです」
「な、なるほど……」
現状の核心を突くような指摘に思わず息を呑む。
「ですが、いたずらに大きな不安を覚える必要はありません。実現すべき未来を信じ、その時々に断固たる決意を貫けば自ずと道は開かれるでしょう」
「……はい、ありがとうございます!」
自然と感謝の言葉が出た。
アカシック★スピラ……もしかしたら本物なのかもしれな――
「ちなみに本日のラッキーアイテムはミルクたっぷりのコーヒーです」
いや、やっぱ胡散臭いわ。
そうして占いを終え、代金を支払って店の外へと出る。
「まぶしっ……」
しばらく暗所にいたからか、人工光が痛いくらいに目を刺激する。
近くにあった柱の陰へと歩き、目が慣れるまで立ち止まっていると――
「……な、何?」
急に光がピターっと身体を寄せてきた。
「私たち、相性抜群なんだって……! 精神的にも肉体的にも……!」
言いながら、それを確かめるようにぴったりと身体をくっつけてくる。
まるでエイムボット使用者のレティクル並にビッタビタだ。
「あ、ああ……うん……らしいね……」
「本当はね。私も同じことを聞きたかったんだよね」
「そ、そうだったんだ……」
「でも、悪い結果が出たらちょっと怖かったから聞けなかった……。だから黎也くんが聞いてくれて……それで良い結果が出て、すごく嬉しかった……」
「そ、そっか……それなら聞いた甲斐があったかな……」
照れの感情が湧き上がり、目線を逸らしてしまう。
でも、こんなに喜んでくれるなら勇気を出した甲斐はあったのかもしれない。
『実現すべき未来を信じ、その時々に断固たる決意を貫けば自ずと道は開かれるでしょう』
さっき聞いたばかりの言葉を頭の中で反芻する。
全てを信じるほど単純ではないけれど、これは確かにその通りだと考えた瞬間だった。
「……んっ」
左頬に、何か柔らかくて瑞々しいものがチュっと押し当てられた感覚。
一瞬の困惑から続いて、まさか……と想像が掻き立てられる。
左に振り向くと、光が頬を赤く染めながら唇を指で押さえていた。
疑惑が確信へと変わる。
「……い、今のは?」
「なんか嬉しさが爆発して……つい、しちゃった……」
まだ感触と熱が残る頬を押さえながら尋ねると、光が恥ずかしそうに呟いた。
「なるほど……しちゃったんだ……そっか……」
「うん、しちゃった……」
互いに視線を外しながら顔を赤くする。
どうやら俺の人生における幸福とは身構えている時ではなく、いつも突然に訪れるものらしい。





